第67話 準備は入念になわけで

 大きなお屋敷の広い部屋に並ぶ服を見ながら悩むのは雨宮珠理亜あめみやじゅりあである。日本におけるアンドロイドメーカーのトップであるAMEMIYAグループの社長令嬢になる彼女は服を手に取っては大きなため息をつく。


「きな子。わたくしは何を着て虎雄さんとのデートに望めばいいのかしら」


 自分で言っておきながら「デート……」と呟き両頬を押さえ頭をブンブン横に振る珠理亜。そんな様子を冷静に見ながらきな子は答える。


「そうですね、まずは行き先を決めてはいかがでしょうか?」


「行き先を?」


「そうです。例えばですが山に登るならそのような格好をすればいいですし、海に行くならそれにふさわしい格好になると考えられます」


「流石きな子! 頼りになりますわ」


 手をパンッと叩きながら珠理亜が感激の声をあげ今度はタブレットを持って検索を始める。ベッドの端に座りタブレットの光に照らされる表情はとても明るく楽しそうである。

 きな子はそんな珠理亜を優しい目で見守りながら頭の中で思考する。


 きな子の稼働年数は19年を越えている。珠理亜が生まれる少し前に作られ直ぐに母親である美玲みれいの身の回りの世話をし出産後は珠理亜のお世話をずっとしてきた。

 これまで珠理亜の為に行動してきたその心に変わりはないのだがあの日、虎雄が珠理亜の為に父の建造けんぞうに意見した日。

 必死に建造に意見する珠理亜と虎雄、そこに至るまで見てきた虎雄と心春の関係。

 あのとき何かが自分の中で変わったのを感じた。作られて19年旦那様である建造の許可なしに意見を述べたことなどない。でもあのときは珠理亜の為にやらなければそう思ったら手を挙げ口が動いていた。


 今楽しそうにする珠理亜を見て湧き上がる感情。これが何なのか、なんと表現していいか分からないが大切にしようと思う。


「きな子、どうしたのかしら? 調子悪いのでしたら調べますわよ」


「いえ、大丈夫です。少し考え事を」


 珠理亜から不意に声をかけられ慌てて答えるきな子。


「きな子なんだか変わりましたわね」


「変わった? 私がですか?」


「ええ、なんというか柔らかくなったとでも言えばいいかしら? 表情も身に纏う雰囲気もふんわりと柔らかくなりましたわ」


 きな子は自分の顔を触りながら確かめる。きな子の行動を見て珠理亜はくすくすと笑う。


「きな子が変わったのも虎雄さんと心春さんに会ってからですわ。あの2人から受けた影響はわたくしもきな子も大きいのですわ」


「ええ、そうですね」


「きな子、わたくしなんとしても虎雄さんに振り向いてもらいたいですわ」


 タブレットをぎゅっと抱き締めてきな子を見る。


「あぁ! きな子、今笑いましたわね!」


 ふっと笑ったきな子に顔を赤くする珠理亜が抗議する。それを受けきな子が口を押さえ顔を反らす。


「もう、わたくしは真剣に考えてますのよ」


「申し訳ありません。お嬢様はそちらの方がお似合いですよ。無理をして他人に強気に出る必要はないと思うのです。

 旦那様を目指すのはいいですが同じになる必要はないのですから」


「きな子なんだか小言が多くなりましたわ」


 頬膨らませ怒る珠理亜に頭を下げるきな子に対して直ぐに表情を緩めた珠理亜は自分の隣をパンパン叩く。


「きな子、隣に座ってわたくしと一緒にデートの場所を選ぶのです」


「いえ、私は」


 珠理亜は躊躇するきな子の手を取ると強引に座らせ隣に座り膝の上に置いたタブレットの画面をタッチしながらきな子に場所の説明を始める。

 その楽しそうな様子を見てきな子は珠理亜の生まれたときのことからを思いだしその成長を感じると共に先ほど感じた胸の奥にあるなにかを再び感じとる。

 やっぱりこれがなにかは分からない。でも珠理亜の為になにしよう、それは命令や業務でなく自分自身そうしたいと思う気持ち。


「きな子。聞いてますの? ここはどうかと聞いてますの?」


 珠理亜の声で我に返るきな子がタブレットの画面にピントを合わせる。


「遊園地ですか」


「そう、お父様やお母様と行ったときのような特別な待遇ではなく、1人の人間として虎雄さんと一緒に行きたいのですわ。一緒に並んで、乗り物に乗って──」


 そこまで言って赤くなった両頬を押さえ頭をブンブン横に振る珠理亜。

 その横で口を指で押さえながら思考するきな子。


「遊園地……乗り物……絶叫……『絶叫マシーンに乗って2人でドキドキ吊り橋効果で急接近!』とか?」


 隣でボソッと言うきな子を両頬を押さえたままキョトンとした目で見る珠理亜。


「ぷっ、ふふ、ふふふふっ」


 ベッドに寝転がり足をパタパタさせながら笑い始める珠理亜に表情こそあまり変わらないが恥ずかしそうにするきな子。


「きな子、なぜこの間からタイトルをつけるようになったんですの? それにそのセンスはどこからきているのかしら?」


 寝転がったまま笑って出た涙を拭きながら珠理亜は手をついて起き上がるときな子の手を取る。


「わたくし遊園地に決めましたわ。きな子の作戦でいきますわ」


 凛とした瞳にきな子を映す珠理亜に成長を感じると共に三度みたび心の奥にあるなにかが温かくそこにあるのをきな子は確かに感じる。



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 次回


『そろそろお前がやれなわけで』


 何事も計画しているときはとても楽しいものだと思います。計画で満足してしまっていざ当日になって行くのめんどくさいなとか思う私です。


 御意見、感想などありましたらお聞かせください。

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