第14話  黒塗りの高級車初乗りなわけで

 遂に来た日曜日、珠理亜の家にいく日だ。そうこの日のために俺は昨日母さんと洋服を買いに行ったわけだ。なんでも社交界デビューがどうとかでフォーマルな格好をさせられる。

 頭のネコはそのままにグレーベースの千鳥格子柄のジャンパースカート。その上に白襟の黒いボレロと胸にスカートと同じ色と柄の大きめなリボン。

 靴下は白のふわふわの花柄レース、靴は黒のフォーマルシューズ。ストラップ部分に小さなリボンが付いている。


 いつも通り着替えると姿見に映る自分を見る。


 可愛い……俺なのだが可愛い。くるりと一回転するとスカートがフワッと舞い上がる。それを激写する母さん。お馴染みの光景だ。


 ちょっと俺馴染み過ぎじゃね? 元に戻らなきゃーって気持ちはあるんだけど、どうして良いか全く分からないし考えようとすると眠くなるからどうしようもない。

 今のところトラに賢くなってもらい元に戻る方法を見付けてもらうか、俺の処理能力を上げてもらう知識と技術を手に入れてもらうか、それぐらいしか思い付かない。

 しかもどちらともトラ頼みだし当の本人も努力してるから今は待つしかないのだ。


 そんなご本人が登場する。母さんの無難であるとの判断からトラの服装は学校の制服だ。ちょっと息子に対して雑じゃありませんかね。

 まあトラも着なれた服で動きやすそうだし良いけどさ。

 俺はさっとトラに近付くと小声で話す。


「トリャ、トイレは済ましたでしゅか?」


「任せて下さいバッチリです。トイレトレーニングの結果は良好ですよ」


「う、うん頑張ってましゅね……」


 元々俺だから当たり前なんだけどトラの見た目が普通の男子高校生だからトイレトレーニングとか言われると、どう答えたもんか戸惑ってしまう。

 そんな微妙な空気を払拭するかのように玄関のチャイムが鳴る。


「はい梅咲です。あ、はい分かりました。では今玄関に行きますので、はい」


 母さんが俺らを連れて玄関を開けると黒いスーツにサングラスの男が立っていた。


「私、宮部みやべと申します。本日は珠理亜お嬢様の言い付けで梅咲虎雄様と心春様を御迎えに上がりました」


 なにこの人。この屈強でありながらも紳士的な立ち振舞い。

 その紳士サングラスの宮部さんの後ろには黒塗りの高級車が止まっていた。運転席には運転手らしきこれまたスーツにサングラスの男がハンドルを握っている。

 何から何までお金持ちのテンプレのような状況に目眩がする。

 対してトラは目を輝かせて宮部さんと車を何度も見ている。楽しそうだな。


「ではこちらへどうぞ」


 宮部さんに車内に案内されると俺は後部座席のチャイルドシートに座らされる。

 あぁ~そういえばそうか俺はこの体ならチャイルドシートに乗らなきゃいけないのか。

 ちょっと恥ずかしい。

 そんな俺を宮部さんが手際よくシートベルトを装着してくれる。


「ベルトは苦しくありませんか?」


 宮部さんの気遣いにキュンとする。なんだこの人、どこまで出来た人なんだ! 一瞬ときめいちまったじゃないかよ。


「大丈夫でしゅ」


 俺の答えに微笑みで返すとすぐにトラを案内している。サングラスしてても滲み出る微笑みってスゲー。俺もあんな男目指したい!


 今はこんなんだけど……


 小さな手をグーパーしてちょっぴり悲しくなる。その隣でトラは初めての車に大興奮していた。

 こいつ初めて乗る車が超高級車とかもう普通の車に乗れなくなるんじゃないか?


 そうこうしているうちに母さんの見送りの元、黒塗りの高級車は優雅に発進する。

 我が家にも車はあるのだが母さんはあまり乗らないのでオブジェ化している。

 まあ父さんの趣味で買った車だし4人乗りだけどツードアでMTだしな。


 そんなことはどうでもいいって位この黒塗りの高級車は走っているとは思えない静かさで町の景色を抜き去り置いていく。


「速いな、マスタあっ心春」


「なんでしゅその変な呼び方は」


「虎雄様は珠理亜お嬢様のクラスメイトですよね?」


「はい」

「でしゅ」


 トラの奴が変な間違いするから思わず俺も返事してしまったじゃないか。

 そんなことには触れられず助手席に座る宮部さんが話しかけてくる。


「珠理亜お嬢様がお友達を招待するのは幼い頃を除けばこれが初めてなのです。実は私結構、緊張していますので虎雄様、心春様に緊張が移ったら申し訳ありません」


「え、俺緊張してない」


「うわっしゃーでしゅ!!」


 俺は渾身の力を込めたパンチをトラに振るう。


 ポカッ♪


 可愛い音がする。くそっこの体可愛すぎて攻撃も可愛いくなるらしい。


「トリャ、おりぇはダメでしゅよ。わたちか僕にしなちゃい。そして宮部しゃんは、わたち達に気をちゅかって使ってくれているのでしゅよ」


「は、はい」


 そんな俺達のやり取りを見て宮部さんが可笑しそうに笑う。


「珠理亜お嬢様が心春さんのことを絶賛しておりましたが、今のやり取りを見て分かる気がします。

 失礼ですが心春さんはアンドロイドと伺っています。どこのメーカーなのでしょうか? 私の記憶にはないタイプですので差し支えなければ教えて頂けませんか?」


 あ、この質問は想定内である。トラにバッチリ仕込んであるから問題ない。さあ言ってやれトラ。

 自信満々にチャイルドシートからトラを見る。


 なにぃ! 盛大にキョドってやがるだと!?


 こいつセリフ忘れたな。仕方ないので助け船を出そうとするとトラが口を開く。


「私……ワカリマセン」


 なにそれ? 自分が作ったと言った上で適当にはぐらかして権利をチラつかせるという俺が薄れ行く意識と戦いながら考えたセリフがそんな怪しいカタコトに変換されるんだよ!


 俺が心の中で憤怒しているとトラが言葉を続ける。


「心春は妹ですから」


「お優しいんですね虎雄様は。邪推になりますがおそらく心春さんは虎雄様が作られた。でもアンドロイドとして権利を主張するのではなく家族だと、愛する妹だと仰る訳ですね」


 宮部さんなんかサングラス上に上げて涙拭いてない? 運転手さんもミラーで見る限り泣いてるよね?

 そんなに感動することいってないと思うけどそれ以降この心春ボディーについて質問されることはなかったから結果オーライとしよう。


 都合のいい展開に俺の方が焦るな。


 心の中でもんもんとしていると車が静かに停止する。前を見ると大きな門がそびえ立っていて静かに左右に開いていく。

 その横には熊ぐらい軽く倒せそうな屈強な男達が何人も立っていて俺達が乗っている車が通ると深々とお辞儀をしてくる。


 珠理亜の家、お金持ちなのは知っていたけどこれは想像を超えている。そう言わざるを得ない西洋風のお城が俺の目の前に現れる。

 俺の住む町にこんな大きな家があったんだね。どこかのテーマパークのお城みたいだ。


 庭園と呼ぶに相応しい庭を通り抜けお城の前で高級車は停止するとメイドさん達がズラリと並んでお出迎えしてくれる。

 宮部さんがドアを開けトラがエスコートされ次に俺はチャイルドシートのベルトを外され手を差し伸べられるとこれまた優しくエスコートされる。


 何から何までカッコいいなこの人。


 そしてメイドさん達が1列に並んでお辞儀をする前をおどおどと通ると玄関……なのか? 大きなホテルのエントランスホールみたいな場所に案内される。


「心春さん! と梅咲さん今日は来て下さってありがとうございます。歓迎いたしますわ」


 最近服を着せられて説明を受けているから少し詳しくなってきた俺が解説しよう。アイボリーの5部丈ニットワンピースその下に白のプリーツスカートが存在を主張している。足元は黒のブーツ、髪もいつもと違いハーフアップで後ろでネジって束ねているので全く雰囲気が違う。

 学校より落ち着いた大人な感じだ。服装もシンプルでありながら気品溢れるのは育ち由縁か。


 珠理亜がきな子さんと共に現れ歓迎してくれる。

 俺あんまり友達いないけどここまで気軽に遊びに行けない家というのは初めてだな。そんなことを思っていると珠理亜に手を握られ引っ張られる。


「心春さんこちらですわ。あ、梅咲さんも」


 完全にトラはついでだな……まあいいけど。

 俺はぐいぐい手を引っ張りつつ嬉しそうな珠理亜の案内が始まる。



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 次回


『お家はキャッスルなわけで』


 黒塗りの高級車って乗ったことがないんですけど誰か乗ったことありますか?

 いやむしろ所有してるよ! といった話や御意見、感想などありましたらお聞かせ下さい。

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