第15話 お家はキャスルなわけで

「こちらが食堂になりますわ。ここは後でまた来ますので。そしてあちらが──」


 珠理亜に強めに手を握られ引っ張られる俺。なんだろ凄く嬉しそうに見えるのは気のせいか? 学校とは違う生き生きとした表情で俺達を案内する。


 ちょっと強めなエスコートで進んで行くと大きな階段が姿を現す。

 でかい、大きくて長い。こんな階段だれが上るんだ。そんなことを思いながらポーと見つめていたら珠理亜がしゃがみ俺の顔を覗き込んでくる。


「階段が気になりますの?」


「えっ、はいでしゅ。大きな階段でしゅね」


「階段で上ってみましょうか?」


 俺はこの巨大な階段を見て悩む。トラをチラッと見ると必死に首を振ってイヤイヤしている。


これで決まる。俺は珠理亜にニッコリ微笑むと明るく答える。


「行ってみたいでしゅ!」


 俺の答えに後ろでトラがこの世の終わりのような顔をしている。トラには体を鍛えてもらわないとな、毎朝休憩しながら登校とか耐えられん。


「きな子、わたくし達は階段で行きますわ。あなたはエレベーターを使って」


「はい」


 きな子さんは短く返事をし深々とお辞儀をするとエレベーターがあると思われる方へ向かって歩いていく。その様子をトラがじっと見ていたが直ぐに階段を上り始める。


 珠理亜が俺の手を取り階段を一段ずつ丁寧に上がっていく。正直スカートで階段上るのに慣れていないので助かる。

 にしても長いなこの階段、足腰鍛えられそうだ。俺が後ろを振り替えると死にかけのトラの姿が見える。呼吸が荒くフラフラしながら上ってくる、階段長いから高山病になりかけているかもしれないな。


 程なくして珠理亜と俺は階段を上りきる。

 なんだこの達成感!? 階段上っただけなのに。


「心春さんの動きはとても滑らかですね。関節部の軟骨と滑液かつえきの違い……何を使っているのかしら?」


 突然の珠理亜の発言に俺は戸惑う。こいつ何気に俺の動きを観察してやがったのか。

 俺の足をじろじろ見ているし油断ならんな。少し引き気味で見ていたらどうやら不安そうに見えたらしく珠理亜がハッとした表情になり謝ってくる。


「ごめんなさい。どうしてもアンドロイドって言われると動作や素材がすごく気になりますの。その……目付きが鋭くなるって言われますから不快な思いさせてしまいましたわね本当にごめんなさい」


「いえ、大丈夫でしゅ、気にちてましぇんよ」


 俺の答えに少しホッとした顔になる珠理亜に階段をようやく上りきったトラが声をかける。


「気になったんだけど、きな子さんって足の調子悪い?」


「えっ!?」


 ん? トラは何を聞いているんだ。前の体のときから、きな子さん見てるけどそんなことはないだろ。と思う俺に対し珠理亜の驚き具合が気になる。


「梅咲さん、どうしてそう思われますの?」


「……なんとなく左足より右足を上げる高さが低い気がした。それと重心がやや左に寄ってるから」


 トラの答えに珠理亜が驚き目を大きくしてトラを凝視する。


「梅咲さんちょっと」


「お? おぉ!?」


 珠理亜はトラの手を取って引っ張っていくので俺もトコトコついていく。

 階段から少し離れたところにエレベーターがありちょうどきな子さんが出てくる。


「遅れて申し訳ありません」


 きな子さんがお辞儀をする。基本きな子さんは少し古いタイプのアンドロイドなので感情表現に乏しい。

 ただこのときは、俺たちが走って来たことになんとなんく驚いているのは感じ取れた。


「きな子、ゆっくりで良いからちょっと歩いてみてくれるかしら」


「はい」


 きな子さんが歩くのをさっきトラが言ったことを頭に置いて注意深く見る……いや分からん。


「梅咲さん」


 トラがきな子さんの肩をさわり右足をさすりながらじっくり見る。というかこいつ女性を触ることに躊躇ないな。きな子さんアンドロイドとはいえ結構美人で近づかれたらドキドキしてたぞ。前の俺がだけど。


「膝が悪いかな? で多分骨格がずれてる?」


 自信無さそうに言うトラを珠理亜は大きく手をパチンっと叩くとキラキラした目でトラを見ている。


「凄いですわ! 旧世代のアンドロイドは膝関節の滑液が減っていくことがありますの。きな子は何度か膝に滑液を注入しているんですけど右足だけ液が抜けますの。原因は不明で困っていましたの」


「足ごと交換は?」


 そう言ったトラを少し睨む珠理亜は不服そうな表情を見せる。


「皆そう考えるでしょう。きな子は2世代前のアンドロイドですから部品はもう少ないのですわ。片足でなく両足または下半身ごと交換するのが定石なのでしょうけど……」


 珠理亜がきな子さんを見る。そんな珠理亜をきな子さんはほんの少し微笑み返す。


「最終的にはメインコアを抜いてデーターごと新型のボディーを全部移せば解決なのでしょうけどそれって本当にきな子なんでしょうか? 人間でそれをやることは倫理に引っ掛かるのにアンドロイドはいいのかとわたくしは思うのです。梅咲さんテセウスの船はご存じですか?」


 トラは首を横に振る。


「ギリシャ神話のパラドックスですわ。アンドロイドで例えるなら悪くなった部分を最新の部品と交換していく。

 最初は右手、次に左手とどんどん交換して最後には全ての部品を交換したとします。

 人間と違いアンドロイドはメモリー所謂いわゆる記憶も移そうと思えば移せますわ。

 そして旧型から最新へと生まれ変わったアンドロイドは元のアンドロイドといえますでしょうか?」


「中身が一緒なら本人と言えなくもないと思う」


「この話に正解はありませんわ。ただわたくしは今の姿を大切にして出来る限りのことをしたいのです。そのような技師を目指したいのですわ!」


 学校で見せることのないヒートアップした珠理亜は目を輝かせ良い顔をしている。

 あんまり関わったことなかったから知らなかったけど結構しっかりした夢持ってるんだな。なんか凄いな、最高の妹作りてーとか言って作ったバカならここにいるけど。


「でも……」


 珠理亜の表情が曇る。


「わたくしの家は知っての通り日本有数のアンドロイドメーカー『AMEMIYA』この会社が大きくなれたのはメンテナンスの徹底した簡略化。簡単な講習さえ受ければ町にある個人の電気屋さんでもアンドロイドの修理が行える。

 これを否定する気はありませんけど、それでもわたくしは今の姿を大切にして欲しいのです。でも、お父様はそれを許してはくれません。いずれこの会社に関わるものとしてお父様の意向に背くことは許されないのです……あ、ごめんなさい折角来ていただいたのに」


 慌てる珠理亜が俺の手を握るとトラが珠理亜の肩に手を置く。


「えっ?」


 突然のことに驚く珠理亜は目を丸くしてトラを見る。


「珠理亜さんの夢は立派だと思う。様々な意見があるけど珠理亜さんの考え方を求めている人もいるはず」


「……」


「珠理亜さんの夢、アンドロイドのお医者さんみたいで素敵だと思う。だから俺は応援する」


「!?」


 珠理亜が一瞬肩をビクッと震わせ俺を握る手が強く握られる。そして手に汗かいてないか……トラを直視せず横を向く顔もなんか赤いしねぇ、いやまさかね。

 なんかトラさ、結構恥ずかしいことを堂々と言ってフラグを立ててないかい? 


「あ、ありがとうございますわ。ちょと、ちょっとだけ嬉しかったですわ……」


 トラを見ずにお礼を述べると俺を汗ばむ手で引っ張る。きな子さんもなんか嬉しそうな感じを出してるし……当の本人、トラはそんなことを気にすることなく俺らの後ろを歩いてついてくる。


 そしてお分かりいただけだろうか? 

 俺ずっといたんだよ。声を出すことなくトラと珠理亜のやり取りを見ていたんだ


 何この俺の空気感……



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 次回


『お母様は興味津々なわけで』


 骨格ずれると大変! 日頃から気を付けてるよ、などの御意見、感想などありましたらお聞かせ下さい。

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