第41話 お姉さんは確かめたいわけで

 いつもの日課である朝のランニング。トラの成長は凄く最初は1キロもまともに走れなかったのにこの1ヶ月でなんとか8キロは走れるようになっていた。


 そしていつもの公園で行われる楓凛のスパークリングだが楓凛が放つ突きをギリギリではあるが避けていく。最後に楓凛が放つ蹴りを腕で受け止める。


「虎雄くん今がチャンス右の突き!」


「え、あ、はい!」


 トラが放つ突きは楓凛の持つミットにパスッと軽い音を立て収まる。


「う~ん虎雄くん目を瞑ってちゃ当たらないよ」


「ごめんなさい」


 楓凛は項垂れるトラの肩にポンッとのせる。


「人を叩くのが怖い?」


「うーはい、ごめんなさい」


 そんなトラを見て楓凛は微笑む。


「別に悪いことじゃないと思うけどなあ。実際に悪い人に囲まれましたーってときに拳で相手を倒すより警察を呼ぶ方が正解だと思うよ」


 楓凛がそう言いながらベンチに座るのでトラも続いて座る。


「虎雄くんのおじいちゃん、師範代も言ってたよ。今の時代護身術で身を守る為といえども相手を傷付けることが難しい時代。

 憲法とかもスポーツ的要素が強くなって変化していくんだろうって」


 空を見上げ語る楓凛にトラが少しためらいがちに口を開き恐る恐るたずねるその表情には戸惑いが見える。


「もしピンチになったとき、逃げるって選択肢したらカッコ悪くないですか? えっと、勿論1人じゃなくて一緒にです」


「良いんじゃない? 逃げようよ。立ち向かう勇気と同じ分だけ逃げる勇気も必要だと思うけどな」


 楓凛の言葉を咀嚼そしゃくするように下を向き呟くトラ。そんなトラを覗き込む楓凛が垂れた横髪をかき上げ耳にかけるとニッコリと笑う。


「私は逃げるって判断出来る人好きだなぁ」


 このときほんの少しだけ心臓が一回だけ強めにトクンッと跳ねる。

 それがなんなのかトラは分からないが何気にボソッと復唱する様に呟く。


「好き?」


「うわわわわ、ち、違うよ!! 好きってそうじゃなくて素敵、そう素敵だなーってこと」


 慌てる楓凛を見て不思議に思いながらも自分の考えが間違ってはいないのだと言われ喜ぶトラ。

 

 一方の楓凛は……


(あーひなみに言われてから変に意識してしまうなぁ~。これって別に私がどうとかじゃなくて、ひなみのせいなんじゃないかな~)


 頭を抱えて悶絶し始める楓凛に驚きながらも邪魔しないようソッと見守るトラの視線は優しいがそんなことも気付かず楓凛は悩む。


(あ~どうしよう、ひなみが言ってたこと実行する? いや~でもな~断られたら嫌だし……虎雄くん優しいから断らないかもしれないけどつまらないとか思われるのもな~)


「あの、どうかしました?」


「はい!? いや大丈夫、大丈夫」


 長時間悩む楓凛を心配したトラは遠慮がちながら心配そうに声をかける。胸を押さえ自分に言い聞かせるように「大丈夫」を連呼する楓凛の息は荒い。


「あ、あのね。虎雄くん明日暇? 予定とかないかな?」


「はい予定はありません」


 ハキハキと答えるトラに緊張した面持ちになる楓凛は下を向きなにやら思考を巡らせていたが、両手の拳をグッと握ると顔をあげる。

 その真剣な眼差しにトラは不思議そうな顔をする。


「じゃあ明日2人で一緒に出掛けない?」


「はい、いいですけど修行ですか?」


「ち、ちがうよ。え、えとね、たまにはほら、修行とか走ってばかりじゃなくて遊びに行くのもいいかな~ってね」


 わたわたする楓凛を余所にトラは真剣に考える。


(遊び……楓凛さんはどういう意図があるんですかね? 修行じゃないって言ってますし。そういえば何気に私遊びに行ったことありません!? ……行きたい! 遊び行ってみたい!! オシャレした方がいいんですかね? どうなんですかね?)


 目を輝かせトラがテンション高く楓凛に訪ねる。


「遊びに行くんですよね? だったらジャージじゃない方がいいですか?」


「うん、うん。ジャージじゃない方がいい。私もノージャージだから!」


 テンション高くなったトラを見て両手をいまだグッと握りしめた楓凛は少し興奮気味に答える。だがすぐに困ったような表情をするトラ。


「あのー2人ってことはその、心春は?」


「ん? あぁ心春ちゃんはその……ノー心春出来る?」


「ノー心春ですか」


 心を鬼にしてノー心春をお願いする楓凛。本当は来ても構わない、そんな気持ちはあるがここは譲れない。ひなみの作戦に心春は必要ないから……邪魔だからである。

 拳を握り締め身を乗りだし圧をかける。楓凛本人もなんでここまで必死なのか分からないがトラの答えを待つ。


「心春に聞いてもいいですか?」


 この答えに楓凛は少し困った顔をするがいつもの優しい口調で答える。


「良いよ。心春ちゃんは行きたいっていうのかな?」


「はい多分、ちょっと電話してみます」


 トラがスマホを取りだし心春に電話をかけると直ぐに電話に出たようで話しを始める。


〈なんでしゅとー!? 楓凛と2人切りでお出掛けちたい? この間注意したばっかでしゅよ!!〉


「ひぃーーごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 近くにいなくても聞こえる心春の声のするスマホに必死に謝りながら頭を下げるトラ。

 楓凛はそんなトラを見てちょっと戸惑うが決心した表情になるとゆっくり近付きトラの握るスマホに手を伸ばす。だが楓凛の手は空を切ってしまう。


 代わりに別の手がスマホを握る。


「もしもーし! 心春ちゃん? 虎雄くんがいないと寂しいんでしょ~でも大丈夫!!」


〈な、なんでしゅ? 誰でしゅ?〉


「もう忘れちゃったの? やだな~心春ちゃんのひ・な・みだよ♪」


〈ひなみぃッ!?〉

「ひなみ!?」


 スマホを握りニシシと笑うひなみに心春と楓凛の声が重なる。

 驚く楓凛にVサインをするひなみにただ驚く楓凛と意味が分からず呆然とするトラ。


「てことで明日は私とデートしようよ! ねー良いでしょー心春ちゃ~ん」


〈い、いやでしゅ! お断りしましゅ!〉


「うん、うん、そうだねぇ、楽しみだねぇ。明日の朝9時に迎えに行くから。どこ行きたい?」


〈話し聞きやがれでしゅ! こはりゅは行きたくないって──〉


「はーい楽しみだね♪ じゃまた明日」


 ひなみは通話を切るとスマホをトラに渡す。


「さーてと私も明日予定入ったし。というわけで明日9時に虎雄くんの家に集合! 心春ちゃんは私とデート。楓凛は虎雄くんとお出掛けってことで」


 楓凛が「なんでひなみがここに?」って言葉も言う隙も与えないひなみが全ての段取りを決めてしまう。


 ひなみ曰く


「楓凛に任せていたら何も決まらずその辺をブラブラして終わるから私が決めるよ。そしてこれ、立て替えただけだからお金返してね」


 って笑いながら渡すのは水族館の入場券2枚。


「そんじゃあ明日楽しみだねぇ~」


 突然現れ去っていくひなみに思考がついていかず呆然とする楓凛とネコ顔のトラ。


 ────────────────────────────────────────


 次回


『水族館は遠いわけで』


 個人的なことですけど私は水族館や動物園が好きです。コロナ禍になる前はあっちこっち行ってたんですけど今年は全く行けてません。

 来年は行けると良いなあって思いながらトラと楓凛には次回行ってもらいます。物語の中でぐらい自由に行き来したいものです。


 完全に落ち着いたらどこか行きたいところがある、やりたいことあるなどの目標や希望があったりしますか? 来年は良い年になりますように!! 


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