第20話  自然界は厳しいわけで

 みんなの迷惑……いや注目を浴びたくないので屋上にて集合するトラ、來実、珠理亜の3人と俺ときな子さんの計5人。

 そして女子2人が手に弁当箱を抱えていがみ合っている。


「珠理亜は恥ずかちがり屋と聞きまちたが本当なんでしゅか? 今の姿からは信じられないでしゅ」


「ええ、幼少期から恥ずかしがり屋で人と話すのがとても苦手でした。中学、高校と血の滲むような努力の結果、学級委員長の座を手に入れたのです。

 それでも男性との恋に関しては奥手でからっきしだったのですが、この間の虎雄様の発言に本気になられたのと來実様の存在が今の積極性を生み出しているのだと思われます」


 少年漫画みたいに弱かった子が努力し、よきライバルとお互い高め合い最強の座(学級委員長)を手にいれたのだ!  みたいな感じで冷静に解説してますが來実といがみ合うあの姿に感動出来る要素は全くないけどな。


「あの勢いならトリャにしゅき好きって言うのも問題無さそうでしゅけど」


「そこは乙女なのです。愛を叫ぶにはまだ勇気が足らないのです」


「そ、そうでしゅか。べちゅにしゃけぶ叫ぶ必要はないと思いましゅが……」


 まあ叫ばれても困るんだが悩む俺を置いて2人は弁当箱をトラにズイッと差し出す。


「虎雄! 食べてくれ!」

「虎雄さん! お食べになって!」


 同時に開封される弁当箱。2人とも作り過ぎたと言っていたがあからさまにトラの為に作ったのが分かる量だ。

 來実なんてご飯の上にデフォルメされたトラ(動物の方)が海苔やら玉子で描かれた可愛いらしいキャラ弁である。來実って料理上手なんだな。


 対する珠理亜は立派な弁当箱なのか? 装飾鮮やかな高級弁当箱の中は綺麗に仕切りで小分けされ16品位の色々とりどりな料理が並べられていた。

 洋風のフルコースみたいな品々。高校生が学校のお昼で普段口にするものでは無さそうな品位を醸し出している。


「朝4時から起きて作ったんだ」

「わ、わたくしも朝早くから材料運んだり、洗ったりしましたわ」


 作りすぎ設定も忘れトラに食べさせようとグイグイいく2人を目の前にして流石のトラも戸惑っている。

 どっちらかを先に食べる、それすなわち優劣をつけてしまうことになる可能性を秘めているのはトラも理解したのか汗をだらだらかき始め、俺の方を潤んだ目で見て助けを求めてくる。


 むむむっ、お前のまいた種だろうと突き放したいところだが俺が元に戻った後のことを考えるとここは無難に納めておきたい。

 じゃんけんでもさせるか。溜め息をついて前に出る。


 突然だがここは学校の屋上である。学校の周囲は住宅街が広がりその向こうには商店街やショッピングモールやオフィス街などが見える。

 一見人間しかいないように錯覚してしまうが野生の動物は意外にいるものである。

 自然界で餌を持って警戒もせず騒ぐ動物の末路は目に見えている。


 上空からの鋭く滑空してきてソイツはまず珠理亜の弁当に足をかけ衝撃で中身が弾けるのも構わず大空へと高級食材を撒き散らしながら去っていく。

 ポカンとする俺らに仲間が突っ込んできて來実の弁当を奪い去る。

 周囲に飛び散る弁当の中身とそれを浴びた3人がたたずんでいる。


とんびですね。見事な滑空です」


 きな子さんが感心したように説明してくれるが良いのか? お宅のお嬢様涙目ですが?


 涙目で呆然とする珠理亜と空に向かって文句を言う來実。

 性格の違いって出るもんだな、なんて冷静に考えているとトラが珠理亜の元へ歩み寄る。


「珠理亜さん大丈夫? 怪我してない?」


「え、ええ」


「顔に跳ねたソースついてる。あ、制服にもついてる」


 トラがハンカチを取り出し珠理亜の顔を拭き始めると制服を摘まんで拭き始める。


「ちょっと、と、虎雄さん近い。あの近いですわ」


「あぁごめん。でもこれ染みになちゃいけないから洗剤か何か借りて染み抜きした方がいいかも」


 顔を真っ赤にして両手で顔を多い悶える珠理亜のことはお構いなしに近距離で制服を見つめるトラ。

 俺がやればただの変態なのに今のあいつがやるとスマートに見えるのは何故なのだ?


 因みに俺はこの状況を止めようと2人の間に向かって行こうとしたら、きな子さんに両肩を押さえられて


「心春様にはまだ早いかもしれませんがあの2人を邪魔してはいけませんよ」


 と言われ身動きが取れない状態である。

 寧ろ邪魔しに行きたいんだー! ときな子さんの腕をふりきろうとするが非力な心春ボディーでは何も出来ない。

 そんなことしている間にもトラは真剣な顔で珠理亜のスカートを摘まんでる。


 くそ! なんであれで絵になるんだ。嫉妬心全開で向かおうとするがきな子さんの束縛から逃げられず手足をパタパタさせるだけしか出来ない。


「珠理亜さん着替え持ってる? 今の制服はちゃんと洗った方がいい。珠理亜さん綺麗なんだから制服も綺麗な方が良いよ」


 跪いて珠理亜のスカートを摘まんで真剣な表情でそう語るトラ。俺から見たらただの変態なんだが珠理亜は赤い顔で必死に頷いている。珠理亜にはトラがどう見えているんだ?


 そんな2人の様子に気付いた來実がイラッとした顔で近付いてくる。

 これはトラの甲斐性の無さを攻められ來実に嫌われるかもしれない! その勢いで珠理亜にも嫌われるかも。


 さてどうする。取り敢えず嫌われたくはないがこの2人の女の子に迫られる状況を続けるわけにもいくまい。戻った後に恋愛マスターの俺がどうにか納めてみせるからトラよ、ここは一旦嫌われておくのだ。


 そんなことを考える俺の脳内に悪魔心春が現れる。


【悪魔心春】

「待って心春ちゃん! ここはどちらか1人を選んでおけば元に戻ったとき棚ぼただよ! いきなり彼女ゲットじゃん!」


 いや正確には心春ではないんですけど……だが悪魔心春なかなか良いことを言う。


「待ちなさい!」


 天使心春の登場である。まあこれは予想できた。悪魔がいるから天使もいるよねってことだ。

 つまりはこれは俺の良心の呵責なわけだ。


【天使心春】

「1人だけ残してどうするの! 2人とも手に入れちゃいましょうよ! ウハウハですよ! ハーレムいっちゃいましょう!」


【悪魔心春】

「だね! 良いこと言うな、流石天使!」


 どうやら俺に良心は無かったようだ。そんな最低な争いを脳内で繰り広げている間にトラは來実の手を取る。


「來実さん怪我してる」


「あ、ああこれくらいどうってこと──」


「だめ! 野生動物にひっかかれたんだからばい菌入ったら大変だよ。來実さんも綺麗なんだから傷が残ったらいけないし2人とも取り敢えず保健室へ。

 きな子さん、着替えあったら持ってきてもらえますか?」


 來実はトラが声を荒らげたことに驚きながらもこちらも顔を真っ赤にして頷いている。

 そしてきな子さんは頷きそそくさと屋上から校舎の中へ戻っていく。


「心春は……ごめん片付けお願い出来る?」


 と片膝ついて左手に珠理亜のスカートを握って、右手に來実の手を握る変態からお願いされる。


「……分かったでしゅ」


 嫌だったよ。本当は嫌だった。でも今の俺に何を言えって言うのさ!


 俺は両手に女の子を連れて階段を下りるトラを見送った後、涙でボヤけた視界でチリ取りとホウキ、ゴミ袋を職員室へ借りに行くのである。


 ────────────────────────────────────────


 次回


『人間界も厳しいわけで』


 私は昔からトンビと呼んでましたがとびが標準和名みたいですね。馴染みがある方でトンビと表記してます。

 全然関係ないですけど肩に鳥とかのせて生活してみたい。

 どうでもいいですね(笑)では御意見、感想などありましたらお聞かせください。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る