第75話 お姉さんのお誘いなわけで

 玄関先で靴を履いて、姿見の鏡で服装をチェックする。


 おかしいところはない。


 ほぼ毎朝会っているのに緊張する私は、自分の顔を鏡で見て見ると、やはり固い表情をしているので笑ってみる。


「へえ~楓凛、朝からニコニコしてなにしてんのさ?」


「うがっ!? お兄ちゃんなんで起きて。て言うか見ないでよ!」


 顔を赤くして焦る私を、楽しそうに見ているのはお兄ちゃんの悠莉ゆうり

 その悠莉の後ろから眠そうに欠伸をしながら、のっそり出てくる寝癖で髪ボサボサの女性は、寝惚けまなこで私のことを見ると気だるそうに聞いてくる。


「こんな朝早くからなに騒いでんのよ? あたしゃあ眠いんだ。今日6日ぶりの休みなんだから寝かせてよ」


「わりいなひめ姉、いやな、楓凛が早朝デートするのに笑顔の練習してたから兄としてアドバイスしてやろうかってなっ」


 ひめ姉と呼ばれた彼女は氷芽華ひめか、長女である。


「ああなんだっけ、例の年下の彼? あのぼんやりした楓凛から、そんな浮いた話が出るとはねぇ~」


「い、いいでしょそんなの。お姉ちゃんもお兄ちゃんも、関係ないじゃないの」


 私の答えに相変わらず眠そうな眼でお姉ちゃんは、頭をポリポリ掻いている。


「んにゃあ関係ある。あたしが興味あるから」


「俺もあるよ。可愛い妹がどんな男連れてくるのか、バリバリ興味あるね。未来の弟候補、関係ないわけないじゃないか」


「なんでそんな話飛躍してるのよ。私はまだ付き合ってもないし」


「ふ~んねぇ」


「あ~、うるさいっ」


 ニヤニヤする、めんどくさい姉と兄から逃げるように、玄関を出るといつもの待ち合わせ場所へと向かっていく。


 最近の虎雄くんは元気がない。一応笑ってはくれるけど、無理しているのがよく分かる。

 彼と出会って3ヶ月程度。初めて会ったとき、素直そうな子だなって印象を持った。そしてなにより視線と、その目の曇りのなさが印象的だった。


 自分でいうのもなんだけど、我が家系の女性は割りとスタイルがいいというか、まあ胸が大きい傾向にある。女性としてはいいのかもしれないが、私は男女問わず胸に集中する視線と、話題が嫌いなのである。

 中学3年ぐらいから目立ってきたこの胸に集まる視線がうっとうしく煩わしかった。

 お姉ちゃんみたいに「見たければ見せてやる!」ぐらい吹っ切れればいいのだろうけど私には無理なのだ。


 だが虎雄くんは私の目を見て普通に会話してくれる。なんてことはないけどそれがちょっと嬉しかった。

 私の考えた鍛練メニューも真剣にこなし、素直についてくる。最初は可愛い弟ができたみたいで嬉しかった。

 でも私の話も真剣に聞いてくれ、必死で答えてくれる。分からないことは分からないっていうし、とても純粋な子。聞けば心春ちゃんがクラスの男子に襲われてから、守れるように強くなろうと思ったという。強くなりたい切っ掛けも人のため。


 でも、少しずつ一緒にいる時間を重ねていくと違和感に気がつく。


 まず一人称の『俺』っていうのも違和感を感じる。無理しているような感じだ。それになにより心春ちゃんの存在。

 アンドロイドだと知るまでは、ちょっと我の強い妹さんだと思っていたけど、知ってからはその関係性に驚いた。

 そして私の中にあった普通だと思っていたこと、アンドロイドは人のお世話をするものだという概念があったことに気付かされた。

 そう下に見ていたのだ。無意識の中の根付く概念。それに気づかせてくれるほどの純な存在。


 アンドロイドだけじゃなく、他の人との接し方を見てもこの子はどこまでも純粋で優しい。その気持ちはとても温かく、いつしかそれを自分に多く向けて欲しいなと少しづつ思うようになる。

 そして虎雄くんの周りに女の子たちの影……いや実体が積極的にアタックしてくるのを見て気が焦る。彩葉ちゃんに言われたけど、なんでも一人づつデートしているらしい。そのことを聞いて更に焦ってしまう。

 自分から離れていくのが、やだなって思ってしまう。


 自分でも知らなかったけど、意外に独占欲が強いのかも。


 水族館に一緒に行って見せた涙に彼の苦しみを見た気がする。本当はもっと自分のやりたいことがあるんじゃないかな? 無理しているんじゃないかな?

 その気持ちに触れたとき私は、彼の優しさを自分に向けて欲しいと思うと同時に私も彼に優しさを向けたいと思った。


 彼に比べればほんの僅かだろうけど。



* * *



 逃げるように家を出たせいで、早く着いてしまった公園で、ぼんやり考える私の前に現れる虎雄くんは、いつもと変わらないように見えて、やっぱり元気のない笑顔で挨拶してくる。


「おはよう、よく寝れた? あんまり元気ないみたいだけど」


「楓凛さんはなんでボクのこと分かるんですか?」


 凄く驚いた顔をする虎雄くん。なんで分かるかって、ものすごく分かりやすい顔してるからなんだけど。

 でも、元気がないのは事実。私になにか出来ることはないだろうか、そう考えたら自然に口に出てしまう。


「あのさ、今夏休みだよね。虎雄くんどこか行きたいところとかないかな? ほら私さこれでも運転出来ちゃうし、ちょっと遠くに行けたりするんだけど」


 私の問いに少し悩むと一言。


「海に行ってみたいです」


「海!? えっとなに? 泳ぐとか?」


 虎雄くんは首を横に振ると、ちょっと恥ずかしそうに口を開く。


「ボク泳げません。ただ、海って触ったことないから、行ってみたいなって。塩辛いんですよね?」


「虎雄くんって時々不思議なこと言うよね。実は私も泳げないんだけどね」


 笑ってごまかす私だが正直、海と言われ内心焦った。なにせ泳げない。それに水着になることに激しく抵抗があるのだ。

 虎雄くんは水辺で遊びたいだけみたいだし、これなら問題ない。


「お盆に入る前に行った方がいいっていうし、近々行こうか?」


「えっと、いいんですか?」


「もちろん! 任せなさい!!」


 ちょっぴり元気が出た虎雄くんに、テンションの上がる私なのだった。



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 次回


『お姉さんの気持ちはまっすぐなわけで』


 最近泳いでないなあと思う今日この頃です。日焼けとか痛いしコンタクトの今、海に入るのがめんどくさいのもあります。


 海でなにか叫ぶような青春してみたかった私に御意見、感想などありましたらお聞かせください。








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