第66話  お母さんのことを知るわけで

 母さんの膝の上に座り抱き締められる俺は背中に母さんを感じながら話を聞く。


「お母さんのお父さん、心春ちゃんにとってはおじいちゃんはとっても厳しい人だったの。来日も来日も修行の毎日。

 ただ強くなるための毎日。でもそれが当たり前だったから大変だったけど強くなる自分に充実すら感じていたわ」


 母さんはふぅとため息をつく。


「だから私はおしゃれなんてしたことなかった。服も着れればいいし髪もボサボサで修行で傷つき日に焼けた肌はボロボロ。

 もちろん私だって可愛い服とか着たかったし着たいっておじいちゃんに頼んだけど修行の邪魔だって断られてね。

 それでおばあちゃんに頼んで一回だけ着たら物凄く怒られて『そんな心構えでどうする。弱くなるぞ』って言われたの。

 当時小学2年生で全国大会を制した私が自分が弱くなるのが怖かったの。頂点に立ち続けていなければ自分の価値はないって思っていたからね」


 表情は見えないけど背中越しでも分かる悲しそうな雰囲気。今のじいちゃんからはもちろん、俺の知るじいちゃんよりも昔はもっと厳しい人だったのだろう。

 ばあちゃんはもう亡くなっているが俺の記憶の中で大人しく物静かな人だった。話の中のじいちゃんにはさぞ苦労させられただろうと想像できる。



「でもね高校2年生のときにある男の子に言われたの『犬甘いぬかいはそんな疲れた顔して空手やってんの?』って。

 今までね空手に関して『強いね』『すごいね』としか言われたことなかったから衝撃だったわ。

 それにね『今でも可愛いのにおしゃれに気を使わないのはもったいない』って恥ずかしそうに言ってくれたのよ」


 ああ、なんか既に予想がつくぞ。その男の子ってもしかしなくても……


「実はその男の子ってのがお父さんでね。当初は私のことを空手の人としてじゃなくて犬甘いぬかい嘉香よしかとして見てくれたの。

 それがとっても嬉しくてね。お母さんこの人しかいない! って思っちゃったのよ」


 父さんってそんな人だったんだ。なんか想像つかないぞ。女の子に向かって「今でも可愛い」とか言うキャラかあの人?

 人の恋愛話って意外性とか見えて面白いかもしれない。


「でね県外の大学にお父さんは進学、私は地元の専門学校に行ってお互い別の道へ分かれてそれっきりかと思ったら出会っちゃったのよ。

 免許取り立てで友達とちょっと遠出したときに道の駅の駐車で車が動かなくなっちゃってね、お母さん車のこととか分からないし困っていたのよ」


 あ、もう分かった! 俺は話の続きを予想しながら母さんの顔を見ると少し遠くを見て優しい表情をしている。その表情を見ながら続きを聞く。


「たまたま帰省していたお父さんが車で来ててね応急処置してくれて無事に帰れたの。聞けばなんてことない話だけどお母さんからすれば運命だなって思ったの。おかしいでしょう?」


 恥ずかしそうにいう母さんに俺は首を振る。


「おかしくなんかないでしゅよ。……でもそこまで運命的な出会いだったのに今のお母しゃんはなんで……」


「なんで今夫婦仲が悪いってことでしょ。それはそうね、先になんで女の子の服を沢山持っていたか、それを説明しましょうか」


 我が家は子供は男の俺1人で女の子はいない、死別や生き別れの姉妹がいることもないはずだ。そんな家に大量にある女の子服、母さんは女の子が欲しかったとか言っていたけど実際はどうなんだろうか。


「あの服はね、おばあちゃんが小さかったお母さんに買ってくれたものなのよ。さっきおばあちゃんに洋服をねだって着たって言ったでしょ。そのとき洋服を着て嬉しそうにしてた私を見てからおじいちゃんに隠れてこっそり買って隠してたものなの。

 おばあちゃんが死ぬ前に『みんなと同じようなお洋服着せてあげられなくてごめんね嘉香』って渡してくれたの。お母さんの成長に合わせて服も小さいのから大きいのまでいっぱいあるのよ。

 いったいどこにこの量を隠してたのよって突っ込みたくなるくらいにね。これに気づかないおじいちゃんもお母さんもどれだけバカなのよってっね……」


 母さんが上を向いて鼻をすすり涙を拭うのを見ながら俺の着ている服を見る。胸元に黒のリボンが縫い付けてあるTシャツ(白)にタイトのジャンパースカート(黒)に白地に黒のボーダーの靴下。

 このTシャツと靴下は買ってもらったものだけどジャンパースカートは母さんが持っていたものだ。最近服に詳しくなってきたから分かるけどよく見るとちょっとデザインの古さを感じる。

 じゃあこれはおばあちゃんが買ったものなのか……おばあちゃん、お母さんが着ること想像しながら買ったんだろうな、着せたかったし着ているところ見たかっただろうな。そう思うとなんだか俺も涙が流れてしまう。


「それでねお母さん決意したの、結婚して子供が出来きたらその子にはやりたいことやらせようって。本人が空手をやりたいって言えばやらせるけど無理にやらせるのだけは絶対にしないって」


 涙をごしごしと拭いながら母さんが話を続ける。そう母さんは俺に空手をやれとか一回も言ったことないし基本やりたいことはやらせてくれた。この前トラがじいちゃんの道場に通うと言ったときもあんまり乗り気じゃなかったのもこういう背景があったのか。


「そこでお父さんとの話に戻るんだけど、簡単に言えば教育方針の違いよ。お父さんは進路を決め将来を見据えた教育をするべきだって、男の子のトラが生まれ後取りが出来たと喜ぶおじいちゃんのところに勝手にトラを連れていって修行をやらせたりしてね。文句言ったら『お父さんの気持ちも察しってやれよ』って言われて、そこから大喧嘩したの。

 お母さんも神経質になっていたのもあるけど、そうやって一度すれ違うと相手の嫌なとこしか見えなくなって気がつけば喧嘩する毎日。で、今に至るってことかな」


 涙を溜めた目で笑う母さんを涙でピントの合わない俺は見つめる。

 俺はこんなに近くにいてずっと一緒に過ごした人のことも知らなかったんだ。暴力的ですぐ怒るくせに変なところで無関心な母親だって思ってたけど心の内は色々悩んで俺のことを想っていたのだろう。


 この心春じゃないと聞けなかったことに感謝しながら元の虎雄じゃないと本当の自分自身の言葉が伝わらないであろうことを恨めしく思う。

 それでも言葉は伝えよう、そして今の体だからこそ出来ることをしよう。


「お母しゃん、こはりゅはこの家に来て、むしゅめむすめみたいにあつかってくれて本当に幸せでしゅ。

 こはりゅ、おばあちゃんとお母しゃんの選んでくれたお洋服大しゅきでしゅ」


 母さんが俺を優しく抱き締めてくれる。


「心春ちゃんは娘みたいじゃなくて、娘よ」


「はい……でしゅ」


 俺は母さんの腕に寄りかかり今は娘でもいいそう思った。そしてトラにちゃんと母さんのことを教えよう、そう誓う。


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 次回


『準備は入念になわけで』


 親の心子知らずというお話。思ったより長くなってしまいました。

 次回準備している子を大分待たせてしまったけどその分入念に出来たよね? ということで許してもらいましょう。


 御意見。感想などありましたらお聞かせください。

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