第80話 トリャには内緒なわけで
「わたち……おりぇは、こはりゅじゃなくて、『梅しゃき とりゃお』なんでしゅ」
そう言ったものの、ここからなんて言っていいか分からない俺は、ひなみの反応を伺う。察してくれたのか、ひなみが今の考えを言葉にしてくれる。
「ふむっ、信じがたい事実だけど、これで納得出来る事が増えるし、心春ちゃんの中身が虎雄くんだって信憑性は高くなるかな? って感じかなぁ」
「信じてくれるでしゅか?」
「まあね、そもそも、虎雄くんと会話してて、絶対に心春ちゃんを作り出せる人じゃないって思ったしね。
考え方が、こう言っちゃ悪いけど幼稚なんだよね。雷に打たれたせいだって言えばそれまでかもしれないけどさ、あまりにも片鱗を感じないから、そういう人ってことで納得していたけど。
反面、心春ちゃんのその思考パターン、どう考えても人間が生み出せるレベル越えてるし、そこに加え、思慮深さと知識。データとしての知識でなく、経験からくる知識って感じの話し方してたし。
それにさ前回、心春ちゃんが聞いてきた、もし自分がアンドロイドになったらどうするって質問はすごく引っ掛かってたんだよね。
そして、自分でも無意識だったでしょうけどねっ」
「利き手でしゅか……」
正解! ってことだろう。指をパチンっと鳴らすひなみ。
なんか俺、名探偵に犯行を解き明かされている犯人の気分になってきた。
なんでそんなことまで、見て、気付き、そして分かるんだよ。お前はいったい何者だよって言いたいよもう……
「前に会ったときもそうだし、今日だって右手で何かしようとするよね。アンドロイドに利き手はないから、立ち位置とかで効率のいい方を使うのが普通だしね」
「うぐぅ」
バカみたいな発言しつつ、変な人だと思わせながらも、相手を見抜く力は凄まじい。
この人と一緒にいる楓凛さんも実は、凄い人なんじゃないかと思ってしまう。
「で? 具体的には今、どんな感じなの? 原因とか分かるの?」
「こはりゅに入れるはずのAIと、わたちが入れ替わったんでしゅ。トリガーは雷だと思うんでしゅけど、原因も解決も全く見えないでしゅ」
「入れ替わりねぇ。まあ、私だってなんとなくその可能性もあるのかもって、結論付けようとしたけど、現実的じゃないなって、何回も否定したもの。
実際に今聞いても、あまりにも現実離れしてて、正直、半信半疑なところもあるしね。
それで? 今後どうするつもりなの?」
「どうって……」
言葉に詰まる俺。2個目の悩みも見抜いているひなみのことだ、多分俺の考えも見抜いている可能性は高い。
「しゃきに、もうひとちゅ──」
俺の言わんとすることが分かったのか、ひなみは、サイダーを飲んでふうぅ、と息を吐いてから、口を開く。
「もう1つの悩みは右手、右足の調子が悪いってことで合ってるかな?」
俺は無言で頷く。
「その悩み解決するには、電気屋に行くとか、クラスのAMEMIYAのお嬢さんの伝手を頼るとか、色々な方法がありそうだけど。
そもそも睡眠時の診断はどうなってるの?」
「睡眠時の診断は問題なしでしゅ。電気屋しゃんの簡易スキャンチェックも右手、右足ともに問題なかったでしゅ。
わたちの見解でしゅけど、手足の不調じゃなくて、原因は信号伝達の遅れによるものだと思うんでしゅ」
俺は自分の頭を指で押さえる。
「頭の中に、思考かいりょを鈍らせる基盤があるでしゅ。最近、思考時間、深しゃが延びてきてるでしゅけど、アンドリョイドが身体的に成長することはないはずでしゅから、異常だと考えられましゅ。
ちゅまり、この基盤による思考信号伝達の
「心春ちゃんの回路がどうなっているかは分かんないけど、その基盤を取り除く訳にはいかないの?」
「取りのじょくのは、少し面倒でしゅけど、多分、それでいけるとは思うんでしゅ。でも、ちょっと怖いんでしゅ……」
トラにも打ち明けれない悩み、誰にも言えなかったこと。話してるうちに知らず知らず涙が溢れこぼれる。
そんな俺を黙って見るひなみだが、その目はすごく優しいものだと感じる。この人になら言える、聞いてくれる。
繕わず、虚勢も張らず、本音を言える。
「思考が、延びて、深く考えれるようになればなるほど……現状が意味分かりゃないって、元に戻りゅ方法なんて何もないって、分かるんでしゅ。
今の、おりぇはどこにいて……なんなのかって、考えてしまうんでしゅ。
魂なんて、非化学的なの信じてなかったでしゅけど、もしその基盤がありゅことが、今のおりぇであることに……なりゅなら、取り除いたら消えるかもって思ったりゃ、しょの、怖くて……
こんなことなら、思考が鈍ったままの方が良かった……」
ボロボロ流れる涙を掬ってくれたひなみは優しく頭を撫でてくれると、立ち上がり俺の手を取る。
「ちょっと歩こうか、ここ人多いし」
ひなみに右手を握られ、浜辺沿いをゆっくり歩き
俺が転けないように支えてくれているのが分かる。
「なんで、ひなみは右の手、足の不調が分かったでしゅか?」
少し落ち着いた俺は、疑問に思ったことを聞く。ひなみは、アンドロイド心理学を選考していて、生体学はそこまで詳しくないはず。
ましてや俺の不調は、きな子さんと違い、反応が遅れ物を掴み損ねたりで、物を落としたり、足が縺れたりするものだから、見た目には分かりにくい。
「人はさ、見られたくないもの、隠したいものほど気になっちゃって、視線がいくものよ。
手を握るときも、砂浜を歩くときも、右に視線が飛んでたし、じゃんけんしたときも、私の手より自分の手を先に確認したでしょ。ちゃんと開けたかなって。それらを踏まえてね。まっ、後は勘だけどね」
「本当に、恐ろしいやちゅでしゅ。じゃあ、今考えてることも分かってるでしゅね」
「う~ん、まあね。でもそれは心春ちゃんの口から言った方がいいと思うよ。
なんて思ってるか大体は予測つくけど、細かいことや、思っていること全て分かっているわけじゃないから。
心春ちゃんの言葉で言わなきゃ、私はその考えに肯定も否定も、してあげれないから」
頼れる人を求めていた、何度かひなみの顔は頭に過ったが、人間とアンドロイド入れ替わりなんて、信じてもらえるか分からなかったから無理だと思った。
でもこの人なら頼れる。だからお願いするしかない。
「おしょりゃく、元に戻る方法が分かりゅ前にトリャの寿命が先にくるでしゅ。
戻りぇないと仮定ちて、わたちはこの不具合を直ちたいでしゅ。
でもわたちが、消えりゅリシュクを考えて、トリャが女の子たちに答えを出しゅのを見届けてからにしたいでしゅ。
今のトリャを、わたちが生み出した命に対しゅる
俺の言葉を黙って聞くひなみ。
「そこででしゅ、ひなみ。わたちの所有権をひなみに移して欲しいでしゅ。
ひなみが俺の言葉に少し不服そうな顔をする。それは納得させろと言ってるようにも見える。
「それは、私に何を求めるの?」
「
しょのとき、強制的に修理に出しぇるのはマシュターだけでしゅ。しょの役をひなみにお願いしたいでしゅ。
消えるリシュクを知った上で、トリャにその判断は出来ないと思うんでしゅ」
ひなみは大きなため息をつく。
「それ、私が所有権持っても、どーせ心春ちゃんすぐに来てくれないんでしょ。
でも限界を感じたら実は私がマスターですよ~って、出てきて虎雄くんから心春ちゃんを奪うってことになるわけだよね。最悪な女じゃん、私」
「分かってるでしゅ。でも、ひなみしか頼れる人がいないんでしゅ」
頭を下げ必死にお願いする。今の俺に思い付く方法はもうこれしかない。
「私も無償で全てをやるほどお人好しではないわけよ。
心春ちゃんがうちに来るのは絶対条件として、今の心春ちゃんが好きだから、私がマスターになっても態度を変えたりはしないこと。
それと、大学で先生の伝手を頼って、大きいところで一度詳しく全身の検査をしてもらうから。これは絶対ね。
打開策を見つける可能性は広げたいし、私がマスターとなるからには心春ちゃんの身の保証はするわ。
それらの結果を踏まえてから、また考えよっか。
所有権を移すなら、嘉香さんを納得させる理由が必要でしょ? それには専門家の診断結果は必須でしょ」
「ありがとうでしゅ……ほんと、ありがとうでしゅ……」
ボロボロと泣く俺を抱きしめてくれるひなみがポツリと問いかけてくる。
「もしさ、今元に戻る方法があったらどうするの? 虎雄くんに戻って、本当の心春ちゃんの基盤を外すことも出来る、もしもだけど」
「戻らないでしゅ」
「なんで? 今のトラくんは消えるかもしれないけど、虎雄くん本人は助かるかもしれないじゃん」
「もう、トリャはトリャであって、こはりゅには、なれないでしゅ。
しょれに、あいちゅが、トリャが可哀想でしゅ。おりぇの
さらに強くぎゅっと抱きしめられる。
「う~ん! やっぱ心春ちゃん好きだわぁ!! 元に戻れないなら一生面倒見たげるっ! お互い裸を見た仲だし、仲良くやろうか!」
「裸を見たって、ひなみのは無理矢理でしゅ……!? ま、ましゃか中身に勘づいててやったでしゅか」
「そんなわけないじゃ~ん、あ~でも見られたからには責任取ってもらわなきゃだしぃ。私のところに来たら、色々付き合ってもらうから、覚悟しなよぉ」
強く抱きつかれたまま頭をぐしゃぐしゃにされる。
ちょっと痛いけど、嫌じゃない。
俺がどうなるのか、根本的問題は解決していない。
それでも少しだけ視界が明るくなって、気持ちはかなり軽くなったんだ。
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次回
『後輩は決意するわけで』
ひなみさんが出てくると、地の文がなくなり、会話だらけになります。そして説明が多くなり、文字数が増えます。
仕方ないのです。
御意見、感想などありましたら、お聞かせください。
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