第17話 トラは宣言するわけで
食堂のドアから入ってきた旦那様と呼ばれた人に美鈴さんが近付くとその人のネクタイを緩め襟を直し始める。
お~! こんなことする夫婦(多分)本当にいるんだ。なんかラブラブな感じに俺は目を輝かせる。我が家とは大違いだな。
「あなた、お仕事で遅くなるんじゃなかったの?」
「あぁ、ちょっと近くでの仕事が一段落したから寄ったのだが……」
あ、絶対嘘だ。娘が連れてきた友達(男)が気になったんだ。その証拠に俺ら主にトラをチラチラ見て気にしている。
俺はトラの足をさりげなく蹴ると前に出てちょこんとお辞儀をする。
「初めまちて、わたち、こはりゅです。こちらがマシュターの──」
「梅咲 虎雄です」
俺に続きトラが挨拶をする。
「雨宮
建造さんが俺に近付いてじっくり眺める。堅物な感じのその目は鋭く俺を貫いてくる。
そして今まで大人の男にここまで近付かれたことなかったけど怖いなこれ。自分よりも大きな男が俺を覗き込むこれはなかなか恐怖を感じるぞ。怖くて涙がじんわり出てきた。
「あなた、女の子をそんな風に見るものじゃありませんよ。怯えてます」
美鈴さんが結構強目の口調で言うと建造さんはハッとした顔で後ろに下がる。
「ああすまない。ついアンドロイドと言われると気になってね。怖い思いをさせて……!?」
一旦引いたくせに再び俺の顔にぶつからんばかりの距離に顔を近付けてくる。そのフェイントを交えた動きに俺はビビって溜まってた涙がちょっと零れる。
「涙? 虎雄くんといったね。これはなんの為に付けたんだ!」
「え、えっと……」
俺の涙を見て興奮気味の建造さんの質問に戸惑うトラ。そりゃそうだこの心春を作ったのは俺だからトラが答えれる訳がない。
尚も睨むように建造さんはトラを見て答えを待っている。この建造さんの勢いと執念にも似たトラに対する圧に緊迫した空気が辺りを支配する。
この空気のままではいけない。仕方ない俺が答えてやる。この涙を付けた理由それはだなあああぁぁ……あっ?
──可愛い妹が潤んだ目でお願いとかしてきたらたまんないだろうな、おい!──
だった。
言えない、そんなこと……
「家族であるため」
緊迫した空気を破ってトラが一言発する。
「一緒に生活して一緒に笑って、一緒に泣けたら良いなって思って」
皆が静まり返り緊迫した空気とは別の何かが辺りを支配し始める。雨宮家だけでなく宮部さんやメイドさん達もトラを見ている。
えっと……なに然り気無く凄く良いこと言ってくれてんのトラは。「潤んだ瞳の妹萌えー」とか言ってる俺が凄く惨めじゃんか。
だが俺はチャンスを逃がさない男だ! この空気をぶち破る最後の一撃を放ってやる!
「とりゃ~おにいたーん、しゅき!」
俺は目に涙を浮かべてトラの元に駆け寄り足に抱きついてズボンで涙を拭くように顔を擦り付ける。皆には見えていないけどニヤリと笑ってるよ俺。
「心春」
トラがそんな俺の頭を優しく撫でてくる。この光景を見て皆がうるっときている。
まさかこの涙がトラの発言に対して俺が惨めになったことからきた悲しい涙だとは誰も思うまい。
珠理亜なんて……なんて……なんであんなに泣いてるの?
「お嬢様」
きな子さんがハンカチで珠理亜の涙を拭いている。
「ぎなごぉ~あ゛あり゛がとうぅぅぅですわぁぁ」
ああ、語尾は号泣してても一緒なんだねとか思いながらも珠理亜のトラを見る目に少し熱がある気がするのは俺の気のせいか……
てかなんで俺この体になってこう細かいことに気付くんだ? なんか人の仕草とか表情に敏感になっている感じがする。昔の俺にはない感覚。このスキルがあればモテても良さそうなのに。
「あなた、お食事にしましょう。虎雄くんともっとゆっくりお話したいんじゃなくて?」
「お、おおそうだな」
美鈴さんに促され昼食が運ばれ食事が始まる。俺ときな子さんはこの間する事がないので隣に座り簡単な挨拶をする。
建造さんはトラに心春について根掘り葉掘り聞いている。トラは焦りながらもなんとか誤魔化し受け流している。
まあ、「ちょっと秘密なんで」を連呼しているだけだがな。
トラとの話で収穫を得られないとみたか俺のところにやって来てじろじろと観察を始める。手を伸ばそうとして美鈴さんに叩かれてもめげずに俺を観察する。
この恐怖にかきもしない汗が出る感じの中俺はじっと耐える。
「ふむ、素晴らしいな。個人で作るレベルを超えている。いや個人で作るからこそここまで拘れるのか」
俺を見て満足気に頷く建造さんは隣に座るきな子さんを見る。
「きな子、お前の足の調子はどうなんだ?」
「はい、歩くのに支障はありませんが走ることには不安があります」
「前から言ってるが両足ごと交換すれば良かろう。なんなら新ボディーに移し変えても良いんだぞ。そっちの方がお前も珠理亜も楽だろう」
建造さんの発言に珠理亜が勢いよく席を立つと実の父を睨む。
「お父様、前にも言いましたが、きな子はわたくしが生まれたときからお世話をしてくれている大切な人ですわ。この姿をおいそれ変えることが出来ましょうか」
「私も前に言ったが壊れた部品はまるごと交換する。これが最も効率よく知識が浅くても修理を行うことが出来る方法なのだ!
わが社はこのやり方で日本でトップを勝ち取ったのだぞ」
珠理亜と建造さんの言い合いに美鈴さんが止めに入るが2人とも聞く耳をもたずヒートアップしていく。
「お父様はアンドロイドを物として見ていますわ! 虎雄さんも言っていたでしょうアンドロイドは家族なのですわ!」
「共に涙を流し、共に笑うそれはとても良いことだと私も思う。家族となって介護の現場や老後のパートナーとしてより身近に心を通いあわせることが出来ることだろう」
「そこがもう違いますわ! 虎雄さんの言う家族とお父様の言う家族、言葉が同じだけで目指す方向が全く違いますわ!!」
あわわわ、なんか収拾がつかなくなってきたぞ! なんだかんだでこの珠理亜と建造さん似た者同士なのかお互いに意見を譲らない。
美鈴さんも困ってるしトラは先程から珠理亜から名前を呼ばれる度にビクッと肩を震わせている。
あわあわする俺を他所に2人の言い合いは更にヒートアップする。
「珠理亜、お前みたいな世間知らずが夢物語を語ってどうなる?」
「確かにわたくしは世間知らずですが、夢を語りそこへ向かおうとすることの何が問題なのでしょうか?」
「なら今すぐこの家を出て1人でやってみるといい。私は若い頃1人でやってきたぞ! 確かに夢も語った。だがそれを実現し今ここいるわけだ。お前もただの夢物語でないと言うのなら見せてみろ」
一瞬たじろぎ言葉が引っ掛かる珠理亜だがキッと睨み返すといつもの強気な表情で言い返す。
「ええやってみせますわ! このAMEMIYAグループに頼らずとも1人でやれるところを見せてご覧にいれますわ!」
「ほう、言ったな。お前に食うものも食えず。公園の水で飢えを凌ぎ。雨風がやっと凌げるようなボロアパートでプライバシーも無いような生活を送ってもやれるというのだな」
「く、ええ構いませんわ。必ず夢物語でないと証明してみせますの!」
お互い譲らない。そして引くに引けないところまできている。俺らの手前美鈴さんも取り繕っていたが流石に頭にきたらしく顔を赤くして2人を怒鳴ろうかというその時、スッと椅子から立つトラ。
静かに立ったが元々お客様として来ている身。そのお客様が動くと否が応でも目立ってしまい皆の注目を集めてしまう。
それは無論、言い合いをしていた珠理亜と建造さんも例外ではない。
「1人じゃありません」
トラの第一声に皆が耳を傾けその意味を必死に理解しようと努める。
「珠理亜さんの夢はとても素敵です。お父さんの言う効率を求めるのもより良い社会を築くのには必要なことです。
どちらに優劣とかはないはずです。お互いが共存するのが1番良い道だと思いますが、お父さんが珠理亜さんをこの家から追い出し1人にすると言うのなら──」
トラがキリッと建造さんを睨む。そして俺はもう嫌な予感しかしない! 俺は慌てて立ち上がるが自身の大きさを失念していた為に椅子からズレ落ち「あひゃ」っと短い声と共にテーブルの下に消えていく。
「俺は珠理亜さんと一緒に夢を実現させてみませます! 決して1人なんかにさせません! 俺がついています!」
【翻訳】
『私は珠理亜さんの夢を応援してます。なんなら一緒に夢実現させちゃいますよ! こっちにはマスターもいますしね。
珠理亜さんを1人にしたらかわいそうです! だから1人ボッチにさせませんよ! 私たちが時々遊びに行きますからね!』
珠理亜、顔真っ赤にして卒倒するのをきな子さんに支えられてギリギリ倒れるのを免れている。
美鈴さんは手で口を押さえ驚いて開く口を隠し、メイドさんたちは何か浮き足立ってるというかキャーキャー騒いでいる。
建造さんはさっきまでの勢いを全て削がれ呆然とトラを見つめる。
それをトラもじっと見つめ返す。
「あなた、お座りになって。虎雄くんも座ってもらって良いかしら?」
美鈴さんのこの一言で場がふんわり和やかに動き出す。座るトラと建造さん。
目を回す珠理亜はきな子さんに座らせてもらっている。
「折角の食事が冷めますよ。我が家の話をするのも悪いことではないですけど今は虎雄くんの話が聞きたいわ。そう思いませんか、あなた?」
嬉しそうに訪ねる美鈴さんに建造さんは大きく頷く。和やかな雰囲気の元、ようやく食事会が始まる。
……あの~すいません誰か俺を椅子の上に上げてもらえませんかね?
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次回
『将来の話をするわけで』
珠理亜のお父さんは苦労人。若い頃から熱い人間でした。今も熱は持ってますけど組織が大きくなると理想だけでは生きていけないんでしょうね。
でも夢を追い求めるのも素敵です。こんな夢ありますよなどの御意見、感想などありましたらお聞かせください。
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