第55話  幼馴染みは人生初デートなわけで

 芦刈來実はぼーとしながら部屋のカレンダーを眺めながら学校の鞄を置く。


『明日デートをするでしゅ。トリャと』


 そう心春に言われてから記憶があまりない。どうやって家に帰ったんだって自分に聞きたい。そんなことを考えながら部屋着に着替えるとリビングへと向かう。


 扉を開けると空腹をほどよく刺激する匂いがする。いつもの匂いだ。


「あら、もう帰ってたの? 料理に夢中で気づかなかったわ」


 キッチンのカウンター越しで目が合う來実の母親杏樹あんじゅは來実をみてクスリと笑う。


「なんだよ、人の顔見ていきなり笑うなよ」


「ああ、ごめんごめん。あんたもそんな顔するんだって思ったら可笑しくてね」


「どういう意味だよ」


 笑う杏樹を鋭く睨む來実だが当の本人は嬉しそうに笑っている。


「最近真面目に学校行ってるじゃないの、先生も誉めてたわよ。何があったのかしらねえ?」


「なっ、関係ないだろそんなの」


「はいはい、あずさももう少ししたら帰ってくるからちょっと夕食の準備手伝ってよ」


「わかったよ」


 渋々手伝ってます感を出す來実を見て杏樹はクスクス笑う。台所でテキパキと動く來実は今、野菜のナムルを作るためボールでモヤシと調味料を和えている。


「來実」


「なに?」


「いいお嫁さんになれるわね」


「おわっとっとととととととぉ~」


 力を込めすぎたボールが手から滑りそれを落とすまいとお手玉のように空中に留め最後になんとかキャッチする。


「な、なにを突然言うんだよ!」


 若干涙目で訴える來実にいたずらっ子ぽい笑みを浮かべ杏樹は切った野菜を鍋に投入している。


「ただそう思っただけでなんの意味もないわよ。來実が勝手になんか想像してジタバタしてるだけでしょ」


「ジタバタって……」


 ぶつぶつと文句を言いながら來実は盛り付けを手伝う。シシャモのフライを皿に並べると横から手が伸びてくる。フライを摘まんでそのまま口へ放り込む女性は満面の笑み。

 

「シシャモ美味しいわぁ」


「姉ちゃん勝手に食うなよ」


「お腹空いたんだし仕方ないじゃん。それよりなに? なんか新妻みたいな雰囲気醸し出して」


「に、新妻だぁ? なに言ってんだよ!!」


「別にそれっぽいって言っただけで、來実が誰の新妻になったのを想像してるのかは私知らないわよ」


 母親と同じくいたずらっ子ぽい笑みを見せる姉の梓は顔の赤い來実の肩を突っつき過ぎ去ろうとするが來実が手を伸ばし肩を掴む。

 その姉の肩を掴み向けるその目は真剣だ。梓はちょっとやりすぎたかと後悔の表情をみせる。


「姉ちゃん後で相談があるんだけど、その良いか……な?」


「う、うん良いけど。あんたからそんな風に言われるの珍しいわね」


 真剣な妹に圧され頷く梓は驚きながらもちょっと嬉しそうに答える。



 * * *



「で? 相談ってなに?」


 ぬいぐるみに溢れた部屋の椅子に座る梓はこれまたぬいぐるみに溢れたベットに座る來実に尋ねる。


「あ、あのさ……」


 來実はうつ向いたまま顔を真っ赤にしながらポツポツと明日隣人の虎雄とデートすることになった経緯を語り出す。

 最初はワクワクしながら聞いていた梓も段々複雑な表情になる。


「ちょ、ちょっと待って。あんたが隣の虎雄くんを好きなのは伝わった」


「い、いやす、すすす好きとは言ってない」


 必死に否定する來実を見て額を押さえわざとらしいくらい大きなため息をつく梓。


「それのどこが好きじゃないってんの?」


 シュンと小さくなる來実を見て妹がこんなに可愛い表情をするものなのかとちょっと感動していた梓は咳払いをして気を引き締める。


「あんたが虎雄くんを好き。で明日デートをするから着ていく服のアドバイスが欲しい。これだけなら全然分かる」


 未だに顔の赤いままの來実は手に猫のぬいぐるみチロルを引き寄せ抱き締めると頷く。


「虎雄くんに迫る女があんたを含め4人。で心春ちゃんが小姑で認められないと近付けない。その小姑から明日デートをしろと言われた。そんな恋愛関係聞いたことないんだけど」


 シュンと小さくなる來実にちょっとキュンとする梓は妹のためになんとかしようと悩み始める。


「ちょっともう少し詳しく他の人の情報を頂戴」


 なんだか興奮気味な姉に來実は知っている限りのことこれまで起きたことを話す。

 必死に聞く姉と必死に話す妹とぎゅっと抱き締められ潰されていくぬいぐるみチロル。


「私は他の子に会ったことないからその子たちをどうこうは言えない。でも言えるのは來実は一番虎雄くんから遠い!」


 ぬいぐるみチロルが盛大に潰され涙目で震える來実。


「でも心春ちゃんには近い、えっとその彩葉ちゃんだっけその子と同じくらい。そしてあんたは心春ちゃんに少なからず気に入られている……はず」


 涙を目に溜める來実が梓にすがるように見つめる。そんな目にキュンキュンする梓は冷静を装い自分の出した答えを來実に伝える。


「まずあんたが選んだ猫の髪留めを肌身離さずつけていること、そして何より今回のデートにあんたが選ばれたこと。それが何よりの証拠じゃない?」


 梓の言葉に小さく頷く來実。


「あんたにもチャンスはある。明日のデート心春ちゃんもくるわけでしょ? ならチャンスはある。いい? 虎雄くんにアピールするのも大事だけど心春ちゃんにも然り気無く気を使っておけば心春ちゃんが虎雄くんに口添えしてくれるはず」


「気を使うってどうやって?」


「ちょっぴりだけ気を使ってますアピールしとけば良いんじゃない? 後はあんたがいつも通りしてる感じで、それで気に入られているわけだし。おそらくあんた無理してもボロがでるだけ。付け焼き刃なんてダメよ。今のあんたで勝負するしかない!!」


 梓が勢いよく立ち來実に手を差し伸べる。


「明日着ていく服。選ぼっか」


「うん」


 涙を拭い來実は立ち笑顔で頷く。


 夏休み前日から遅くまで芦刈家の2階にある來実の部屋から光が煌々と深夜の闇を照らす。


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 次回


『今更気付くわけで』


 デートに着ていく服って難しいですよね。あんまり気合い入れると引かれそうな気がしますし、かといって気を使っていないのも印象悪い。

 今までお気に入りの服も着てみるとなんかダサくねっ? とか思ってしまう不思議。


 ファッションセンスが降ってくるのを待っている私に御意見、感想などありましたらお聞かせ頂けると嬉しいです。





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