第23話 おじいちゃんが来るわけで

 我が家のリビングに緊張が走る。トラと母さんが対峙して座っているのを見守る俺。

 そんな俺の服装はニットセーター(白)にスキニーパンツ(深緑ベースのチェックス柄)。わりとラフな感じである。ネコのヘアクリップはしっかり頭の左側にいているが、いつもと違い今回は耳かけをするように髪を内巻きに巻いたのをネコさんが止めている。

 髪型のアレンジなんて何も考えてなかったけど、ちょっと巻いただけでこんなに印象が変わるものだと変化に驚いている。


 俺の可愛さアップだ!


 そんなことを今この緊迫した空気の中で思ってたりする。


「トラ、さっきの話は本当なのね」


 静かにトラは頷く。


「その男2人も許せないけど、トラ……あんたの行動も許されるものではないわね。たまたま久野さんが助けてくれただけで事なきを得ただけよ」


 母さんが拳を握ったのを見て俺は慌てて母さんの服を掴んで首を振る。

 少しだけニコッと笑って再び厳しい目でトラを見る。


「お母さん、前にお母さんにどんなところか聞いたことあるけどおじいちゃんの道場に入って鍛えたいんだ」


 母さんは黙って聞いている。


「弱い自分を鍛えたいんだ」


 真剣に話すトラを見て母さんは大きく息を吐くと少しだけ微笑む。


「良い顔するようになったじゃない。ちょっと前までなら俺は関係ないって言い訳したでしょうに。それにあれだけ嫌がってたおじいちゃんに自ら会って鍛えたいだなんて少しは成長したのかしらね」


 そう言って俺の頭を撫でる。


 ……いや、しつこいようだが中身違うからね。それに段々と元に戻るって方向から外れていってないか?

 体を鍛えるのは良いことだと思うよ。でもさもっとやるべきことないかな? 虎雄くん。


「おじいちゃんすぐに来れるって」


 スマホを手にそう告げる母さん。俺がのんびり思考している間に物事は動いていく。

 思考スピードが遅いのは改善したいなぁ……


 ピンポーン!


「あらもう来た? 近くにいるって言ってたけど」


 母さんがインターフォンのモニターを確認して玄関に向かう。

 俺の思考速度以前に周囲の動きが早すぎる気もするけどな。


 俺のじいちゃんは『餓虎燕青拳がこえんせいけん』の使い手であり母さんの師匠でもある。全盛期は母さんより強くその名を轟かせていたらしい。


 現在は流派としての拳法も教えるが基本、空手として道場で門下生に厳しい稽古をつけている。なんでも流派としてだけでは経営出来ないから窓口を広げているのだとか。世知辛い世の中である。


 じいちゃんは物凄く厳しい人で俺に流派を継げと言って事ある毎に稽古をつけようとしてきた。小さい頃からインドア派な俺は苦手だった。故に関わらないように避けていたわけだ。正直、今も会いたくないのが本音だ。


「ほう虎雄がのう」


「そうなのよ、少しはましな面構えになったと思うのよね」


 廊下から声が聞こえリビングのドアが開かれると白髪に白い顎髭が特徴的なじいちゃんが姿を現す。背は母さんよりも低いが目付きは鋭くただ者ではないオーラを身に纏っている。


「久しぶりだな虎雄……」


 開口一番トラに挨拶をするじいちゃんに慌ててお辞儀をするトラ。あれはじいちゃんにビビったとかじゃなくて初対面だから慌てたって感じだな。

 って……じいちゃんが俺をガン見してるじゃないですか。


 達人の足さばきは地面が縮んだと錯覚させることがあると聞いたことがあるが今まさにそれを垣間見た。

 いつの間にかじいちゃんに両手で持ち上げられ、たかいたかーいをされている俺。


「おおっこの子が心春か!?」


「こ、こはりゅでしゅ。おじいちゃんはじめまちて、あぐわっ!」


「おーおー話には聞いておったが可愛いのう! 孫の方が愛情のみ注げるから可愛がれるっていうが本当だのぉ」


 俺が挨拶し終える前にハグされ変な声を出す俺。みんなハグの仕方が強いのは気のせい?


「いたたたたた、おじいちゃんお髭が痛いでしゅよ」


 じいちゃんに頬擦りされる俺は髭のチクチクの痛みに悶絶する。そんな俺を見て嬉しそうに目を輝かせるじいちゃんは調子に乗って頬擦りを継続する。

 鋭い眼光はどこへいったよ……そもそも今の俺は孫ではないはずだ。痛がる俺をキョトンと可愛らしく見ているあっちの男の子があんたの孫だろう。


「おーおー、お髭が痛いって言われてみたかったのじゃよ。夢が叶ったわい」


「お、おじいちゃん。お、お名前教えて欲しいでしゅ」


「おおっ! すまんすまん。ワシは犬甘いぬかい 茂信しげのぶじゃ。宜しく頼むのぅ心春や」


 髭から逃れる為名前を尋ねる。勿論知っているけどな。

 トラも名前を本人から聞けるし我ながらナイスな作戦だ。


「心春よ。じいちゃんと一緒に道場で修行せんか?」


「こ、こはりゅ、運動神経悪いでしゅから……」


「お父さん、心春ちゃんはダメよ。今日はトラの話でしょ」


 母さんの一言でじいちゃんはトラの方を向く。助かったけどなんか母さん怒ってない? なんだろう? いつになく不機嫌な感じだ。


「してトラよ。今までワシを避けておったのにどういう心境の変化かの」


 鋭い視線をトラにぶつけるとトラはたじろぐが必死に目を見ている。達人の気迫に圧されているがそれに食らい付くトラ。


「心春を守れなかった自分を鍛え直したい。大切な人を守れるようになりたいんだ!」


「ほう、嘉香の言うように多少はマシな面をするようになったのう」


 髭を擦りながらトラを見るじいちゃんはどこか嬉しそうな気がする。


「今度の土曜日わしの道場に来るがよい。基礎からみっちりしごいてやろう」


「はい」


 短い返事で頭を下げるトラを見て満足したように頷くと、くるっと俺の方を見る。そこに鋭い眼光のじいちゃんはおらず、甘々な顔で俺を撫でる。


「心春も来るのじゃろ? お菓子とか食べるか?」


「こはりゅ、お菓ちは食べれないでしゅ」


 ちょっと寂しそうな顔をするじいちゃん。この人こんな人だったけ?

 イジイジするじいちゃんが鬱陶しい。


「こはりゅ、おじいちゃんの拳法見たいでしゅ!」


「おお! そうかそうか、よしよし、たーんと見せてやろうのう」


 とたんに元気を取り戻すじいちゃん。何気にチョロイな。


「お父さん、心春ちゃんには拳法とかやらさないでね。体験とかもダメよ」


「分かっとる。ワシの技を見せるだけじゃ、

 心春には何もさせん」


 母さんが念を押してくれる。正直助かる、じいちゃんの修行はかなり厳しいからな。

 昔何度か見たことあるけど弟子の人達じいちゃんにボコボコにされた挙げ句、投げ飛ばされてお空を飛んでいったり、燃え盛る炎の中で逆立ちして腕立て伏せしたり、背中に重りを背負って素手で畑を耕したり……


 トラが耐えれるとは思えんしすぐに辞めることになるだろう。俺は絶対にやりたくないからな。

 今はちょっと心春で良かったと思ってる。

 母さんも反対してくれるし。そう言えば昔から母さんに無理矢理道場に行けと言われたことはなかったな。まあ俺が逃げ回っていたからだろうけど。


「それじゃあワシはこれで帰ろうかの。虎雄土曜日、昼から来い」


 じいちゃんはトラを睨むとすぐに俺にデレーっとした顔で頭を撫でてくる。


「心春、気を付けて来るんじゃぞ。じいちゃんのカッコいいとこみせるからの」


「はい、楽しみにしてましゅ」


 俺の返事にデレデレしてじいちゃんは帰っていく。やっぱチョロイな。

 ニヤリと笑う俺に対してやる気に満ち溢れた顔のトラ。


「トラ、きっかけ何であれ自分が変わろうとするのは良いことだと思うの。でも無理はしないようにしなさい」


「うん、分かった」


 母さんに言われたトラが頷くと少し微笑む母さんは俺の頭を撫でる。


「心春ちゃんが来てから本当に変わったわね、まるで別人みたい。ちょっと拍子抜けするけど今、あんたが足掻いて努力するのは悪いことにはならなそうね。結果がどうであれじいちゃんのところでやれるだけやってみなさい」


「頑張るよ」


 一瞬だ、一瞬だけこのまま戻らない俺とトラは戻らない方が良いのかもって思ってしまったんだ。

 その方がみんな幸せになれるんじゃないかって。


「心春ちゃんどうかした?」


 無意識に母さんを見上げ見つめていた俺は気付かないうちに目に涙が溜まっていたのか母さんが掬ってくれる。


「お母しゃんがトリャを見る目が優しいなあって思ったんでしゅ」


 繕い過ぎず、少し遠回しに言葉を選らんで思いを伝える。

 そんな俺に何を思ったかは定かではないが母さんが優しく抱き締めてくれる。その温かさと匂いは物凄く懐かしい感じがした。


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 次回


『道場へ行くわけで』


 餓虎燕青拳がこえんせいけん飢えた虎の様な獰猛さを持って敵を喰らい殺す恐ろしき拳法。

 道場の古井戸に落ちた心春は異世界へ移転。そして目覚める魂の鼓動。

 飢えた虎の子とした心春が魔物をポカッ♪ ポクッ♪ っと倒していく!


 という夢を見たんだ來実が。


 そっちの方が面白いんじゃない? そんなことは言わずに御意見、感想是非お聞かせください。










 

 
















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