第40話 考えるな!感じろ!なわけで

 朝も早くからいつもの道をトラと楓凛は額に汗を光らせ走る。

 楓凛は胸が大きく走ればその存在を強調させてしまう。通りすがりの挨拶する男性のほとんどが胸に挨拶しているのを本人は知っている。

 そんな状況にうんざりしているし本人はこの体型が嫌いである。


「よーし虎雄くん休憩、休憩!」


 楓凛の声で川沿いの広場で水分補給をする。


「今日は休憩早くありませんか?」


「暑くなってきたからね。休憩は小まめに取らないと倒れちゃうよ。無理してもなんの得にもないよ」


 楓凛がペットボトルを口につけるとトラからの視線を感じる。視線に対して敏感な楓凛はこのトラに対してはよく分からないところがある。

 普通これくらいの年齢の男の子ってガツガツくるものかとも思ったが全くそんな感じがない。


「楓凛さん? マニュキュア変えました?」


「あ、うん変えたよ。ってよく気付くね」


 楓凛はトラの気付きに感心する。


(私なんかボーとしてて家の車が変わったことも気付かないのにねぇ)


「小さなラメが入ってるんですね。可愛いです」


 男の子から可愛いと言われ少しドキッとするが今の可愛いは爪に対して。


(それにしてもなんだろう? この屈託のなさ。純粋そのものな子は? 普通の男はそう言いながら見ているのはその先のこと……それが悪いとは言わないし、あんまりガツガツくるのは好きじゃあないけど、う~んここまで純だとそれはそれで悲しいというか……)


「虎雄くんはこういうオシャレとかに興味あるんだ? 詳しいよね」


「はい、オシャレとか興味あります」


「へー心春ちゃんっていつも可愛い服着てるけどあれは虎雄くんプロデュース?」


「いいえ、あれはお母さんです」


 トラが首を振る。ちょっぴり悲しそうなのは心春ちゃんの服を選びたいからだろうか? 楓凛が心の中でも首を傾げる。


(虎雄くんは中性的な人なのかな? あんまり女の子に興味無さそうだ……あぁいやそうでもないか)


 楓凛はふと思い出す。走ってたり公園で修行しているときにコソコソしている女の子たちを。


(金髪の子と清楚な感じの子に時々メイドさん……ん~モテるんだろうね虎雄くんは。優しそうだもんなぁ)


 美味しそうにスポーツドリンクを飲むトラをチラッと見る。


(こんなにも美味しそうにスポーツドリンクを飲む人見たことないなぁ。なんか面白いよね虎雄くんって普段もこんな感じなのかな? 気になるなぁ)


 そんなことを楓凛が思っていると突然上の方から元気な女の子の声が響く。


「見つけました! トラ先輩!」


 土手の上からピョンピョンと跳ねながら体全身を使って下りてくる女の子。

 見るからに気が強そうな子で下りてくるなり楓凛を見てキッと睨む。


「トラ先輩こちらの方は?」


「楓凛さん。俺の姉弟子だよ」


「ふ~ん」


 トラの前に立ち、楓凛を牽制するような目をしたまま自己紹介をする。


「私は茶畑彩葉です。トラ先輩がいつもお世話になっています」


「え、えっと私は院瀬見楓凛いせみかりんです。えーお世話してます?」


 互いの自己紹介のあと無言の重い空気が流れる。彩葉が楓凛をじろじろと観察するように見る。すると元々大きな目を開いて少し後退りをする。

 何かに驚き怯えたような目は楓凛の胸に集中している。


 このとき楓凛は彩葉の視線には気付かず、その登場に驚きつつも感心していた。


(おぉ! 見たことない新しい女の子だ。先輩って言ってるから後輩の子だろうけど、虎雄くんって本当にモテるんだなぁ。あーなんか話した方がいいのかな? 睨んでるし気まずいな~)


「えーと、彩葉さんは虎雄くんの何になるのかな?」


「何って! あなたこそ何んなんですか?」


「あああああ、あれ? ごめん、ごめん。えっとね、ほらあれ、あれだよ」


 攻撃モードを強める彩葉に慌てる楓凛。


「えっと、その彩葉ちゃんは彼女かな? って聞いたんだよ」


 その質問にちょっと目線を左斜め下に向けながらさっきまでの勢いとは打って変わってボソボソと言う彩葉。


「まだ違いますけど、まあこの人なら信じてみても良いかなって思うから、そのまあ」


「あ~良かった。虎雄くん女の子ばっかり連れてくるからなんか不純なことしてるのかって心配でね。なーんだ彼女じゃないんだ」


「ぬぬぬぬっ! その言い方! なんか頭にきます! じゃあ、あなたはなんです? 彼女だとでもいうのですか?」


 怒る彩葉の問いに今度は楓凛が後退りし頭の中で必死に考える。


(あ~言葉のチョイス間違えたかな! あれ? 私ってなんなんだろう? 彼女ではない。これは確か。えーと弟弟子だから姉弟子だけど、それさっき虎雄くんが紹介してたしなぁ……同じこと2回言ってもなあ)


 思考を重ね首を右に左に傾げる楓凛より先に彩葉が発言する。


「楓凛さんでしたよね。トラ先輩を誘惑しようとしてませんか」


「へ? 誘惑? いやいや、ないない私が誘惑とか」


「ぬぅ~私に無いもの持ってるからってぇ、怪しいです。なによりすぐに関係を答えられないってのが怪しいです」


 疑いの眼差しを向ける彩葉。その圧にたじろぎながら必死で否定する楓凛。

 そんな圧をかける彩葉の袖をトラがちょんちょんと引っ張る。


「どうしたの? 困ったことあった?」


「え、いえ何にも無いですよ。ねっ?」


 彩葉が睨みながら笑うという器用なことをしながら威圧するので楓凛は「うん」としか答えれない。


 因みにトラは日頃から母の嘉香を始め、心春、來実、珠理亜、彩葉が軒並み激しいので女の子の会話はこんな感じなんだろうと認識していて2人を見ていたが、楓凛が困ってた感じがしたので今回は声を掛けたわけである。


「彩葉さんは用事があったんじゃないの?」


「あ、そうです。おばあちゃんも会いたがってますしドランカーに会いに来ませんか?」


「うん、行く! 明日の学校帰りとかどうかな?」


 彩葉の誘いに元気よく返事して彩葉の手を取って嬉しそうにブンブン振るトラをじっと楓凛は見つめる。

 しばらくトラと話した彩葉がサッと楓凛に近付くと鋭い眼光を放つ。


「私負けませんよ。あなたが私に無いもの持ってるからって、絶対負けません!」


「え、えー?」


 それだけ言うと彩葉はトラに笑顔で手を振り去っていく。

 それを楓凛は呆然見送ることしか出来なかった。



 * * *



「ってこれが昨日の出来事なんだけど」


「なんだけど、なに?」


 楓凛の友人ひなみがグラスに入った氷をストローでかき混ぜながら聞いてくる。


「え、これだけだよ。虎雄くんモテるなーって話し」


 ひなみは楓凛の答えに不服そうな顔をする。


「私が聞いてるのは楓凛はどう思ったかーって話しよ、女の子が3人も出てきたこの状況。あんたとしては面白くないんじゃないの?」


「へ? なんで?」


 はぁ~と体の底から出たような溜め息を吐くひなみ。


「あんたさ、虎雄くんのこと気に入ってるんじゃないの?」


「うん気に入ってるよ。なんか面白い子だなぁって、弟がいたらこんな感じかなって」


 再びひなみは溜め息をつく。


「楓凛……最近虎雄くんの事ばっか話すでしょ。話してるときのあんたさすごーく楽しそうなわけ」


「うん楽しいからね」


「ハッキリ言わせてもらうけど楓凛は虎雄くんのこと気になってると思うんだよね。

 あんたとは高校時代からの付き合いだけど楓凛がここまで男の子と一緒にいて楽しそうにその話をするなんてことなかったじゃん」


 ひなみの言葉に本気で考え始める楓凛。


(えーと、私は虎雄くんに会って姉弟子になれるって喜んで、心春ちゃんを守りたいって言うから感心して……)


「あーもー、楓凛はすぐに考える! じゃあ聞くよ、その後輩ちゃんが虎雄くんの手を握ったとき、はい、思い出して! どう思ったよ」


 パンとひなみが手を叩きそれを合図に楓凛は考える。

 彩葉の手をトラが握ったときのことを……


(うーん、うーん……はっ!?)


「なんかさ、こう、イヤな感じがした」


「それ! それは嫉妬だ! 間違いない!」


「えー本当かな?」


 ひなみを疑いの目で見る楓凛に対しひなみは強気に胸を張り断言する。


「間違いないって。楓凛……考えるより感じろ! だって。まあ任せて本当かどうかなんて試せば分かるって」


 なんだか楽しそうなひなみに嫌な予感をひしひしと感じる楓凛はグラスのジュースを飲むのだった。



 ────────────────────────────────────────


 次回


『お姉さんは確かめたいわけで』


 考えるな!感じろは名台詞だと思うのですが実際に実行するのは難しそうです。そもそも鈍感な人間な私が考えることをやめたらそれはもう只の役立たずの誕生です。

 達人や職人のように感覚で仕事とか出来たらカッコいいんだろうなあとか思ってしまいます。


 私職人です。職人じゃないけど学業や仕事感覚でやっているよなどの御意見、感想などありましたらお聞かせください。






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