第73話  想いを言葉にするわけで

 小説などで「殴られたような衝撃」そんな言葉を目にしたときになんとなく凄い勢いなのだろうなとぼんやりと想像していたわたくしですが今その衝撃を体感しているのです。


「やっと笑ってくれて良かった」


 その言葉に優しい風を感じたわたくしに虎雄さんは謝ってきます。


「ごめん、ボクね気付いていたんだ。珠理亜さんが本当は乗り物に乗りたくないってこと。でもねボクが乗りたいのもあったし珠理亜さんが乗るって言う言葉に甘えちゃったんだ」


 そう言いながら本当に申し訳なさそうにする虎雄さんを見て言葉のまとまらないまま無理矢理言葉にして口に出すのです。


「いえ、わたくしがちゃんと言えば良かったんですわ……」


 謝るわたくしに優しく微笑む虎雄さんは


「2人とも悪いところがあったってことだね。珠理亜さんのことを考えたつもりだったけど逆に困らせちゃってごめんね」


 そう言いながら頭を下げた虎雄さんは再び言葉を続けます。


「人間関係って難しいね。相手のためにと思ったことが逆に傷付けたりするんだから。相手のことを考えないといけない、でも気の使いすぎは逆に相手を傷付けたりすることもあるんだって。

 最近ね同じ言葉でも状況によって受け取り方も違うんだってこと知ったんだ。例えば『頑張れ』って言葉も状況次第では相手の助けにも、ときには追い込むことにもなるんだって。人間て本当に難しいよね」


 ふう~と大きく息を吐く虎雄さんは真剣に悩んでいるようなのです。そもそもここまで人のことを考え生きている人間がいるものかと衝撃を受けてしまいます。

 少し元気のない虎雄さんを励ましたくて必死に言葉に出します。


「でも、それを完璧に出来る人間なんていないと思いますの。お互いが相手を思い考えて言葉にして、その言葉を素直に聴いていくしか方法はないと思いますの」


 わたくしの言葉を真剣に聞いていた虎雄さん


「やっぱり自分だけで調べて考えててもダメだね。珠理亜さんの言葉聞けて良かったよ!!

 うん、さっきのこと反省しつつ珠理亜さんと2人で一緒に楽しめること探していこう。そしたら2人で楽しく過ごせると思うんだ!!」


『これからいろんなことを』その後に『2人で楽しく過ごせる』その言葉を受け殴られたことはありませんがそれほどの衝撃を受けてしまいました。


 こ、これはあの食事会でもそうでしたが虎雄さんはわたくしのことを真剣に考えていると認識をしてもいいのでは? 


 ああでもです、でもですよ。万が一わたくしの早とちりだった場合なのかもということを冷静に考えてしまうわけなのです。

 あの一緒にいると宣言されたときは完全に浮かれていたのですが來実さんや彩葉さんに散々勘違いだと言われちょっと自信がなくなっているわたくしがいます。


 來実さん、彩葉さんと楓凛さんが虎雄さんを慕っているこの状況が恋愛経験のないわたくしでもおかしいことだとは思うのです。


 虎雄さんが優しすぎるが故に起きたと思われるこの状況。

 あの食事会での虎雄さんの発言を考えると文句を言い気持ちもありますが、でもやっぱり來実さんたちのいうようにわたくしをアンドロイドの技術者として支える発言だった場合と考えると強気に出れないのも事実です。


 それでもはっきりした回答は欲しい! 欲しいけどわたくしではなかった場合を考えると……あーどうしていいか分かりませんわ。


「珠理亜さん? 大丈夫?」


「え? はい、いえ大丈夫ですわ」


 思考しすぎて頭が停止しそうになるところを虎雄さんが声を掛けてくれたお陰で戻ってこられます。


「すごく真剣な顔してたけど調子悪い?」


「本当に大丈夫ですわ。ご心配かけて申し訳ありませんわ」


「そう? それならいいけど。この後だけどご飯食べたらもう少し回ってみない?」


 その提案を受けホットドッグを慌てて頬張るわたくしを見て虎雄さんが笑うのです。


「そんなに急がなくていいよ。ボクもまだ食べていなし」


 そう言いながら笑う虎雄さんを見て顔が熱くなるのを感じながらホットドッグをかじるのです。



 * * *



 虎雄さんと園内にある池の畔を歩き小動物園コーナーへと向かっています。池を泳ぐ魚を横目にしながら虎雄さんが楽しそうに話しかけてきます。


「ボク猫とか飼いたいんけどお母さんがうちはトラ飼ってるからダメだって」


「えっと、それは猫と虎雄さんをかけているのでしょうか?」


「どうかな? ボクを見て食費かかるしダメだって言ってたから本気かも」


 笑いながらそう言う虎雄さんにつられてわたくしも笑ってしまいます。


 そのままたどり着いた小動物の触れ合いコーナーでモルモットやウサギを恐る恐る触るお互いを笑いながら過ごした後、近くの古いゲームコーナーにあったUFOキャッチャーで全く取れない自分達に笑い、わたくしが奇跡的に当てた射的のお菓子に喜んで笑う。


「もうちょっ時間あるし散歩して広場に集合しようよ」


「そうですわね」


 時計を見た虎雄さんに言われ時間を知ったわたくしは名残惜しさもありますが同意しゲームコーナーから出て来た道を戻っていきます。

 触れ合いコーナーを横切るときちょっぴり行きたそうな虎雄さんの横顔を見ながら池の畔に着くと魚の餌を売っている自動販売機にお金を入れ近付くだけで寄ってくる魚に喜ぶ虎雄さん。

 餌をあげると取り合う魚が密集する様子に驚いて嬉しそうにしている虎雄さんがその笑顔のまま話しかけてきます。


「今日は誘ってくれてありがとう。とても楽しかったよ」


 屈託のない笑顔でそう告げる虎雄さんから前半のわたくしの乗り物に乗れなかったことに対する気遣いや建前は感じられず、本心からの感謝の言葉だと、そう感じとれます。


「珠理亜さんが言ったこと。お互いが相手を思い考えて言葉にして、その言葉を素直に聴くって言葉聞いてそんな人になろうって思ったんだ。

 さっきも言ったけどボク珠理亜さんがジェットコースターに乗るって言ったとき無理してるなって気付いたんだ。

 気付いたけど珠理亜さん真剣な表情だったしボクに合わせようとしていたの分かったからしつこいって思われたらいけないって思ったら聞くのためらったんだ。

 でもあのとき聞けば良かったって思ったんだ。なんて答えが返ってきてもちゃんとボクが受け止めれば良かったって。

 そしたらもっと早く笑ってもらえたのに。ごめんね」


 思い返せばわたくしはお父様やお母様のように芯の通って人の上に立ち自分もそうなりたいと、もがいてきました。

 頭がよく行動力があり強くあること、そうすれば人はついてきてくれる。それは確かにそうかもしれませんがわたくし自身がそうなのかと尋ねられれば「違う」と答えるでしょう。


 虎雄さんはお父様たちと全く違うタイプなのにこうして人の心を引くことの出来る人。

 リーダーシップとは違いますが自分の魅力を最大に見せ人の心を引き付けるそんな人。

 本当に相手を考えることの出来る人。


 その人にわたくしのことを好きになって欲しい。そのためにわたくしが出来るのは想いを言葉にして伝えること。

 そして返ってくる言葉を受け止めること。たとえ望んだ答えでなくとも。


 わたくしは手を伸ばし虎雄さんの服の裾を握り少し引っ張ると目を丸くして驚いた表情をします。その顔を直視しようとしますが恥ずかしさから少し視線を外してしまいます。

 顔は熱く、胸の音は煩く、生まれてきて一番心臓が動いているのではないかと思うほどなのです。



 * * *



 水面に反射する沈む方向に傾き始めた太陽の光はまだ衰えることなく強く光を放つ。

 その眩しさに細めた目は視界を狭め差し込んでくる光が白く染め見える世界をよりいっそう美しく見せる。

 人の目で見る世界と人工に作った目が見せる世界がこんなにも変わらないってこと俺以外の誰が知っているだろうか。


 その光に白く包まれる女性は男性の服の裾を掴み意を決した表情を見せると静かにゆっくりと口を開く。

 声帯から発せられる空気の振動を分析し音として認識、声として判断され送られてくるデーターとはこんなにも綺麗な音で響き認識させてくれるものなのか。


「わたくしは虎雄さんのことが好きです」


 その綺麗な音が紡ぐ愛の告白を受けた男性は大きく目を開き戸惑いの色を見せる。告白されたことでどう答えていいか、いやそれ以前に人間として一人の男としてどう行動していいか分からないのだろう。


 そんな男性の姿を見て女性は続ける。


「虎雄さんはみんなのことを等しく見て愛そうとしていると今日一緒に過ごしてそう感じましたの。そこに疚しさはなく困っている人がいたら助けて、悲しんでいる人には本気で一緒に悲しんで最後まで寄り添える人だと本気で思いましたわ。

 そんな虎雄さんですから4人から慕われる今本当にどうしていいか分からない。答えを出すことで傷付く人が出ることにためらっているのだと思いますの」


 いつも静かに話す珠理亜とは違い少しずつヒートアップしてきたのか瞳を涙で潤ませ頬を朱に染め話す姿は1人の女性として、人として美しい本当にそう感じる。


「今すぐ返事をしなくてもいいですわ。

 彩葉さん達との約束もありますし今後の行動に、そこに口出しはいたしませんわ。

 でもわたくしの気持ちに対する答えだけはいただきたいのです。たとえそれがわたくしにとって残念な結果としても。

 それで傷付くことは怖いですわ、怖いけどそこを……そこを乗り越えないと」


 肩を震わせ始める珠理亜を見て俺の後ろで泣きそうな顔で心配するきな子さんに声をかける。


「行ってあげてお嬢しゃまを支えてやってくだしゃい。よくやったって声をかけてあげてくだしゃい」


 きな子さんは俺を見て戸惑いの表情を一瞬見せるが珠理亜を見ると意を決したのか


「助言感謝します」


 そう言って調子の悪い足で出来る最大限の速さで珠理亜の元に駆け寄っていく。


 ふう~と大きくため息を声として出す。息をしていないから真似事だがこうしないと落ち着かない。


 珠理亜の言ったこと前半は当たっている。あいつは純粋に人の悲しみに寄り添うことが出来る。


 後半の傷付くことを恐れて──は少し外れている。そもそも自分を男として認識していない面があったから。ただ俺が選べと言ったとき「みんなと仲良くはダメなのか?」と聞いてきたから1人選ぶことは他の人が傷付くという認識はあるのだろう。


 でも今、珠理亜が外していた部分はそうではなくなった気がする。


 きな子さんに抱き締められ震えながらおそらく泣いているであろう珠理亜の後ろで佇むトラを迎えに向かう俺の頭は限界を超えるギリギリまで思考を巡らせる。


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 次回


『心春レポートなのでしゅ』


 文字数が納めきれない2話に分割して尚文字数が膨れ上がってしまったまとめきれない私です。

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