第56話 今更気付くわけで

「聞きたいことがあります」


 家でのんびりする俺にトラが真剣な表情で迫ってくる。こいつが俺の着ている服とかについて聞いてくるときくらい真剣な表情だ。


「なんで明日、來実さんとボクがデートするんですか?」


「お前聞いていなかったのかでしゅか? トリャを好きな子が4人いてその中で1人決めようって話でしゅ」


 トラが首を傾げる。


「母しゃんが言ってたでしゅ『りぇん愛恋愛』についてでしゅ」


「恋愛って男の人と女の人がするあれですよね?」


「そうあれでしゅ」


 2人の間を沈黙が支配する。これに耐えれなくなった俺が先に口を開く。


「來実、珠理亜、彩葉、楓凛4人はお前のことがしゅき好きなんでしゅ。そのことに対ちて、しょのなんでしゅ……ケジメをつけなきゃいけないんでしゅ」


「好かれるって良いことじゃないですか。そこから恋愛にって言うのは男女の問題ですよね?」


「むきぃぃぃ! 何が『男女の問題でしゅよね?』でしゅか!! お前が巻いた種でしゅ!! 女の子に対してしゅげーー良いこと言ったりカッコいいことしゅるからトリャのことがしゅきってなって、りぇん愛になって今こうして困ってるんでしゅ!!」


「ええ!?」


「何がええ!? でしゅ!!」


 驚くトラにキレる俺。大体なんなんだコイツはあれほど女の子に優しくし過ぎたらダメだって言ったのに。カッコよくて頭の良い男が優しくしたら女の子が惚れるのは当然だって何度も言ったのに。


「あのぉ、マスター前に好きを偏って他の人に与えるなって言いましたよね?」


「ん? なんか言った気がするでしゅ」


「だからボク気を付けて皆に好きを配るように配慮しました」


「ほ、ほう、しょれで最近のクラシュでのトリャの評判が良いわけでしゅね……」


「だから好きを与えて、好きが返ってくる。これはとても良いことだって思うんです。でも恋愛って基本的に男の人と女の人するものですよね」


「形は色々ありましゅが概ねそうでしゅ。だから4人の女の子はトリャを……」


 俺は不思議そうに首を捻るトラを見て一瞬イラッとするがあることを思い出す。


「トリャ? ちょっと聞きたいんでしゅけどお前今自分をなんだと認識しているでしゅ?」


「認識ですか? 梅咲虎雄ですけど」


 アンドロイドなのにゾワワワっとする感覚。しまった俺としたことが根本的なことを忘れていた。


 アンドロイドには性別の概念がないのだ。あるのは個体の認識。

 つまり心春として作られたボディーに入れられたAIは自分を心春として認識する。

 これに対して役割をつける。俺の場合は『妹』これで『妹の心春』の認識がなされ妹らしい振る舞いになる。

 ここに性別は存在しない。この辺りもアンドロイドのプログラムとして細かい話になるが性別をつけると気持ちの揺れが発生し「男として」「女として」みたいな行動をとり始め好き嫌い、ゆくゆくは差別的思想の発展になりかねない。


 アンドロイドは生まれたてときからある程度の成熟した思考が求められる。人と違いゆっくり育てていくものではないから。


 つまりだ身近なきな子さんを例にとると、『女性のお手伝いのきな子さん』ではなく『きな子』さんという個人なのだ。そこに性別などは存在せずそういうキャラクターといえば分かり易いかもしれない。

 ゲームのキャラを例にすればキャラ上の設定が女の子ってだけで現実的な意味では女の子じゃないってことだ。


 長くなったがトラは梅咲虎雄を認識してそれなりに演じようとしているが『男』であることは認識していない。もちろん『女』としての認識もないそう言うことだ。


「トリャ……お前今自分が男って正しく認識出来ていないでしゅね」


「男? ボクが?」


 これは思ってたより不味い。根本的なことを見逃していた。明日來実とデートさせて來実が好意を抱いていることを認識させる。それで今の自分の立場を分からせて俺の好みなんかも考慮して4人から選ぼうなんて考えていた。

 甘かった……そもそもこいつは自分の性を認識していないんだから明日の來実がトラを好きなんだよって言って分かる訳がない。いやまてよ、ならお友達でいましょうって言わせるのはどうだろう。これならば相手の恋心を終わらせることも出来るし、トラもそれを望むから「友達でお願いします」って言ってくれるかも。


 少ない容量で必死に考える俺の頭からは煙が出そうだ。


「あ、そういえばマスター」


「あん? なんでしゅ?」


「マスターが今言った恋愛のことをずっと考えていたんです」


 さっきから静かだと思えば真面目に恋愛がなんたるかを考えていたらしい。


「恋愛って知識としてはちょっとは持っているんです。何かの媒体で見たんですけど相手が好きだってときは心臓が高鳴って顔が熱くなって、えーとドキドキするって書いてました」


「人体の反応でしゅか。それがどうしたでしゅ?」


「この間、楓凛さんと水族館に行ったときそんな感じになったんですけどこれって恋愛なんですか?」


「はっ?」


「これって恋愛ですか?」といきなりとんでもないことを尋ねられる。煙が出そうな頭で考える。


 ひなみとの会話が蘇る。


 ──アンドロイドの生の認識はご法度


 詰まる所、個体としての認識は許されるがそれは個人としての意思は許されない。今のトラは自分を個人として徐々に認識し始めている感じを受ける。そして自分が今男であるということも。


 それは最早AIでは到達してはいけない領域。あれ? 明日のデートやばくね? 


 そこからふわ~として視界が揺れる。あぁこんなときに限界がくるんだ。最悪だ。


「あ、あしたのデート、ちゅ……」


「昼食の場所ならもう決めてます。來実さん喜んでくれるはずですよ。安心して寝てください」


 ちげーよって言葉は言えずに微睡みに落ちていく。最近ちょっと突然過ぎないか? 明日はもう流れに身を任せるしかないのか……


 ────────────────────────────────────────────────────────────────


 次回


『デートの日はやって来るわけで』


 恋愛は脳のバグだとか言われたりしますがバグって幸せになれるならバグりたいです。

 違う方面でもバグっている私ですが御意見、感想などありましたらお聞かせ頂けると嬉しいです。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る