第71話 お嬢様の気持ちなわけで

 駅に着くと海が近いからか潮風が鼻をくすぐります。日頃家で過ごすことが多いからか直射日光を浴びるのは少し疲れます。


 隣にいるのはいつものきな子ではなく虎雄さん。電車を降りるとき手を貸してくれます。それは後から降りるきな子と心春さんにも同じように。

 わたくしが日頃学校でやる色んな思考を巡らせて行動に移すそれとは違い自然な立ち振舞い。


 その様子を見ていると視線を感じ振り返ると心春さんがわたくしをじっと見ています。これは小姑さんとしてわたくしの行動を見ているということなのでしょうか?


 その視線に少し緊張するわたくしを虎雄さんが優しくリードしてくれます。

 深く考え過ぎかも知れないけどいつも通りで良いよって言ってくれているように感じわたくしが恐る恐る手を伸ばします。


 その手をそっと添えるように握ってくれるのです。


 いきなりぎゅっと握るわけでもなく、突然引っ張るわけでもないわたくしの歩みに合わせ然り気無く歩いてくれることがとても嬉しいのです。


 初めて会ったときは授業態度も真面目でなくもっといい加減な人だと思っていました。でも今はまったく違いとても優しく素直な人だと思います。

 初めにわたくしが強い態度で出たので反発心もあったのかも知れませんが……


 心春さんに視線を移すときな子に体全体を満遍なく使ってジェスチャーをして遊園地の説明をしているみたいです。

 その姿がとても可愛いらしくて思わず笑みがこぼれてしまいます。


「ほりゃ、あそこの窓口でチケット買うでしゅよ」


 心春さんが指を差しながら腕を振る姿に改めて可愛いなと思いながらお財布を取り出します。今回誘ったのはわたくしですから支払いは当然かと。


「虎雄さんここはわたくしが払いますわ。今回誘ったのはわたくしなのですから」


「え!? チケット1人1800円もするよ。4人分で7200円も払ったら大変だよ」


「あ、いえそれくらいでしたら……」


 お財布を持った手を虎雄さんが塞ぐように手を広げ真剣な表情でわたくしを見てきます。


「今日ボクね、お母さんにお願いして5000円もらったんだ。月のお小遣い5000円とは別にだよ。楽しんできなさいって言われてもらったお金なんだ。

 それはお父さんとお母さんが稼いで遣り繰りしている中で分けてくれたお金なんだから大切に使おうって思うんだ。珠理亜さんだってそうでしょ。

 両親から貰ったお金なんだから今は自分の為に使ってよ。それくらいって言うけど7200円は大金だよ」


 雷に打たれたような衝撃。前にお父様と喧嘩して一文無しでもやってみせると啖呵を切っておきながらこの甘い考え! 

 財布に入っているお金とカードを見て日頃から散財なんてしてはいないしお金にシビアなつもりでしたが、今虎雄さんに喜ばれるなら7200円なんて思った自分を恥ずかしく思ってしまいます。


 そして少し前にお母様から言われた言葉を思い出します。


『親として、あなたのことを思って言うわね。今後、珠理亜が誰と付き合って、誰と結婚するのかは分からないけどあなたのことをお金としか見ない、そんな人が近づく可能性もあるということはしっかり覚えておきなさい。

 そしてあなた自身もお金に溺れないことよ。お金の魅力じゃなくて珠理亜の魅力に気づいてくれる人をしっかり見極めなさい』


 お母様はいつもと変わらない表情ながらも真剣なことを言うときは笑わなくなるので今が真剣なことを言っているのがよく分かります。

 そんなお母様が微笑むと一言。


『だから虎雄さんを離さないほうが私はいいと思うわよ』


 心の中で大きなため息をついてしまいます。結局わたくしには一人で自立してなにかを成し遂げようとする以前に一人で生活することもままならないのではないのでしょうか。


「だからボクが自分で稼げるようになったらそのときは珠理亜さんの分のチケットを買うよ。だから待ってて」


「!?」


 揺れる視界。虎雄さんは時々とんでもないことをストレートに言ってくるので耐性のないわたくしは目眩で倒れそうになってしまいます。

 後ろできな子が支えてくれ火照る顔をパタパタと扇いでくれるのですが、その顔がとても優しく嬉しそう。


 青い空を見上げながら心春さんと虎雄さんの声が聞こえてきます。


「ああもう!! チケット買うだけでどんだけ時間かけてるんでしゅか!! 入る前からイチャイチャしやがって窓口のお姉しゃん困ってましゅ!  はやく買うでしゅよ。あ、こはりゅは子供料金でしゅから900円なのでしゅ、そしてお母しゃんからトリャと同じ5000円もらってましゅからなんと!」


「ああっ!? ボクとスタートから差がついてしまう。900円分贅沢出来ちゃうんだ!」


「へへ~んでしゅ!!」


 楽しそうに話す2人をきな子と見ているそれだけで楽しくなってしまいます。



 * * *



 無事にチケットを買ってミャオチャオランドの噴水と花畑の広場の一角で心春さんを中心に皆が集まっているのです。


「最初の約しょく通りここでべちゅ行動でしゅ。わたちときな子しゃんはご飯はいらないでしゅから2人でふらふらしてましゅ。

 トリャと珠理亜で好きに食べるといいでしゅ。とりあえじゅ3時にここに集合で途中なにかあれば連絡するでしゅ」


 心春さんは見た目は小さな女の子なのにとてもしっかりしていてわたくしたちを仕切ってくれます。「どうやったらあの思考パターンが生まれるのだ?」と最近お父様が言っていたのを思い出します。

 わたくしが将来的に専門にしたいのはアンドロイド生体医学ですので思考パターンや精神学はあまり詳しくありませんが、それでも心春さんが特別なのは分かります。その心春さんを一人で作った虎雄さんが凄いのも分かります。


 虎雄さんを見ると真剣に話を聞きながら頷いていてそれを見ている心春さんがとても満足そうなのが伝わってきます。その相手の話を真剣に聞く姿からも優しさを感じてしまうのです。


「珠理亜さん行こうか」


 見とれてぼうっとしていたわたくしの前に差し伸べられた手。この方は人の為に何度でも手を差し伸べることが出来る人なんでしょう。甘えてはいけませんが今は甘えても良いのかもしれないなんて思うのは傲慢でしょうか? 自問自答しながらも手を取り楽しみを胸に秘め一緒に歩むのです。



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 次回


『優しい風が吹くわけで』


 高校生のお小遣い5000円は安いのか高いのか。地域差もあるのでしょうね。心春に5000円は甘すぎだと思います。


 ご意見、感想などありましたらお聞かせください。

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