第72話 優しい風が吹くわけで
心春さんときな子と別れてわたくしは虎雄さんと一緒に並んで歩きます。横を見てすぐ近くに好きな人の顔があるという状況に喜びを感じてしまいます。
ほんの数ヵ月前まではそんなことを考えるわたくしを想像したこともありませんでした。
「早速なにか乗ってみない? 珠理亜さんはなにか目星つけてる?」
わくわくを押さえきれない、そんな顔で見てくる虎雄さんは遊園地のパンフレットを広げて聞いてきます。もちろん今日という日に向け、きな子と夜遅くまで話し合ったプランがあるんです。
そこで最初は簡単かつ密着出来るのが良いと結論が出ているのです!
「最初はあれとかどうでしょうか? 準備運動と同じでいきなり刺激の強いものは避け徐々に体を慣らしていくのがいいと思いますの」
とわたくしが指を差すのは『ネコのティーカップ』と書いてあるアトラクション、大きなカップがぐるぐる回る乗り物でなのです。
テーブルを持って回せば速くなりますしなにもせず優雅に回るのもよし! これに乗れば『目が回って足元フラフラ、ぶつかって急接近!?』ときな子が真顔で両頰を押さえ首を激しく横に振って説明していたのです。
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なので軽く回してみたのですが……
「だ、大丈夫?」
「え、ええ大丈夫ですわ。ちょっとくらくら……」
思った以上に回ったティーカップに足がフラフラになるわたくしを支えてくれる虎雄さんに喜びを感じる余裕もないとはなんたる不覚なのでしょう。
「突然回し出すからビックリしたよ」
「虎雄さんは……大丈夫ですの?」
「うん、ボクも初めてで不安だったけど大丈夫みたい」
笑顔で答える虎雄さんにベンチを進められますがちょっと目が回ったくらいですぐに回復するので問題ありません。
「わたくしは大丈夫ですの。それよりも次にいきたいですわ。虎雄さんの乗りたいものはないんですの?」
「そうだなあ、これに乗ってみたいんだけど」
そういってパンフレットの中にあるゴーカートのマークを指差します。
車のミニチュア版ですし、これなら目が回ることもないはずです。
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「えっと……大丈夫?」
「え、ええ思ったより速いのですね……それにガタガタと揺れて乗り心地が大味でしたわ」
たかだか小さな車と侮っていましたが視点の低さ、エンジンの揺れとサスペンションの貧弱さに加えて路面の舗装状況の悪さがこの乗り心地を生み出していると分析したのです。
『アクセル全開で恋のスピードも急加速!!』どころではありませんことよ、きな子!
取り敢えず心の中できな子に突っ込んでおきます。
「虎雄さん、次にいきたいですわ。これはどうでしょうか?」
「うん、面白そう。無理はしないでね」
そう言って差し伸べる手を取って歩きだすのです。
──今、わたくし自然な流れで手を取れましたわ!?
自分の成長を感じて虎雄さんと次のアトラクションへ向かうのでしたが……
**
ボートの速いバージョンだとわたくしは想像していましたがこれはちょっとどうしましょう。
目の前に物凄いスピードで急勾配の坂を水飛沫をあげながら丸太のような船が落ちていくのが見えます。
乗っている方は水飛沫を浴びて楽しそうですけどこの迫力……わたくしに乗れるのでしょうか。横を見ると水上に着水した船が派手に上げる水飛沫を楽しそうに見ている虎雄さんの顔があります。
覚悟を決めるわたくしの視線に気付いた虎雄さんは微笑んでくれそのままジッと見つめると手を差し出してくるのでその手を取ります。さっきと同じく自然にを心掛けて。
「このアトラクションの水飛沫すごいね。乗ったらびしょ濡れになりそう。それじゃ、行こうか」
「あ、はい、楽しみですわね」
と言われ手を引かれますが、虎雄さんが引っ張る方向はアトラクションと反対方向です。
「虎雄さん? アトラクションはそっちではありませんわ」
「ん~、今のも面白そうだけどこっちにも行ってみようよ」
それからぐるぐるアトラクションを巡って眺めては乗らずに移動を繰り返します。
アトラクションを見ては楽しそうに感想を言っていますがなんとなくわたくしの反応を見ているような感じがして、意を決して握る手を引っ張り虎雄さんを止めます。
「虎雄さん、あれはいかがです? 遊園地と言えばジェットコースターは定番ですわ」
ミャオチャオランドの中でも一際大きく存在感を放つジェットコースター『ヘル・キャット』今まさにわたくしの指差す目の前で地獄へ急降下するかのごとき箱が人の叫び声を飲み込み落ちていくのが見えるのです。
「あれに乗りたいの?」
「え、ええ! 遊園地に来たら絶対に外せないものですの。これを楽しみにここへ来たと言っても過言ではありませんわ!」
「う~ん、珠理亜さんがそこまで言うなら……取り敢えず並ぼうか」
胸を張りドンと叩くわたくしを見て虎雄さんがちょっと困った顔をしながらも手を引いて列の最後尾に2人で並びます。
なにも乗らないのでは虎雄さんが楽しめていないはずですからこれで良いのです。上から降り注ぐ悲鳴は聞こえないことにいたします。
──え~聞こえません、聞こえません。
「珠理亜さん? えっと……」
「あ、ごめんなさい。ちょっとぼんやりしてましたわ」
上空からの悲鳴を聞こえないように集中してたら虎雄さんの声も遮断してしまったみたいです。慌てる私を責めることなくちょっと心配そうな表情で見てくる虎雄さんから視線を反らしてしまいます。
長かった列の最後尾にいたはずなのにあっという間に先頭が近づいてしまいます。それと共に機械の音がガチャンガチャンと鮮明に聞こえレールが擦れる音にジェットコースターが空気を切り裂き走る音と悲鳴がわたくしの耳を通し頭に響いてきます。
階段を上がり乗り場をチラッと上を見ると今まさにジェットコースターから降りていく人たち見えます。その中に泣いている女の子がいたのを見てしまってわたくしは立ち尽くしてしまいす。
乗る前からこんな気持ちで乗って楽しめるのでしょうか? 乗ってみれば意外に面白いのかもしれません。でももし無様な姿を見せてしまって虎雄さんに嫌われたら……
「えっと、あ、はい。こっちから降りればいいんですか? ごめんなさい。行こう珠理亜さん」
頭の中でぐるぐると思考していたわたくしの手をちょんちょんと引っ張る虎雄さんの声で現実に戻されて尚覚悟を決めかねてしまいます。
ぼんやりと曇った視界でジェットコースターを見るとそちらとは違う方向に引っ張られていることに気が付きます。
「あの? こちらは?」
「う~ん、ごめん。近づいたら怖くなっちゃったから止めよっか。ボクお腹空いたから何か食べようよ」
「え? あの……」
階段を降りていく虎雄さんに先導され訳も分からずついていくとキッチンカーの前に到着するのです。
「ボクね、こういったところで食べたことないんだ。珠理亜さんはある?」
「い、いえわたくしもありませんわ」
「ボクここで食べてみたいけどいいかな? 珠理亜さんは別のところにする?」
「いえ、わたくしもここで食べてみたいですわ」
キッチンカーで2人で買ったホットドッグを持って近くのベンチに座り包み紙に入れられたそれを眺めます。
ホットドッグを学校の売店で見たことはありますがこうして手に取るのは初めてだと言うことに気付きます。
隣を見るとすごく幸せそうな顔をした虎雄さんがパクリとかぶりつくのを見てわたくしもかじってみます。
「おいしいですわ」
「おいしいね」
素直な感想を言うわたくしに嬉しそうに答えてくれる虎雄さん。
「やっと笑ってくれて良かったぁ」
本当に嬉しそうな表情でそう言う虎雄さんを直視して心の中をまっすぐで強い風が吹き抜けていくのを感じてしまいます。強いけど優しく暖かな風は吹き抜けた後も温もりを残し心の中を優しく漂っているのです。
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次回
『想いを言葉にするわけで』
ジェットコースターに乗れないわけではないですが好んで乗りません。
まったりした乗り物に乗りたい派です。
文字数が膨れ上がったことと流れ的に必要なかったので削除したきな子さん語録ジェットコースター版は
『レールの山も谷も愛の猛スピードで駆け抜けて!』
こんなことを考えながら生きている私に御意見、感想などありましたらお聞かせください。
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