第74話 心春レポートなのでしゅ

 小さく短い指でポチポチと、ノートパソコンのキーボードを叩く音がリビングに響く。このノートパソコン、心春になってから買ってもらったものだ。

 前に持っていたものは雷で全部壊れた。

 欲しいなぁって、母さんにおねだりしたらアッサリ買ってくれたのだが、そのときは虎雄と心春でここまで違うものなのかと、すごくビックリしたものだ。

 しかもついでにと、小さな折り畳みテーブルと、俺専用座布団まで買ってくれた。至れり尽くせりだ。


 因みにネットには繋がっていない。敢えて繋いでない、俺の日記帳も兼ねてるから誰にも見せたくないし、調べ物はタブレット端末でやるのでこれでいい。


 床に折り畳みの小さなテーブルを設置し、上にノートパソコンを置いて座る俺の格好は、ふんわりとしたチュニック(ミントグリーン)にショートパンツ(白)夏に合わせ色合いが爽やかになって俺は可愛いのである。


 そんな俺が今記録しているのは、珠理亜がトラに告白した日のことだ。



 * * *



 ──あの日の帰りは静かだった。


 珠理亜は頬を綺麗な薄い朱色に染めて、目は涙で潤んでいたが、奥に強い光が宿っていた。


 対するトラは黙って真剣に考える姿が辛そうに感じた。この恋愛関係をこのままにしておくのは、誰にとっても良くない。

 そう判断したとはいえ、生まれて間もないトラには酷だったか。


 でも元に戻る方法もないし、これからトラが生きていく上であのままにはしておけない。


 そう必要なことなんだ。


 今回、トラと珠理亜の動向をこっそり追っていた俺なわけだが、一つ驚くべき点が見られた。

 アトラクションに無理して乗ろうとした珠理亜に気を使い『嘘』をついた。

 珠理亜のことを思っての嘘であり、優しいものではあるが、これは大きな変化だと言わざる得ない。


 純粋なのは今まで通りだが、相手を気遣い嘘をつき始めたトラをもはやAIと呼んでいいものなのか。酷い言い方かもしれないが、嘘をつくAIは存在価値がないといってもいい。


 ここまでのことを踏まえてトラは、確実に人間と変わりない存在になりつつある。

 この4人の女の子を巡る恋愛関係が、今後のトラの存在を決める大きなものとなるのは間違いない。


 おれっっっっっっっっっっっっっっっH──



 * * *




「うっ、考えすぎて倒れるところだったでしゅ」


 俺はキーボードにのったままの右手を上げると、バグったような文字を消していく。

 この思考を鈍らせる回路はなにかと俺に制約をもたらしてくる。我ながら優秀な回路だと憎たらしく思う。これでも大分思考時間は延びてきたんだが。


 両手を見てわきわきと指を動かす。


「ふむぅ」


 眉間にシワを寄せる幼女がパソコンの画面に映り込む。

 むむ、この顔も可愛いな。だが幼女たるものこの顔ではいけまい。


 ニッコリと笑うと、画面に映り込む幼女が可愛らしく笑う。


 おおっ!! 俺可愛いなっ!


「……なにやってるんでしゅかね、おりぇ」


 現実に戻った俺は少し虚しくなってしまう。それを振り切るために、今一度自分の打った文章を読み直しながら思考に没頭する。



 * * *



 ──まず一番の問題点。これは俺とトラが入れ替わっていることだ。これについては実際お手上げと言わざる得ない。

 単純にもう一度雷に打たれれば、とは考えたが俺もトラも死ぬ可能性の方が高そうで試せない。

 そもそも原因が分からない、非科学的言い方だが超常現象としか言えない。魂の入れ替わりなのか、記憶の入れ替わり、他にはお互いが入れ替わったと思い込んでいるだけで、本当は違うなどの心理的なものとか考えた。

 よっぽど悪の組織に連れ拐われ、俺の脳と人工脳を入れ換えられたとでも言ってくれた方が、現実的で対処方法が見えてくる。


 続いての問題。これはトラがその純な心で皆を虜にしたことによる、恋愛問題とでも表現しようか。


 元々心春ボディーに入れる予定だった純粋無垢なAIは、俺の体に入ったことでその純粋さを存分振るい出会った女の子を魅了し恋心をいだかせてしまった。

 これは今のトラに何らかの答えを出してもらって、女の子たちに宣言してもらうしかない。俺がトラに無理矢理言わせたところですぐボロが出るし、余計にややこしいことになりかねない。


 それにもう珠理亜の告白を受け、トラは自分の置かれている状態を正しく判断し始めたようだ。


 それ故に悩んでるみたいだが──



 * * *



「ううっ眠くなってきた……わたちがちゅくっておいてなんでしゅが、めんどくしゃい体でしゅ」


 パソコンの電源を切るとごろんと寝転がる。


「本当にめんどくしゃい体でしゅよ……」


 そのまま視界が狭くなり、暗闇に落ちていく。


 どれくらい寝ていただろうか、人の気配を近くに感じて起きると、隣にトラが座っていた。恐らくトラがかけたであろうブランケットが俺を包んでいる。

 アンドロイドなんで風邪なんか引かないのだがなと、そんなことを思いつつもお礼を言う。


「ありがとうでしゅ」


「うん」


 一言だけ返ってくる返事。


「トリャ今日も走ってきたでしゅか? 楓凛しゃんもお前もよく続くでしゅ」


「うん」


 また一つだけの返事。


「そんな感じで、楓凛しゃんになんか言われなかったでしゅか?」


「うん、言われた。大丈夫かって」


「そりゃしょうでしゅ。しょれで心配するなってのが無理でしゅ。一応わたちはお前のマシュターでしゅ! 解決はしないかもでしゅが悩みぐらい聞いてやるでしゅ」


 目を合わせてくれなかったトラがようやく俺を見てくれる。そして胸の内を話してくれる。


「あの……やっぱりだれか一人を選ぶって、やっと仲良くなったのに、恋愛って形をとると他の人と仲良く出来ないってのは嫌です。それにボクが選ぶって、なんだか偉そうというか」


 なんとも男からすれば贅沢な悩みだが、トラは真剣に悩んでいる。ここはマスターとして考えに考え抜いた答えを提示してやろう。


「全員選ばなければいいでしゅ」


「え?」


「お前が好きじゃなければ、全員選ばなければいいのでしゅ」


「でもそれは……」


「みんなが傷ちゅく? それを選ぶのもお前でしゅよ。しゅきでもないのに選ぶ方が失礼でしゅ。

 しょれにお前だけが選ぶんじゃないでしゅ。女の子たちもたくしゃん沢山人の中からお前を選んだんでしゅから、しょれに答えるのは当たり前でしゅ。しょこに偉いとかはないでしゅ」


 俺の言葉を聞いていたトラは目を丸くして驚いた表情を見せる。


「ボクは……」


「今はトリャとしてあの子達に応えてあげるでしゅ。どうしぇ元に戻るっていっても、いつになるか分からないでしゅし、この経験はお前にとって無駄にはならないはずでしゅ。何でもいいから答えを出してみるでしゅ。

 しょの結果相手も、しょしてトリャも傷つくかもしれないでしゅけど、やるしかないでしゅ」


 トラが俺の言葉を聞いて真剣に考え始めたのを見て、台詞を言い切った、どや顔幼女状態の俺のスマホが元気よく震える。


「電話? なんでしゅ……ひぃっ!? ひなみ!」


 画面に煌々と光るひなみの名前に、俺は怯えながら電話に出るのだった。



 ────────────────────────────────────────────────────────────


 次回


『お姉さんのお誘いなわけで』


 私のノートパソコンが壊れ今スマホから執筆中です。ワイヤレスのキーボード繋いで打ち込むようになって少し楽になりましたが画面が小さいです。でもいつでも気軽に編集出来るのはいいですね。


 御意見、感想などありましたらお聞かせください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る