第11話 思い出ボロボロなわけで

 ──ヤイダ電気


 電気屋さん……なんて甘美な響きなんだろう。俺は電気屋が大好きだ。高校生なので大きなものは買えないが、例えばこの冷蔵庫! 食品を冷やす、凍らせるだけじゃない瞬間冷凍だったり、自動製氷からその自動洗浄、冷蔵庫の中身を認識して献立を考えてくれたり、それからそれから……


「心春ちゃん楽しそうね。電気製品好きなのかしら」


 母さんの声で俺は我に反る。ちょっと調子に乗り過ぎたかもしれない。今の心春ボディーで家電製品好きってのは似合わないのかも。

 中身が俺ってのは知られる可能性も……いや実際どうなんだ? 不味いのか? もし知られた場合……病院に行って実験体として扱われて……政府の秘密機関に、いや他の国からなんか来て拐われるかも!? いやいや、そもそも信じてくれないだろう。

 全然そんなこと考えてなかったけどいやこの場合……えーっと、えーー、あれ? あっ眠気がぁぁ…………


 俺はふらっとよろける。


「心春ちゃん!?」


 一瞬気を失ったような感覚に陥る。気が付けば母さんに支えられていてうっすらと目に映る心配そうな顔。

 母さんの泣きそうな顔に俺が手を伸ばすと優しく握ってくれる。


「大丈夫でしゅよ。お母しゃん」


「本当に? ごめんね心春ちゃんお母さんが引っぱり回したから。人混みも初めてなのに洋服選びとか疲れたわよね。

 気が利かなかったわ。本当にごめんね」


 母さんってこんな顔するんだ。日頃怒ってばっかりだから知らなかった。いや、忘れていただけか……。

 俺は母さんが悲しんでほしくないから簡単に嘘を交えて説明する。


「こはりゅは他のアンドリョイドアンドロイドより小さいでしゅからエネリュギーエネルギー効率がちょっと悪いでしゅ。ちゅまり、ちゅかれた疲れただけでしゅから休めばしゅぐ戻りましゅ」


 母さんはまだ安心はしてなさそうだが少しだけ表情が緩くなった。

 このまま帰ろうと言いそうな勢いなので、ここで帰ると今日の思い出が母さんにとって悪いものになりそうな気がした俺は1つ手を打つことにする。


「お母しゃん。お腹 しゅいて空いてないでしゅか? こはりゅ休憩したいでしゅからご飯食べに行きたいでしゅ。

 お母しゃんと楽しくお話したいでしゅ」


 俺の提案に母さんの顔がパアッと明るくなり涙を流しながら俺を強く抱き締める。


「なんていい子なの!? 心春ちゃんお母さんに気を使ってくれてるんでしょ! 今日このまま帰ったらお母さんが悲しむとか思ったんでしょ。心春ちゃんなんなの? 本当に天使じゃないの!」


 思考が読まれているかのような母さんの解釈に驚く俺だが、それよりも一部始終を見ていた店員さんやお客さんが集まってきていて、いい笑顔で拍手している方がめちゃくちゃ気になる。

 やめて恥ずかしいから。今この心春ボディーだからまだ様になってるけど元の虎雄ボディーに置き換えたらもう見てらんないね俺は。


 そんな俺の思考は読んでもらえず母さんは俺を抱きしめ皆に頭を下げながら「自慢の娘です」と俺を紹介している。

 本当は息子なんですとも言えずこの恥ずかしい空間をなんとか抜け出した俺はため息をつく。

 ため息といっても息してないから「ふう」と自分で言って雰囲気を出しているだけだ。



 * * *



「注目されて恥ずかしかったね」


 と言いつつも笑顔の母さんが俺の手を引いて近くのファミレスに入る。

 頼んだランチのパスタセットがやってくると俺の方を見て謝ってくる。


「なんかごめんね。お母さんだけ食べて」


「気にしなくて良いでしゅよ。こはりゅはお腹しゅきませんから。お母しゃんが美味しく食べてくれるだけで嬉しいでしゅ」


 母さんが素直に謝る姿を見たことなんてないからなんか調子狂うのか日頃なら絶対に言わないようなことが口から出る自分に驚きだ。心春ボディーになって母さんについては知らない一面ばかり見て驚くし俺もなんかおかしい気がする。


 後、お腹は空かないのはアンドロイドなんだから当たり前なんだけど、なんていうか前の体の記憶による習慣みたいなのも無くなったことに驚いてる。お昼になったらお腹が空くみたいな感覚も昔の記憶みたいで思い出せないのだ。


「ねえ、心春ちゃんはトラに作られたんだよね」


 その質問に頷くと母さんは俺の顔をまじまじと見つめてくる。

 うむ……ち、近い。前も言ったけど実の母親アップを見ても嬉しくないし寧ろ煩わしさを感じてしまうが今は我慢だ。


「ど、どうしたでしゅか?」


「う~ん、あのトラが作ってこんな素直で可愛い子が生まれるものかと思ってね」


「あのトラ」ってどんなトラなんだよ。素直な子って中身は「あのトラ」だけど。

 まてよ、この心春ボディーだからこそ母さんの素直な息子への思いを聞けるんじゃないか?

 聞かなくてもいいけど好奇心が勝って聞いてしまう。


「お母しゃん、トリャおにいたんをどう思ってるんでしゅ?」


「トラ? 頭は良いけどオタクで根性なしでエロい奴じゃないかな」


 え? 俺ってそんな感じに思われてんの。


「昔は可愛かったのに段々生意気になってね。ベットの下にやらしい本を隠したり、DVDを女優順に並べてみたりとか気持ち悪いかな」


 あれ? なんで母さんそんな死んだような目で息子のことを語るかな。目の前がボヤけてきたよ。


「最近は無愛想だし。ご飯作ってもね、なんにも言ってくれないしさ。別に美味しいって言ってくなくてもいいから、せめてごちそうさまは欲しいわよね。

 それに本とか読みながらご飯食べる姿見たらなんか冷めちゃうのよね……はっ!?」


 涙を溜め震える俺を見て母さんが慌てる。


「ご、ごめん。ついつい愚痴言っちゃった。心春ちゃんにこんなこと言っちゃダメよね」


 申し訳無さそうな顔で俺に謝ってくる母さんを見て俺は元に戻る方法を探すことともう1つ目標を立てる。 


「お母しゃん、こはりゅ頑張る。おにいたんと一緒にお母しゃんにしゅかれる好かれる自慢のむしゅこ息子を目指すでしゅ」


 母さんが俺のことを言い出したとき少しムッとしたが、よくよく聞けば俺の方が悪いじゃないか……

 母さんにとって最近の俺の思いではボロボロなわけだ。心春になったついでだ、少しはまともになろうって思ったんだ。


 あ、でも本とDVDは悪くない。あれは俺悪くない。


「心春ちゃん」


 目を細めて俺の頭を撫でてくれる母さんの表情はとても優しい。いつ以来の感覚か……ちょっと恥ずかしい。


「最近のトラはなんか変わったけど心春ちゃんのお陰なのかな。ありがとう心春ちゃん」


 そういって俺の頭に手を置く母さんはとても嬉しそうだ。



 ……待てよ。今の状態で頑張って戻ったときのこと考えたら現状維持するって難易度高くないか?


 まあなるようになるか。



 それよりもなんで周りのお客さんが立ち上がって拍手してんの? そもそも会話聞いてたの? なんかいい話だな~みたいなこと言ってるけど本当に分かってる? 雰囲気だけでしょ。


 恥ずかしいが母さんが喜んでいるから良しとするか。後はトラにお土産でも買って帰ろう。


 今日は母さんにとって楽しい思い出になってれば良いなって思いながら頭を撫でられるのが懐かしくて、嬉しくてそしてくすぐったかった。



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 次回


『お留守番はホラーなわけで』


 虎雄くんは意外に几帳面。例のブツ以外も本の高さ順、五十音順に並べてみたりする子です。

 もっと拘りある並べ方してるよ、などの御意見、感想などあればお聞かせ下さい。

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