第68話 そろそろお前がやれなわけで

 日本の夏は高温多湿で蒸し暑いのである。そんな当たり前のことを体験してきた俺は汗一つ掻かず夏の朝を過ごす。

 そして生まれて初めての夏を経験するトラは完全に夏バテになってベッドにぐったり横たわっている。

 その真下で小さなテーブルを設置しちょこんと座る俺。


「暑いぃ~なんで夏ってこんなに暑いんです?」


「夏だからでしゅよ。ちじゅく地軸の傾きによる太陽に対しゅる角度の違いの説明したら納得するでしゅか?」


 トラの方を見ずに床に座って小さなテーブルにノートパソコンを広げポチポチとキーボードを打つ俺。

 そんな俺の格好はキャミワンピース(青みのある薄い紫)、その下に半袖のTシャツ(白)夏らしく薄着で可愛いのだ。

男のときは単純に暑いから薄着になるものだと思っていたが夏にしか出来ないファッションというのはそのときににこそ輝くものだと考えを改めた。

 この肩を出さないかと母さんに勧められたが恥ずかしいので遠慮させてもらった。


「さっきから何を見てるんです?」


 ベッドの上から覗こうとするトラの顔を押さえノートパソコンをパタンと閉じる。


「勝手に覗くなでしゅ! 元に戻る方法のヒントがないか調べてただけでしゅ。しょれよりトリャの方は女の子たちへの気持ちの整理はつきそうなんでしゅか?」


「正直まだ恋愛とか分からないです。友達だとずっと仲良く出来るのに恋愛だと区切りをつけなきゃいけないのがとくに分からないんです。

 このままみんなと仲良くってわけにはいかないんですよね?」


「お前そのはちゅげん発言、世の男に聞かせたらまっしゃちゅ抹殺されましゅよ」


 トラは困った顔で悩み始める。こいつが相手の気持ちに気付かない鈍感主人公とかなら叩いてでも分からせるところだが、そもそも恋愛の概念がなく自分の性別も機械的にしか認識していなかった。

 この事実が俺を困らせてくれる。ただ、トラ本人に言われて気付いたが少し変化が見られるのも事実。

 良いことなんだか悪いことなんだかは分からないけど。


「マスターはいいのですか?」


「あん? 何がでしゅ?」


「ボクに恋愛を進めていますけど、この体は本来マスターのものであってボクが恋愛するのは問題ないのかな? と疑問に思うんですよね」


「ふぅー、確かに問題ではあるでしゅけどこのままジュルジュルズルズルこの関係を続けるわけにもいけないのでしゅ。女の子たちにもしちゅれい失礼でしゅ」


 俺の言葉をキョトンとした表情で見るトラは少し可笑しそうに笑いながら言う。


「マスターなんだか変わりました?」


「むきぃーー! お前が問題を持ち込むから考えを改めないわけにはいかなかったのでしゅ! トリャのせいでしゅ!」


 俺が怒っていると下からチャイムの音が響く。


「多分いりょは彩葉でしゅね。トリャ先に玄関に行くでしゅ。わたちはかたじゅけ片付けしたら降りるでしゅ」


「はい、分かりました」


 返事して下へと降りていくトラ。

 夏休みが始まって1週間。初日の來実とのデートに思うとこがあったのか2日前から彩葉が家に来るようになった。

 これは他の3人ない行動力と積極性というところか。


 そんなことを考えながらノートパソコンを操作して電源を切る。

 そのまま何気なく自分の両手を見つめる。目の前にある小さな幼い子供の手。グーパーしてみると小さな指が動く。


「ふぅ~深く考えても仕方ないでしゅ」


 立ち上がると俺もトラの後を追い下に降りる。

 下に降りると予想通り彩葉が玄関先にいるようでなにやら話し声が聞こえる。本当に賑やかな子である。


「トラ先輩はゆず胡椒いけます? そうめんにゆず胡椒って美味しいんですよ! オススメですっ!」


「そうなんだ、彩葉さん詳しいよね」


「へへぇ~ん! もっと誉めて良いんですよ! じゃあじゃあ、お昼作るんでお邪魔しま~す!」


 元気よく上がってくる彩葉は俺を見つけると手を振って駆けてくる。


「こはりゅ元気してた?」


「元気でしゅよ、昨日会ったばっかりでしゅから知ってましゅよね」


 彩葉はしゃがみ俺の顔をツンツンしてくる。


「そう? なんかさ最近元気なくない?」


「トリャの周りが騒がちいし、4人ともわたちのいうことで聞いてくれないでちゅかれ疲れてるんでしゅよ」


「ふ~ん、大変だそれはっ」


 そう言いながら原因の1人が俺の頬を突っつく。


「いいからご飯ちゅくり作りに来たのなら早く作るでしゅ」


「おおっ!? そうだった。了解でしゅ! 小姑さん」


 敬礼をして台所へ走っていく彩葉。俺は突っつかれた頬を触ると俺らの様子を微笑ましく見ていたトラを睨む。


「むぅ他人ごとのように見てましゅけど、いりょはにお前がちゅっちゅかれ突っつかれてもいいんでしゅよ」


「え、ボクがですか?」


 何か想像したのだろう顔をブンブン振って想像を否定している。そして顔が少し赤い。

 これがさっき言った少しの変化。間違いなくトラは自分を男だと認識し始めている証拠だろう。


 最悪何年かかけて元に戻ろうと計画していたが悠長なことを言ってられない気がする。

 トラが人を愛し自分を正確に認識し始めたら間違いなく生まれた意味を探し始める。

 そんなの普通の人間にも分からないのだけどAI的思考が何をもたらすかは分からない。

 それでもこの恋愛関係を放置して女の子たちへ申し訳ない気持ちもあるが、これは逆にトラに対し悪影響を与えそうな気もする。


 要は未知数過ぎて分からないわけだがトラ自身の素直さ、純粋さを信じ真っ当な道を選ばそうと思うわけなのである。


 眉間にシワを寄せ考える俺の周りをトラがオロオロとしている。


 ピンポーン♪


 玄関のチャイムが鳴る。俺らは玄関先の廊下にいるので誰かは分からないが玄関の方へ向かおうとすると彩葉がリビングのドアを開けてパタパタと走って玄関へ向かっていく。


 そのまま彩葉が玄関を開けると立っているのは珠理亜ときな子さんなわけで。


「なにか用でしょうか雨宮先輩?」


「彩葉さん……なんであなたがここにいるかは大体察しがつきますわ。用事があるのは虎雄さんですから呼んでいただけませんかしら?」


 あれ? 玄関先が魔界化してるんだけどなんで? この間2人とも仲良く俺に宣戦布告してきたじゃん。なんで今そんなに睨み合ってんのさ。


 俺はあわあわするトラをポカリと蹴る。


「トリャ! 取り敢えず珠理亜を家に上げて事態を収めるんでしゅ」


「え、ボクが!?」


「ボクが!? じゃないでしゅ!! これからはお前がやるんでしゅ!」


 よろめきながら2人の元へ行き必死に説得するトラ。先が思いやられるな……でしゅ。


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次回


『お嬢様のお誘いなわけで』


そうめんにめんつゆだけでも美味しく食べれる私ですが色々なトッピングをするのも楽しみの一つです。


御意見、感想などありましたらお聞かせいただけると嬉しいです。









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