第22話 トラが決意するわけで
お昼ご飯中、上の空だったトラは來実と珠理亜に心配されながらパンをかじっていた。
授業もいつもより集中していないトラ。当てられても気が付かないトラを隣に座る俺が突っついてしらせることしばしば。
授業中に何度か久野を見るといつも通りに授業を受けていた。
1回、目が合ったとき手を振ってくれたので小さく振り返す。
落ち着かない午後を過ごしあっという間の放課後。俺とトラは真っ直ぐ家には帰らず商店街を歩いている。正確にはトラと俺、來実と珠理亜、きな子さんの5人で歩いている。
放課後になってすぐに藪と島崎がトラと俺に謝りに来たことで一部のクラスメイトに発覚し特に女子から2人は激しく攻められるが、俺が庇いなんとか納める。
その経緯からトラと來実、珠理亜はヘコんで昼間での騒がしさは嘘のように身を潜め落ち込む3人に「こはりゅ、本屋しゃん行きたいでしゅ」と誘い、今の俺は右手に來実、左手には珠理亜が手を繋ぎ歩いているわけだ。
そして何度も謝られている。
「気にしてましぇんよ。それより
なぜか俺が気を使う。なんかこの体になって気苦労が絶えない気がするのは気のせいではないはずだ。
「いえ、心春さんはお優しいですから、そうおっしゃいますが、今回のことはわたくし達が悪いのですわ。いくら謝られても許されることではありません」
「ああ、私らが完全に悪い。心春が許せば終わる問題でもないんだ」
とまあこの調子の2人。いい加減にイライラしてきた。俺が良いって言ってんだから良いんだよ。大体俺が許して終わらなかったらどこで終わるんだよ!
俺は2人の繋ぐ手を強引に振りほどくと胸を張り、腰に片手をあて指をビシッと差す。頬を膨らませ精一杯睨む。
俺が出来る全力の威圧だ……ただこのとき2人が(可愛い!)と思っていたことは俺は知らない。
「分かりまちた! じゃあもう、くりゅみと珠理亜とは絶交でちゅ! こはりゅが良いって言っても謝り
ふんって感じで横を向く。この台詞に内容は全く無い。ただ不満を表現しただけだ。
心春の姿だからこそ使える台詞なのだ。16歳の男では絶対使えない技だ! そして効果は抜群だ!
おろおろする來実と珠理亜が必死で謝ってくる。ここで俺は畳み掛ける。
「くりゅみ、珠理亜。2人とも仲良くするでしゅ。しょしたら許ちてあげましゅ」
「なっ」
「うっ」
2人が同時に唸り顔を見合わせる。ゆっくりとお互いが右手を差し出す。
「ダチの珠理亜、よろしくなぁぁぁぁ!」
「お友達の來実さんよろしくですわぁぁぁぁ!」
お互いの手を潰さんばかりの勢いで握りながら額に青筋立て挨拶する2人。
無理して笑ってるのがよく分かるがまあ少しは静かになればいいか。
後はトラか……
「トリャ、しゃっきから言ってましゅが気にちなくて良いでしゅよ」
俺は後ろからトラの手を引っ張り訴え前に回り込む。
「な、泣いてるのでしゅか!?」
涙と鼻水を流すトラに驚きつつも急いでティッシュを渡し來実達から距離を置くため引っ張る。
「だ、だってぇ~私、本当はマスターの為に存在してマスターを1番に考えなきゃいけないのにいいい、ごめんなしゃいぃぃ」
「あーーもーー! 言葉じゅかい! トリャはおりぇの為を思ってくりゅみと珠理亜を
「うーー」
16の男が泣きながらへこんでる。正直、可愛くないがこいつも当初の予定と違っていきなりこの体になった訳だし、なんなら生まれたばっかりだ。少しは寛大になってやらねばな。
「トリャ、これからでしゅ。お前はくりゅみに
「マ、マシュタ~」
トラは勢いよく目を擦るとキリッとした顔で俺に向き合い両手を握ってくる。
「私頑張ります。來実さんや、珠理亜さんに宣言した通り相応しい男目指して、マスターを守れるようになります!」
曇りの無い真っ直ぐな瞳にちょっと胸打たれてしまった俺は硬直してしまう。ひとしきり俺の手を握り腕をぶんぶん振るとトラは來実と珠理亜の元へ走っていく。
「ん? ちょっと待ちゅでしゅ。相応しい男!?」
そんな俺の言葉は届かずトラは既に來実と珠理亜の元にいてなにやら熱く語っている。
「今日はごめん。俺のせいで2人に嫌な思いさせてごめん。俺自分を鍛え直すよ!」
今度は2人の手を握ってぶんぶん振っている。あいつあれ好きだな……じゃねえ!
俺は走ってトラの元へ行くとズボンを引っ張る。
「トリャ~宣言なんかしなくていいでしゅから本屋さんに行きましゅよー」
トラがこれ以上余計なことを言い出す前に本屋さんへ3人を引っ張っていく。
商店街の個人経営の本屋さんに着き真剣に本を探し始めるトラ。2人に質問するのは良いのだが、トラのやろうは中身が女子に近いせいか距離感が若干おかしい。
來実の手を取ってはファッション、主に俺のことについて聞いてるし、珠理亜に近付いてアンドロイドのことを質問している。
熱心なのは良いが女子2人は頬をピンクに染めておりますが、なんかもうどっから突っ込んでいいのやら。
俺は狭い店内を何の気なしに歩きレジの前を通ると店主のおじいちゃんに女の子が話しかけている。
制服から同じ高校であることはすぐに分かる。そしてブレザーにある校章を象ったエンブレムの色が俺らの緑と違って青なので学年は1つ下であることも分かる。
身長は140前半ぐらいだろうか? ショートボブにくりくりした大きな目に元気いっぱいといった感じの女の子だ。
「おじさん、このポスター貼ってくれませんか?」
「迷い猫? お嬢ちゃん家の猫かね?」
「そうなんです。2週間前から帰ってこないんですよ。心配なんでお願い出来ませんか?」
「茶畑?
「そうです! おばあちゃんの孫です」
「おお、そうかね、そうかね。それじゃ出入り口に貼っておこう。早く見付かるといいね」
「ありがとうございます!」
元気いっぱい! って感じでハキハキ喋る女の子。おじいちゃんにお礼を言うとくっるっと振り返り俺と目が合う。
「お! 可愛い子発見! お名前は?」
可愛い子って俺であってるよな? 未だに可愛いと言われることに慣れていない俺は不安げに名乗る。
「うめしゃき こはりゅでしゅ」
「こはりゅ? 私はね
彩葉が俺の頭を小動物のようにワシワシ撫でてくる。
「お嬢ちゃん、ポスター貼っておいたよ」
「ありがとうございます! 本当に助かりました」
彩葉がポスターを貼り終えて戻ってきたおじいちゃんに深々と礼をすると再び俺を見て頭を撫でてくる。
「あー可愛いなあ~。こんな妹ほしいなぁ~。
おっとこんな時間。それじゃあ、こはりゅ! またね。あっとそうだポスターの猫見かけたらお姉ちゃんに教えてね」
手を振って元気よく走り去っていく彩葉。一瞬だったが賑やかな子だったな。過ぎ去る背中を見ていたらトラがやって来てレジに本を数冊置いて会計を始める。
「何を買ったんでしゅか?」
俺が覗くと「アンドロイド製造の基本」「簡単アンドロイド工学」「基礎体力と体幹を鍛える」そんな文字が目に飛び込んでくる。
「ネットも良いんだけど本で読むのも面白いんだ」
「ふ~ん、そんなもんでしゅかね」
タブレットなんかにデーターを落として読んでいた俺からしたら、ちょっと共感出来ない感覚。
会計を終え外に出る際チラッと入口に貼ってあるポスターを見ると「迷い猫探してます」の文字と猫の写真、連絡先などが記載されている。
なんか残念な柄の猫だな……
「心春……」
「どうしたでしゅ?」
ポスターの猫を思いだしながらボンヤリ歩いていた俺はトラから声をかけられて、視線を合わせるといつになく真剣な表情のトラがそこには立っていた。
「俺もっと頑張るよ」
「そうでしゅか、トリャの決意は分かったでしゅよ」
今日のことは色々あって実際怖かったけどトラがやる気を出してくれたなら意味はあったのだろう。
こいつの真剣な顔を見ていたらガラになくジーンとしてしまった。
「もっと強くなって心春を守る! みんなを守れるくらい強くなってみせる!」
「ん?」
「來実さんも珠理亜さんも大切な人を守れるようになるって決めたんだ! このままじゃいけない。心も体も鍛える! 勉強も大事だけどそれ以上に大切なことがあるって分かったんだ!」
「ちょ、ちょっとまちゅ──」
「虎雄……」
「虎雄さん……」
俺の台詞に被せてくる女子2人。っていうかお前らその扱いで良いのかよ? 俺が言うのもなんだけど2人まとめて大切な人とか言ってますがそこは良いのか?
トラの宣言を受けうっとりトラを見つめる2人とその横で感極まった表情のきな子さん。
なんかもうやだこの人達……
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次回
『おじいちゃんが来るわけで』
きな子さんの描写は少ないだけでちゃんといるんです。心春にもしっかり謝ってますし、來実と珠理亜が握手するとき、本屋さんでトラに質問されてるときに後ろで必死にお嬢様を応援してたんです。
きな子さんは基本無口なので描写少なめです。想像で補完してもらえるとうれしいです。
いや、書けよなどの御意見、感想等あれば是非お聞かせ下さい。
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