第31話 傷心のトラを励ますわけで
彩葉に心春を任せられない宣言を受けて落ち込むトラ。最近元気だったのにまた落ち込んでしまった。
中身が幼いAIだから仕方ないのだがどうしたものか。なんて声を掛ければいいんだろう。何も思い付かないまま俺は図書室を出てとぼとぼ歩くトラの後ろをついて歩く。
校門を出たとき無計画だが取り敢えずトラを誘ってみる。
「トリャ帰りに
「うん」
別に髪留めを買うのは今日じゃなくていいんだが少しブラブラした方が気晴らしになるかと思って誘ってみる。力はないが返事をしたので俺はトラの手を引っ張り商店街へと向かう。
* * *
「シュシュとかも良いと思う」
トラがいくつか髪留めを持ってくる。正直俺は髪留めって太い輪ゴム位の認識しかなかったから数の多さに戸惑っていた。
「着けてみる?」
「う、うん……お願いするでしゅ」
別に何でも良いんで断ろうと思ったが髪留めを選んでいるトラが少し楽しそうにしていたので提案を受け入れる。
トラは俺の髪の毛を器用にまとめ結んでいく。
「シュシュって言っても色々あるんでしゅね」
「うん、ふわふわしたのからボンボンが付いてたり、ウサミミみたいなのもあるよ」
トラがちょっと自慢気にシュシュの説明をしてくる。なんでこいつが自慢気なんだと思いながらも機嫌良さそうなので黙っておく。
「これと、これが心春に似合うと思う」
少しだけ明るい表情のトラが選ぶシュシュを見て特に拘りのない俺は頷いて了承する。
* * *
ファンシーショップを出た俺は隣を歩くトラを見上げる。まだあんまり元気無さそうだな……
「トリャ、なんか食べて帰るでしゅよ」
「え、でも心春は食べれない」
「いいから行くでしゅ!」
踏ん切りのつかないトラを無理矢理押して商店街を歩く。強引に選ばせ俺らは今商店街のイートインスペースでたい焼きを手にしている。
俺が持つ必要はないんだがトラ一人だけ食べると世間の目が冷たくなるので形だけ。
俺は紙の袋から覗くたい焼きを見る。このたい焼き屋さんは昔ながらの一丁焼きで一匹ずつ焼くのだ。餡も甘過ぎず好きだったのだが。
鯛の目をじーと見つめる。見つめ合う俺とたい焼き……ふむ、全く食欲が沸かない。アンドロイドだから食べないのは当たり前なのだが食べたいという欲求がないのは変な感じだ。
「心春?」
「あ、あぁ変な顔だなーって見てただけでしゅよ。それよりもトリャさっき
「う、うん。やっぱり私ダメなのかなあって……」
トラがたい焼きを口に咥えたまま涙を流し始める。言葉遣いが戻っているがこの際置いておこう。
「ああもう! あれから別に問題は起きてないでしゅ! トリャが気にやむ必要はないでしゅよ」
「で、でも私──」
「あれあれ? 虎雄くんと心春ちゃん?」
俺らの横から聞き慣れた声が聞こえる。2人で横を見ると予想通り楓凛さんが立っていた。いつもと違うのは私服であること。何気に初めて私服を見た気がする。
えーと上からブラウス(白)にブリッツスカート(紺ベースにオレンジのチェック)ドレスシューズ(黒)にショルダーバック(ブラウン)
なるほど大学生らしい主張しすぎない服装だ。可愛らしく見えるのは楓凛さん故か。
ってなんで俺はファッションチェックみたいなコメントをしているんだ。母さんに毒され始めてるぞ。
「楓凛この子達は?」
と、ここで楓凛さんの隣にもう1人いたことに気がつく。
「この間話した私の弟弟子! 虎雄くん! とその妹の心春ちゃん」
「へ~この子が虎雄くんねぇ~可愛い子じゃん。それでこっちが……」
もう1人の女の人が俺をじっと見てくる。この感じ……ヤバイ!
女の人が素早く右足を踏み込み俺を捕らえようとする。
だがこの動き予測していた俺は素早く椅子から飛び降り……れないだと!?
「降りられないでしゅ」
目をバッテンにして俺は両手を上げた状態で捕獲される。
心春ボディーの運動神経はよくないので予測出来ても動けないのである。捕獲されると後ろから羽交い締めにされ頬と頬を擦られる。美人さんの頬擦り、元の体なら飛び上がって喜ぶところだが、今は苦しいだけだ。
「あらら~聞いてた通り可愛いわねぇ~私はね、
「こ、こはりゅ。
「噂通りの喋り方! あざといくらい可愛いじゃない」
更に頬を擦られる。く、苦しい……
「前にちょっと言ったけど心春ちゃんねえアンドロイドなんだって、信じられる!?」
「そうだった!? ふへえ~、すごーい!?」
楓凛さんの言葉でひなみさんが俺の頬を突っついたりしてくるってぇえええっ!?
「どどどどどこ触ってくるでしゅ!」
「ああごめん。体どうなってるかなって気になったから」
胸の辺りからペタペタと触られた俺は我が身を守らんと両手で体をガードする。ひなみさんは片手でごめんのポーズをして笑っている。こいつ悪いと思ってないな。
「こらっ、ひなみ。初対面で体触っちゃダメでしょ」
「ごめ~ん。もう少し仲良くなってから触るよ」
「嫌でしゅ! 仲良くなっても触るのはおかしいでしゅ!」
俺はトラの後ろに避難してひなみさんに抗議する。そんな俺を面白そうに見るひなみさんに反省の色は見られない。
こういう人なのだろうか申し訳なさそうに楓凛さんが謝ってくる。
「ごめんね心春ちゃん。ひなみちょっとおかしいから。それより虎雄くんたちはなに? 買い食い中?」
「はい、買い食い中です」
楓凛さんの後ろで「おかしいは余計だ」と抗議するひなみさんを放置したまま楓凛さんはたい焼きを食べるトラをじっと見ると少し首を傾げる。
「ん~? なんか元気ないね。なんかあった? 私で良ければ相談にのるよ。なんせ私は姉弟子だからねっ!」
大きな胸をドンと叩く楓凛さんを見たトラがゆっくり立ち上がると俺の後ろに立ちそっと抱き締める。
「はい、ありがとうございます。でも大丈夫です。心春がいるから」
そう言うトラを見ながら少し微笑む楓凛さんは優しくトラに話しかける。
「そっか、でもいつでも相談にのるよ。解決はしないかもだけど」
そう言ってテヘへと笑う。
「おっとそうだ! お姉さんの連絡先教えたげよう。気軽に連絡してよ。ほらほらスマホ出して」
トラのスマホを強引に取ると連絡先を交換する。トラのっていうか俺のスマホなんだけどな。勝手に楓凛さんの連絡先が追加されていく。
連絡先を入れ終えるとスマホをトラに返しトラの頭をポンポンと優しく叩く。
「虎雄くんと心春ちゃん、またね。行こっひなみ」
「ああっちょっと待ってよ楓凛!」
笑顔で俺らに手を振ると歩き出す楓凛さんを呼び止めるが思い出したように俺の元に近付いてくるひなみさん。
俺はトラの後ろに回り込み、ひなみさんの魔の手から避難する。
「もー恥ずかしがり屋さんなんだから」
「違うでしゅ! どう前向きに解釈しても恥ずかしがり屋しゃんにはならないでしゅ!」
手をブンブン振って抗議するがひなみさんには効果が無いようだ。寧ろそんな俺を見て喜んでいる気がする。
「それじゃあ、虎雄くんと心春ちゃんまたね!」
ひなみさんは楓凛さんを追い掛けて走って行く。そんな2人を見送った後、賑やかだった分一気に静かになる。俺の持っていた、たい焼きをトラが食べると椅子から立ち上がり俺の側にくる。
「心春帰ろうっか」
「そうでしゅね」
俺はトラの差し出した手を握ると家に向かって歩きながらトラを見上げる。
心なしか少し元気になった気がする。楓凛さんの連絡先もらえて嬉しかったのか? いやそんな俺じゃあるまいし。
ま、元気になったならいいや。俺は夕日で長くなった影と一緒に家路につくのだった。
* * *
「ねえ? あれが心春ちゃんだよね」
「うん、そうだけど」
「ほうほう、あれは面白いね」
楓凛が隣を歩く腕を組み考えごとを始めるひなみをみて呆れた顔で見る。
「またなんか考えてるでしょ。ひなみ頭良いけど時々変になるよね」
「変は余計だっての。心春ちゃん私に怒ったでしょ? 普通のアンドロイドって人に対して注意はしても怒らないんだけどね。これってさ──」
「はいはい、早く行こうよ」
ひなみの言葉を遮る楓凛が先を歩く。その背中から肩に手を回すひなみがニンマリした笑みで楓凛を見る。
「じゃあさ~楓凛の話、しよっか」
「わ、私!?」
「そそ、私ですよ。なにさりげなーく連絡先教えてるんですかねぇ。楓凛そんな積極的な人でしたっけぇ?」
顔を背ける楓凛を覗き込んで悪魔のような笑顔を見せるひなみがくっくっくと不気味な笑い声をだす。
「まあねぇ~虎雄くん可愛いもんね。弟みたいだもんねぇ~」
ひなみの言葉にこくこくと楓凛が頷く。そんな姿を満足そうに見ながら腕を組んだひなみがニンマリ笑みを浮かべる。
「ま、そういことにしといてやりますか。にしても虎雄くん素直そうな子だね。楓凛のここ最近の話題が虎雄くんばっかりなのも頷けるなぁ」
ホッとした表情を見せる楓凛の横でひなみはボソッと呟く。
「うちの妹の話と微妙に違うかな? ま、あの子激しいからなぁ」
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次回
『メールは暗号なわけで』
たい焼きはモチモチよりカリカリの方が好きです。1番好きなのは黒餡! あ、でも白餡とかクリーム系も好きです。
こんなたい焼きが好きですなどの御意見、感想などありましたらお聞かせ下さい。
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