第21話 人間界も厳しいわけで
俺はトボトボとチリ取りを抱えホウキを引きずって歩いていく。
昔ならなんてことないものが重いし長くて運びにくい。少しイライラしながら屋上へ向かい廊下を歩く。
「心春ちゃんどうしたの?」
不意にかけられる声に振り返るとクラスメイトの藪と島崎が立っていた。
そういえばこいつら2人は仲良くていつもつるんでたっけ。
「えっとでしゅね……屋上が汚れたから掃除をするのでしゅ」
「え、えらいよ心春ちゃん! よし僕らも手伝おう。な、島崎」
「ああ、俺らに任せなよ」
藪と島崎がホウキとチリ取りを持ってくれる。なんだこいつら結構良い奴じゃん!
元の体のときはあんまり関わってなかったけど見直したぜ!
「ありがとうでしゅ。正直こはりゅ1人でどうちようか困ってまちた」
俺がニッコリ微笑むと男2人はデレデレ、にやにやしている。かなり気持ち悪いが感謝しているのは本当なので3人で屋上に上がり掃除を始める。
1人でやると終わる気がしなかったが3人いればすぐに終わってしまう。
「ありがとうでしゅ。助かりまちた」
再び微笑む俺に藪と島崎が一旦顔を見合せると頷き決意したように1歩俺にズイッと寄ってくると頭を深々と下げる。
「心春ちゃん! お願いがあるんだ!」
「な、なんでしゅ?」
2人の勢いに後退りする俺。
「きみを抱かせて欲しい!」
「心春ちゃんを抱きたい!」
「はぎゅわ!?」
だ、だだ抱く? 抱くってなに、あれか? あれなのか、いや、え? えーー!?
突然の宣言にパニックになり真っ白になる俺に2人が手を広げ指を怪しくワキワキさせながら俺に迫ってくる。
こ、怖い! 男怖い!
怖くて動けない俺に一歩づつ確実に歩み寄る2人。この体では抵抗も出来ない俺は足が震えだす。ト、トラはどこに? 助けてくれ。
涙目で震える俺が目を瞑ろうとしたとき白い塊が跳ねるように飛び出してきてパ、パーン! と大きい音が連続で響く。
「お嬢さん大丈夫ですか?」
俺の目の前にいる白い塊は渋い声で語りかける。涙でボヤける視界にいるのは俺より一回り小さいダンディーな口髭を生やしたこれまたジェントルマンな服装のウサギ。
手に持ったハリセンをパシパシしながら手を押さえ痛がる2人を睨み付ける。
「藪様、島崎様これは一体どういうことでしょうか? ご説明願えませんかな?」
「ど、どうって俺らは別に……」
ウサギの迫力に圧される2人がモゴモゴと何かを呟く。
「なに言ってるか分かんない! ちゃんと喋る!」
屋上のドアを開けて歩いてくる女子。クラスメイトの
「うっさー♪ ご苦労さん」
ジェントルマンウサギことうっさー♪ は一礼すると後ろに下がる。
「あんたたち心春ちゃんになにしようとしたの! ちゃんと言いなさい!」
久野が怒ると2人はシュンと小さくなりモジモジしながら話し始める。
「その、女子ばっかり心春ちゃんを抱き締めてて羨ましいなーって」
「ちょっと抱っこしたかったんだ」
「……」
久野はおもむろにスマホを取り出し耳にあてる。
「うっさー♪ すぐに警察に来て欲しいんだけど110番と近くの交番どっちがすぐ来てくれるのかな?」
「110番しておけば間違いはないかと」
久野とうっさー♪ のやり取りに必死で手を合わせ懇願する2人。
「ごめんなさい、こんなに怖がるって思わなかったんだ」
「本当にごめんなさい!」
「犯罪者は大抵そうやって言うの。観念してお縄につきなさいよ。時々変態2人がいたなあって思い出してあげるから服役してなさいよ」
泣き崩れる2人を見て少し同情してしまう。つい最近まであっち側であった気がするしな。流石に幼女に抱っこさせろと迫ったことはないが……
再びパーンといい音を響かせうっさー♪ が男2人の頭を叩く。
「お二人とも、そもそも謝る相手は私たちではなく心春さんでしょう」
うっさー♪ に言われ俺の前にきた2人が土下座して謝ってくる。一回同情してしまうと許しても良いかなって思ってしまう俺は甘いのだろうか。
「分かったでしゅ、もう2度とちないって誓えば許しましゅ」
「誓う! 誓うよ!」
「もう2度としません!」
謝る2人を見て腕を組み見下ろす俺にうっさー♪ がハリセンを渡してくる。
「一応ケジメです」
ケジメねえ……まあいっか。
俺はハリセンを持ってフルスイングしてみる。そんな俺を見て若干怯える2人。
これ、なんか良いな。怯える2人を見て調子に乗ってブンブンハリセンを振り回す。
やばっ、楽しくなってきた。
ニタァっと笑う俺はハリセンを全力で藪に振り下ろす。
ペチン♪
「あっ」
可愛い音と変な声。気にせず島崎にも振り下ろす。
パチン♪
「んっ」
……これケジメになったのか? なんか違わないか? 本人達顔を赤らめてなんか喜んでない? 疑問に思いつつもビシッとキメにはいる。
「これに懲りてもうこんなことちてはダメでしゅよ!」
「はい」
「はい」
声を合わせ深々と土下座する2人。
「あんたら心春ちゃんが優しくて良かっただけで、普通に逮捕案件だからね。もうウザいから帰って欲しいんだけど良いかな心春ちゃん?」
久野に言われ俺が頷くとうっさー♪ が2人を立たせ屋上から出るように促す。
なんかさ2人が俺を見る目がちょっと違う感じで熱っぽいんだが気のせいだよな……
「ひしゃ野しゃん、たしゅけてくれてありがとうございまちた」
「うっさー♪ に3人が一緒に屋上に上がっているのを見かけたって言われて来たんだからお礼はうっさー♪ に言ってよ」
久野に言われ俺はうっさー♪ にお礼を言っていると後ろから肩をガシッと力強く掴まれる。
「さてさて、心春ちゃん。あなたはちょっと危機管理がなってないね」
「はうっ?」
ちょっぴりお怒りモードの久野が俺に迫ってくる。何気に凄い迫力を感じるんだが、こいつできる?
おでこを指でグリグリ押されながら説教が始まる。
「いい? 心春ちゃんは可愛いの。そんな子が1人で歩いて、あげく男に声かけられてホイホイついていっちゃダメ! 分かった?」
俺は必死に頷く。
「よし! じゃあここ屋上だからちょうどいいし心春ちゃんの為に大切なことを教えてあげよう。はい、それじゃあ休めの姿勢で腕は後ろに組んで」
なんか応援団みたいな構えをとらされた時点でいやな予感はしていた。
「ひとーつ! 一人で出歩かなーい!」
「ひとーちゅ! 一人で出歩かなーい!」
「心春ちゃん声小さいよ! 次、ふたーつ!」
「ふ、ふたーちゅ!」
声は枯れないけどなんか喉がイガイガする……そして久野ってこんな人だったんだ。
散々『乙女の5ヶ条』を叫ばされた俺はヘトヘトだ。
乙女の5ヶ条? なんか久野が俺の為に作った即興で作ったっぽい。
1、1人で出歩かない
2、知らない人についていかない
3、甘い誘いに乗らない
4、男を信用するな
5、気に入った男は手離すな
1~4はまあ分かる。だが5はなんなのだ? 必要かこれ? それに屋上で5番目を叫ぶのが1番恥ずかしかった。
なんで俺が「気に入った男は手離しゅなー」とか叫ばにゃならんのだ。
「よしよし、心春ちゃんも次からは気をつけるんだよ。それにしても梅咲くんは?」
俺の頭を優しく撫でてくれる久野がキョロキョロと辺りを見回す。
「トリャなら多分、保健しちゅでしゅ」
「保健室?」
首を傾げる久野にここまでの経緯を話す。
「ふ~ん大体分かったけど心春ちゃんを置いていっていい理由にはならないよね。一緒に探そうか」
久野に手を引かれうっさー♪ と3人で保健室に向かう途中廊下ですれ違うトラとバッタリ出会う。その手にはパンやジュースなどの飲み物が握られている。
「あ、心春。それと……久野さん?」
「梅咲くんは何をしているのかな?」
「ああこれ、來実さんと珠理亜さんにお昼を買って──」
目で捉えられないとはこのことだろう。まさに刹那、間合いを詰めた久野の拳がトラの腹にめり込みトラはゆっくり倒れる。
「女の子に熱心に貢ぐのも良いけど心春ちゃんをしっかり守ってあげなくてどうするの?」
久野がお腹を押さえもがくトラに冷たい視線を浴びせる。
「ひしゃ野しゃん、トリャも悪気はなかったんでしゅ。許してあげてくだしゃい」
久野の裾を握って必死に止めると久野が俺の頭を優しく撫でる。
「梅咲くん、心春ちゃんに感謝してね。しっかり面倒をみれないのなら私が心春ちゃんをもらうから。いくようっさー♪」
俺の頭を撫でるとうっさー♪ をつれてトラの横を通る。
「
その言葉に俺が反応する。久野は母さんとじいちゃんのこと知ってるのか?
聞く間も無く過ぎ去ってしまう久野。俺は痛そうに倒れるトラを起こしにかかる。
「ごめんなさいマスター……私迷惑かけたんですね……」
「とりあえじゅ今は良いでしゅからそのパンとジュース届けるでしゅよ」
本当はトラに会ったら文句言ってやろうと思ってたけどこの姿を見ては何も言えない。
トラを引っ張って立たせる力の無い俺はしゃがみこんでトラの汗をハンカチで拭くと涙目のトラはヨロヨロとよろけながら立ち上がる。
俺がパンを手に持って千鳥足のトラと一緒に來実と珠理亜の元へ向かう。
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次回
『トラが決意するわけで』
男女問わず知らない人について行くのはいけません。
乙女の5ヶ条を忘れないで欲しいです。
5ヶ条叫んでもいいよ、などの御意見、感想などありましたらお聞かせください。
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