第24話 道場へ行くわけで

 じいちゃんの道場に行く土曜日がやって来た。トラは気合い十分といった顔で起きて準備をしている。


 そして俺は母さんに着替えさせられ鏡台に座り髪を櫛でといてもらっている。


「よし出来た♪ う~ん心春ちゃんは今日も可愛いわね」


「ほわ~」


 鏡に映る自分を見て思わずため息が出る。なんとまあ可愛い女の子がそこには映っているわけでこのため息が出るのも仕方ない。

 映っているのは俺なわけだけど。


 髪型はハーフアップにして頭の後ろでふんわりお団子でまとめている。

 上からプルオーバーのニットセーター(ベージュ)、これにはストライプが立体的にあしらわれていて肌触りがポコポコしてて気持ちいい。

 下は前ボタンコーデュロイスカート(焦げ茶色)、靴下(白)にレースアップシューズ(黒)。斜めがけポシェット(黒)。そして今日のネコさんはポシェットのベルト部分にいらっしゃる。


 色合いが落ち着いて清楚な感じで確かに可愛い、お団子もあえて無造作に束ねられていて、束ねられていない毛がピョンと跳ねてて歩く度ピョコピョコするしハーフアップっての? 耳上の髪を後ろにもってきて結んでるんだけどそれだけで顔の印象がこんなに変わるもんだと鏡を見ながら関心している。う~む、俺可愛いな。


 俺のコーディネートをしているときの母さんは物凄く楽しそうである。気迫も勿論凄いが生き生きした姿を見ると抵抗出来ない。

 ただ今回のコーディネート気になることがある。


「お母しゃん、今から道場に行くのに動きにくい格好じゃないでしゅか? とくにシュカート短くないでしゅ?」


 いや本当に足がスースーするというか足元が心許ないというか。可愛いんだけど穿いているときの危うさ。ちょっと屈んだら下着見えるからね。それになんでボタンが前にあるの? どういうこと?


「いいの、いいの心春ちゃんは今日は道場で大人しく見学してなさい。この丈だとセミショートくらいかしらね? 夏になったらもう少し短いのも挑戦してみようかしら。心春ちゃんのコーデ考えないと」


 まだ短いの穿くの? 膝が出てる時点でかなり恥ずかしいんだけど。


「心春ちゃん座るとき気をつけてね。道場椅子ないかもしれないしこう前を押さえながら座りなさい」


「こ、こうでしゅか」


 俺は必死に座り方の練習をする。世の女性はお洒落の裏ではこんな苦労をしているのか? 今度から女性には尊敬の念を持って接するようにしよう。


「準備出来た。バスの時間まで余裕あるけどもう出発していい?」


 ジャージ姿のトラがやってくると母さんが近付いてその姿を一通り眺め背中を優しく叩く。


「頑張ってきなさい」


「うん」


 母さんがトラに対して優しい……これは人徳ってやつか。俺には到達出来ない領域な気がするぞ。

 ちょっぴりへこむ俺をトラがじーと見てくる。なんだ? マスターの心の内を感じ取って同情してくれるのか。


「か、かわいい……なんですその髪型、お団子……触りたい」


 ジリジリ寄ってくるトラ。え? なんかこいつの目座ってないか? やべえんじゃね?

 俺が後退りしたときだった移動する音も聞こえない位スッと俺とトラの間に立つと母さんが右の回し蹴りをトラの脇腹に炸裂する。

 脇腹に足がめり込むとそのまま振り抜きトラは真横にぶっ飛んでいく。


「心春ちゃんを守るって言っておきながらお前が襲ってどうするんじゃい!」


 キレる母さん。なんか久しぶりにこの遣り取りを見ると落ち着くな。おっと早くトラを回収しないと。


 俺はトコトコと母さんの元によりトラの許しを乞う。もちろんトラも加わりどうにか許しをもらった俺らはギリギリバスの時間に間に合いじいちゃんの道場へ向かう。



 * * *



「大きな門ですね。映画とかで出てきそうです」


 口をポカーンと開け目の前にある大きな門を見るトラ。門の横には『餓虎燕青拳』の看板が立て掛けてある。

 門を入り年期の入った石畳の上を歩くと小さな広場に出る。


「マスターこの窪みはなんなんです?」


 トラが石畳にある無数の窪みを不思議そうに指を差す。


「しょれは修行で出来た窪みでしゅ。何十年も足を踏みしめ出来る歴史ある窪みでしゅよ」


 俺はビシッとトラを指差すと不敵な笑みをしてトラにプレッシャーを与える。


「トリャお前もこの窪みを作るいしずえになるのでしゅよ! 今日から地獄の始まりなのでしゅ」


 トラに元に戻る方法を探してもらう為にもここでの修行をとっとと止めてもらわなければいけないからな。

 怯えるがよい! そしてすぐに止めるんだ!

 俺の言葉で緊張した面持ちになったトラと道場の玄関に到着する。


 小さい頃来て以来だけどあんまり変わってないな。ちょっとボロくなったかな?


 玄関である引き戸をトラがガラガラと開ける。

 玄関を開けてすぐに道場の床が広がる。まだ土曜日のお昼を過ぎたばかりなのに10人程度の人が練習していた。


 ん? なんか皆楽しそうに話ながらやってないか。昔はもっとピリッと張りつめた空気の中でやってた記憶があるんだが。


「取り敢えず行ってみるでしゅ」


 2人で楽しそうに練習している集団に近付いていく。おばさんやおじさん、中・高生から親に連れてこられた感満載の小学生までバラエティーにとんだ人達がそれぞれワイワイと話してる。

 馴染んでなさそうな道着を着てるが何故か皆黒帯。とても強そうには見えないが。


「あれ? 君たちも今日の武道1日体験の人?」


 ファイルを片手に道着を着た女性が近付いていきて声をかけられる。

 おそらく年上だろうけど少し幼い顔立ちでセミロングの女性はファイルを開いて首を傾げてる。


「あれー? 人数はもう足りてるはずなんだけどな。あ、もしかしてあれ? えーとあれだよあれ」


「あれ?」


「ほら、道場に飛び入りで入ってきて看板持ってく人、火事場泥棒みたいな人のことだよ!」


 トラが首をひねり必死で考えている。そして何故か女性も首をひねり考えている。


「道場破りでしゅか?」


「それそれ! ってなにこの可愛い子!? あなたも武道体験やるんでちゅか?」


「や、やらないでちゅ……しゅ」


 赤ちゃん言葉に釣られてしまった。言っておくが俺のは舌足らずであって赤ちゃん言葉ではない。ここ結構大事なポイント。


「あれあれ? じゃあ何しに来たの?」


「おじいちゃんに稽古をつけてもらいにきた……です」


「おじいちゃん? 稽古? やっぱり体験じゃん」


 あーー話が進まない! なんだろこの2人見ているとイライラする。


「まずは名乗るでしゅ! わたちは、うめしゃき梅咲 こはりゅ心春でしゅ! はい、次トリャ!」


「あ、はい! 梅咲 虎雄です。犬甘いぬかい 茂信しげのぶの孫です」


「私の番かな? 院瀬見いせみ 楓凛かりん大学1年生だよ! 犬甘師範代のお孫さん達なんだねOK、オーケー多分もう少ししたら来ると思うよ」


 ようやく話が進む。年上だとは思ってたけど大学生だったんだな。それにしては童顔ってのもあるけど言動から幼さというか頼りなさを感じてしまう。

 スタイルとかは凄く良い、特に胸の大きさは注視すべき点だろう。俺は自分の胸を見る。


 ふむ、まっ平らだ。いやこれで正解なんだが楓凛さんのと比べるとなんかこう負けたというか微妙に悔しさを感じてしまう。ぐぬぬぬぅ……なんで俺は敗北感を感じてるんだ?


 そんなどうでもいいことを考えている俺は突然視界が真っ暗になり柔らかい感触に包まれる。


「うーん可愛いねぇ~、お名前は心春ちゃんであってる? 私ねぇ~末っ子だから妹とか弟欲しいんだよねぇ」


 どうやら俺は楓凛さんに包容され胸で溺れているようである。手をバタバタさせて苦しさをアピールするが聞こえてないのか楓凛さんの激しい包容は続く。

 これ俺が息してたら窒息しているからな。


「あの、院瀬見さん心春が苦しがってます」


「ああ! ごめん、ごめん。あんまり可愛いから思わずギューってやっちゃった」


 暗闇の中トラの声がしてすぐに光が射しようやく解放される。俺の頭をごまかす様な笑い方で撫でながら謝る楓凛さん。

 頬を膨らませ抗議する俺をトラが嗜める。


「俺はおじいちゃんをここで待ってます、院瀬見さんはお仕事があるんじゃないですか?」


「ああそうそう、点呼とって待機させといてって言われてたんだった。虎雄くんだっけありがと!」


「いえ、心春あっち行こう」


 トラが俺に手を差し伸べてくる。トラの最近のこういった気遣いは素晴らしいものがある。関心する俺はトラの手を握る。


「虎雄くんって綺麗な目してるね」


「そうですか?」


「うん、綺麗だよ。それにその目を見せてくれるって私は良いと思うよ」


「えっとありがとうございます」


 トラが頭を下げると俺の手を引いて壁の方へ向かう。俺が振り返ると楓凛さんと目が合いニコッと笑うので俺が微笑み返すと更に嬉しそうに微笑んでくれる。

 その後点呼を取り始める楓凛さんを見ながら俺らは今から始まる修行を想像しながら待つのだった。


 そうそうちゃんとスカート押さえながら座れたぞ。我ながら上手く出来たと思う。



 ────────────────────────────────────────


次回


『姉弟子誕生なわけで』


 男性目線で見ると女性の服のボタンやファスナーの位置は不思議なことが多い気がします。何故そこに!? って場所にあったりします。

 でもその多様性が可愛くもあり奥が深いんですよね。何を語ってんだお前は?

 などの御意見、感想ありましたらお聞かせください。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る