第13話 地獄の中にも幼馴染みはいるわけで

 トラは大きく深呼吸をしてインターフォンの通話スイッチを押す。


「はい」


「こ、こんにちは。隣の芦刈ですけど。虎雄……くんはいますか?」


「トラは俺ですけど」


「あっ!? お前か。あ、あ~なんだ。と、とりあえず玄関まで来てもらえるか?」


 画面に映る來実は視線を反らして落ち着かない様子をみせている。

 トラは「分かった」と一言伝えると玄関に向かう。


(來実さんなんの用事でしょう? マスターもいませんし喋り過ぎてボロが出ないようにしないといけませんね)


 短い咳払いをして喉の調子を整え玄関を開けると私服の來実が立っていて手には取って付きの小さな箱をが握られている。


 そんな來実の服装は左肩を見せる大きめなフリルのついた白いワンショルのトップスにクラシック加工のスキニーデニムを穿き足は厚底のウエッジソールのサンダルを履いている。

 見た目通りのギャルっぽいファションである。


「來実さん可愛い」


 トラの本音が漏れる。


「お、お前、な、なに言ってんだよ……な、何かさあ、おかしくねえ? お、お前そんな奴だったっけ?」


 しどろもどろになる來実を前にしてトラは來実の指摘に自分達の秘密がバレるのではないかと焦ってしまう。

 そもそも元の虎雄がどんな人かと聞かれればよく分からない。AI時代の記憶だと頼れるカッコいいお兄ちゃんとしか教えられていない。


(どれが正解かなんて分からないですけど、とにかく話をそらさなきゃ。えっと話題は……ん? これ気になるけどマスターらしいのかな? 分かんないですけど気になるから聞いてしまおうっと)


「足の爪……ペディキュア?」


 サンダルの爪先から見える來実の足の爪にペイントされている蒼の夜空に煌めく星を指差すトラ。2人の視線が爪に集まる。


「あ、これか? ネイルシールだけどさ。にしてもお前よく気付くな」


 來実が少し嬉しそうに答える。そしてハッとした顔をして手に持っていた箱を付き出す。勢いよく出され思わずトラは受け取ってしまう。


「この間助けてくれたお礼だ。姉ちゃんに話したらきっちりお礼しろって言われたから持ってきた。その……ありがとよ」


 來実が照れくさそうに頬を人差し指で掻くような仕草をするとチラッとだけトラを見ながらお礼を述べる。


「じゃあ、私はこれで」


「あ、待って」


 トラが帰ろうとする來実の手を握って引き留める。


「お茶でも飲んでいって」


(このまま帰してはマスター、虎雄の名を汚してしまいます。昨日呼んだマナーの本にお客様を玄関先で帰すなど礼儀に反する行為だと書いてました!)


「あ? お茶……うんまあ良いか。あのさ手を離してくれるとその……助かるんだが」


「ああごめん」


 トラに手を離されるとその手をキュッと握りしめて少し口角を上げて玄関を開けて入るトラの後ろに続いて家に入る。


「お邪魔しまーす、何年ぶりだお前の家に入るの」


 來実が家に入るとキョロキョロと廊下を見回す。


「小さい頃に数回位しか来たことないからな。よく覚えてないな。あぁ、ありがと」


 來実がトラの引いた椅子に座ると台所に行くトラを見送る。


「あいつ、あんな感じだったか? でもまあ、助けてくれたときはちょっとなカッコ悪かったけど嬉しかったな……なんてこと言えないけどな」


 そんなことを呟かれてるとも知らずトラが麦茶を慎重に運び來実の前に置くと來実はお礼を言って麦茶を飲みながらキョロキョロと周囲を見回す。


「なあ心春は? あいつと遊ぶ約束もしてるし、ついでに今から遊ぶのも悪くないな」


「心春はお母さんと出掛けてる。俺は留守番」


「ふ~ん」


 ぶっっーーーー!?


 盛大に麦茶を吹き出した來実が噎せながら慌てて立ち上がる。


「ちょっと待て! この家にお前しかいないのか!?」


「そうだけど?」


 不思議そうにするトラに來実が顔を真っ赤にしながら詰め寄ろうとする。


「お、おま、そんな男女が2人きりでそのさ……ほら間違いがあるとかないとかあんな、あいたっ!?」


 テーブルの端に足の小指を打ちよろける來実をトラが支えるが力及ばず一緒によろけて倒れる。


「大丈夫?」


 來実の下敷きになるトラが心配そうに來実を見る。


「あ、ああ悪い、大丈夫だ……」


 來実は体を全てトラに預け背中には手を回されていて支えられている。横を見れば目の前にトラの顔。少しでも顔を動かせば唇が触れそうな位置。


 ボンッと音がするくらい頭上から煙を出す來実がトラの拘束を解こうと激しく動くので、トラは來実が頭を打たないように頭を守るため手を回し強く抱き締めるので更にパニックになる來実。


「あわわわわわわっ!? だ、抱き締めるな! 密着がヤバい! ってち、違う! ちょっと離して! はわっ!?」


「落ち着いて來実さん」


 トラが優しく語りかけ頭を押さえ抱き締めると來実が大人しくなる。少し涙目の來実を優しく微笑んで見るトラが背中をポンポンと優しく叩く。


「立てる?」


「う、うん」


 大人しくゆっくり立ち上がる來実に続いてトラも立ち上がる。


「怪我、してない?」


「あ、ああ大丈夫。お前の方が大丈夫か? 頭打ってないか?」


 來実に言われトラが頭を擦る。


「いたっ」


「おい、怪我してんじゃないのか?」


 痛がったトラを心配して來実が後ろ頭を擦る。


「お前、コブ出来てるぞ。軟膏あるか?」


 來実が慌てて軟膏を持ってきてトラを座らせ頭に塗りはじめる。

 そんな來実を見上げてトラは微笑む。


「ありがとう。來実さん優しいね。そんな來実さん俺は好きだな」


 來実が軟膏を塗る手を止めてワナワナと震え始めると真っ赤な顔を上げてトラの頭をバシバシ叩く


「おま、お前、なに言ってんだ!? から、からうなよ! このやろっ!」


「いたっ! いたい、いたい、いたい來実さん痛い。からかってないですって」


 バシッと最後に1発強めに頭を叩くと來実はフラフラしながら玄関へ向かって行く。


「も、もう帰る……」


 疲れきった顔の來実が廊下の壁にぶつかりながら帰って行くのをトラはオロオロしながらついて行って見送る。


「大丈夫? 來実さん」


 來実はゆっくりと首を横に振ると玄関を出て隣の自分の家まで走って帰って行く。來実の家の玄関がバタンっと音を立てるのを聞いてトラは首を傾げる。


「どうしたんでしょうね。調子悪くなったんでしょうか」


 トラは自分の足の爪を見ると來実の家を見る。


「今度ネイルシールについて聞いてみましょう。私もやってみたいです」


 おしゃれに興味津々なトラはルンルンで家の中に戻る。



 * * *



 來実は玄関にサンダルを脱ぎ捨てて廊下を走る。


「おっ、くるみ。どうだった? 礼言えたか?」


 姉のあずさに声をかけられるが軽く頷いて2階の自分の部屋に駆け込む。


「ん~? ありゃあ。なんかあったな」


 梓は階段の上を見上げると嬉しそうにニヤケる。

 一方來実は部屋に入るとぬいぐるみだらけのベットに飛び込むと大きな胴長な黒猫のぬいぐるみを抱き締めると顔を埋める。


「なんなんだよあいつ……あんな恥ずかしいことサラッと言いやがって」


 來実に更に強く締め付けられる黒猫のぬいぐるみは胴が押し潰され体が反っている。


「なあどうしたら良いと思う? チロル?」


「……」


 ぬいぐるみのチロルは答えないが体を反らし來実に揺さぶられるその口からは「苦しい……」と聞こえてきそうではある。



 * * *



 ──夕方、幸せ満開オーラを放つ母、嘉香と少し疲れた顔の心春が帰ってくる。


「どうでした?」


「後ろを見てみるでしゅ」


 小春が指差す方をトラが辿るととタクシーの運転手さんが玄関に荷物を運ぶのを手伝っているのが見える。


「随分と買ったんですね」


「う、ちょっと調子に乗って、もう少しお洋服見てみたいとか言ってしまったのが失敗でちた。トリャは無事におるしゅ番お留守番出来たみたいでしゅね」


「お疲れ様です。留守番と言えば來実さんが来てこの間のお礼にってケーキくれましたよ」


 トラが走り冷蔵庫の中を開けると白い箱を指差す。


「くりゅみが? 以外と律儀なんでしゅね。おりぇは食べれないからトリャが食べるでしゅ。あーちゅかれた疲れた肉体的には来ないけど精神的に来るでしゅ」


 心春はフラフラとソファーに近付くとそのまま倒れ込む。少し心配になったトラが近付いて覗き込む。


「あれ? 寝てますね」


 トラが心春の頬を突っつくとむにゃむにゃ言いながらトラの手を払いのける。


「ん~強制スリープとかですかね? 一般的なアンドロイドの説明書には載ってませんでしたけどマスターが作ったものは違うんでしょうか。流石マスターです」


 トラは心春にタオルケットをかけて母、嘉香の手伝いに行くのであった。


 ────────────────────────────────────────


 次回

『黒塗りの高級車初乗りなわけで』


 因みに來実のぬいぐるみ『チロル』は前に出てきたファンシーショップで買ったものです。可愛いものが大好きな來実なのですが我が家もぬいぐるみだらけだよ! などの御意見、感想などあればお聞かせ下さい。






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