第19話 幼馴染みとお嬢様は張り合うわけで
月曜日の朝がやって来る。隣を見ると母さんがスヤスヤ寝ていて、デジタル時計に視線を移すと今は4時35分だと教えてくれる。
最近気付いたことがある。俺は眠る時間が普通のアンドロイドのように縛られない。
基本的にアンドロイドは眠っている間に体のチェック、簡単に言えば体調管理を自動で行う。
その為のスリープモードでありこの時間は初期に設定して、その決められた時間の間は緊急時以外眠ったままになる。
俺はこれを無視して昼寝や今のように早く目が覚めたりする。
これは人間だったころの習性とでもいうのかどういう理屈なのかを知りたいが、今の俺には現状を知ることだけで精一杯で原因究明まで踏み込むと頭がフラフラしてくる。
「心春ちゃん目が覚めたの?」
母さんが眠そうな目で俺を見ると続いて時計を見る。
「ん~まだ4時半じゃない」
そう言って上半身だけ起こしてた俺を抱き寄せると熱い包容と頬擦りがなされる。
「ん~プニプニで幸せ~。もうちょっと寝ようよ~」
母さんからの熱い包容に成す術もない俺は身を任せてることしか出来ない。
いつまでたってもこの実の母から受ける愛情には慣れないが、この間一緒に買い物に行って以来突き放しにくくなったのは事実である。
父さんはたまにしか家にいないし、息子は無視して文句ばっかり言ってたから寂しかったのかもと思うんだけど……
「いたたたた、いたいでしゅ! お母しゃん。こ、こはりゅ折れましゅ!」
寝ぼけた母さんの包容は危険であった。
* * *
本日はこれだ!
頭からのハンチングベレー帽(茶色)、サマーブラウス(黒色ベースに白い花柄)にストラップジャンパースカート(ベージュ)。靴はサイドゴアブーツ(茶色)が玄関に用意されている。
そしていつものネコさんは頭の左側にご健在だ。
ふむ、この姿も中々可愛いではないだろうか。今日も俺可愛いな♪
……不味い俺の中で何かが少しずつ崩れてきているような気がする。
俺が壁に手を突き落ち込んでいると学校に行く準備が出来たトラが2階から下りてくる。
「心春準備できたから行こう」
「こら! トラ! 心春ちゃんの格好見てなんとも思わないの? 最近少しまともになってきたんだから女の子に優しい言葉をかけ喜ばせることを覚えなさい」
「はい、ごめんなさい。心春今日の服似合ってる。可愛いよ」
「あ、ありがとうでしゅ」
な、なんだこれ? なんで俺は元俺の体から誉められているんだ? 全然嬉しくないぞ。
母さんは俺が誉められて満足してるのか何度も頷いている。
「よし心春ちゃん気を付けて行ってらっしゃい。トラ、心春ちゃんに危険がないように守りなさいよ」
「分かった」
母さんに言われて頷くトラだがこれではどっちがサポーターか分かりはしない。
そんなことを思いながら母さんに見送られ俺とトラは玄関を出る。
* * *
「トリャ歩き方上手になりまちたね。登校も休憩1回で行けるようになりまちたし成長してましゅね」
「本当ですか!? 私、練習して良かったです」
「言葉はよく戻りましゅがね」
「ごめん」
珍しく俺が誉めているときだった、突然後ろから声をかけられる。
「よう、登校か? 奇遇だな私も登校なんだ。道も同じだし一緒に行くか?」
そう息を切らしながら言う來実は膝に手を突き、はあはあいってる。
今の台詞突っ込みどこしかねえだろ。そもそも俺とお前は同じ学校で同じクラスなわけだ。家は隣だし道同じに決まってんじゃん! トラと一緒に登校しようとしているのが見え見えだろ。
ヘタクソかよ!
断る理由もないし、既にトラは了承しているから別にかまわないんだが……なんか來実、トラと距離近くね? それに視線が微妙に熱っぽいというか何というか……
3人で歩きだし最初の角を曲がったときのことだった。
「と、虎雄さん奇遇ですね。わたくしも同じ道ですので一緒に登校などいかがですか?」
ヘタクソ2号の登場である。
大体珠理亜お前は家の方向が違う。それにいつも車で登校してるじゃんよ。
なんか奥の角にいつも側にいるメイドさんがこそこそ覗いてるし。説得力ゼロだぞ。
「なんで芦刈さんがここにいらっしゃるのかしら?」
「なんで珠理亜がここにいるのかを私は聞きたいね。お前の通学路ここと違うだろ!」
「いいえ、合ってますわ。今日からこの道を通って学校へ通うと申請し許可を頂いてますの。それよりなぜ芦刈さんがここにいるのかしら?」
「私は家が虎雄の隣だ通学路が一緒なのは当たり前だろ!」
「むぅ、じゃあなぜこの時間に通学されてますの? いつもは遅刻してますのに」
「おまえな、人に遅刻するなと言っておきながらその言い方はまるで遅刻しろって聞こえるぞ!」
「そういう意味ではありません。なぜ虎雄さんと一緒なのかを聞いているのです!」
「虎雄さんだぁ? そんな呼び方してたか? 別に私が虎雄と一緒に登校して何が悪い」
「虎雄? なんか馴れ馴れしいですわね!」
「なんだと!」
「文句ありまして!」
朝から皆の視線も気にせず言い合いをするこの2人。トラはキョトンと可愛らしいネコみたいな顔をして2人を眺めてる。
「くりゅみ、珠理亜、遅刻しましゅよ。とにかく学校へ行きましぇんか?」
「だな」
「ですわね」
2人同時にトラの手を取ると引きずるように引っ張り競いながら激しい登校が始まる。
俺はため息をついて角にいる人物を手招きして呼ぶ。
「きな子しゃんが珠理亜から離れるって珍しいでしゅね」
「ええ、お嬢様の成長の為に心を鬼にして離れているのです。今朝、『きな子と一緒じゃなきゃ無理!』と駄々をこねるお嬢様を説得しこうして見守っていたわけです」
「ああ、そうでしゅか……」
「ですがあんなに積極的に頑張っているお嬢様を見ることが出来きましたので突き放して良かったと思っています」
よよよ、と泣きそうな感じで目頭を押さえるきな子さん。離れるって実質3メートルもないけどな。
それにきな子さんこんな感じだったっけ? もっとクールビューティーだった気がするんだけど。
2人に引きずられ遠くへ行ったトラたちの後をのんびりときな子さんと俺は登校する。
* * *
朝の登校中の出来事は既に噂になっているわけだが周りの視線を何も気にしてなさそうなトラ。
トラに近付こうとしていがみ合う來実と珠理亜の方が目立って皆の注目を集めてるのが原因かもしれないが。
珠理亜は分からないでもないが來実はなんでこのタイミングでこんなに積極的になるかな? 思い当たる節があるとすれば……俺はトラを突っつき尋ねる。
「トリャ、この間くりゅみがケーキ持って来たとき何かありまちたか?」
「ケーキ? えーと家に上げてもてなそうとして──」
トラから一通の出来事を説明されたのだが……
こいつ人の体で何してくれてんの。俺さあ、女の子を抱き締めたことなんかないよ。どうやったらそんなシチュエーションになるの?
なに? 來実の頭を守るため床で抱き合ってゴロゴロするとか意味分かんないんだけど。
この体になって抱き締められることは多いけどなんか嬉しくないんだよな。
怒りと妬みを込めてトラに渾身の一撃を放つ。
ポカ♪
可愛い音がする。この体は攻撃に向いていないのだ。
「トリャよく分からないでしゅがお前は女の子を引き付ちゅけるみたいでしゅ。気をつけて行動するのでしゅよ」
「任せてください」
「不安でちかないでしゅ」
自信満々に答えるトラに不安を感じ頭を抱える俺は突然後ろから伸びてきた腕にガシッと抱き締められる。そしてその人物は俺の頭に顎を置いて喋り始める。
「ねえねえ、虎雄くん何があったの? 珠理亜さんと來実さんなんか面白いことしてるじゃん。誰にも言わないから教えてよー」
出たな迷探偵右田! お前が関わるとロクなことにはならないのは俺でも推理できるぞ! お前に話したら秒で噂広めるだろ。そう判断した俺はトラが口を開く前に話始める。
「右田しゃんこれはでしゅね──」
「虎雄! 昼飯を一緒に食べないか? たまたま多く作ってな」
「虎雄さんお昼ご一緒にいかがですか? たまたま沢山作り過ぎましたの」
俺の説明を遮って噂の2人が割り込んでくる。実に最悪にいいタイミングだこいつら。
「たまたま沢山作り過ぎる奴がいるかよ!」
「たまたま多く作る方なんていませんわ!」
何だかんだで仲良さそうな2人がいがみ合う。
「う~ん、これはなかなか面白そうだねぇ。ねっ? 心春ちゃん」
「うっ、そ、そうでしゅかね……」
「うん、うん2人の女が1人の男を巡っていがみ合う。実にいいじゃない。よしよし」
右田さんが満足したように頷き笑顔で他の女子に向かって走っていく。
「ねーねーみんな聞いてーー!」
俺の推理通り秒で噂を広め始める右田さん。こいつは信じられないがそれより今は目の前の事態を納めなければ。
「虎雄! 私と食べないか?」
「虎雄さん是非わたくしと食べませんか?」
流石にこの状況にたじたじとなるトラ。頑張れトラ! ビシッと2人の誘いを断るのだ! お前らと食べる気はないと断るのだ。
「心春と一緒に食べるから……心春に聞いて」
なぬーーーー!? まさかの丸投げか!!
「心春! この間の約束! なにして遊ぶか決めようぜ!」
「心春さん、わたくしと一緒にお話しませんか?」
2人が今度は俺を揺さぶりながら迫ってくる。
「え、えっとでしゅね……」
ビシッと断ってやる! 断ってトラに見せてやるんだ!
「こはりゅは、みんなで一緒に食べたいでしゅ。ご飯はみんなで食べれば美味ちいでしゅよ」
はい、断れませんでした! ヘタレですよ俺は。もーなんとでも言ってくれ。
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次回
『自然界は厳しいわけで』
ご飯を一緒に食べると美味しい。その最小人数と最大人数、それに食べる場所の空間体積と最適人数の関係そんな統計をとれば見えてくるものがあるかも!?
なんのこっちゃ? などの御意見、感想などありましたらお聞かせください。
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