第10話 お母さんとお買い物行くわけで

 ついにやって来た土曜日。俺は母さんと2人で出かける為、必然的にトラは留守番なわけだ。


「トリャ大丈夫でしゅか? 変な人が来ても家に入れちゃダメでしゅ」


「はい大丈夫ですよ。私初めてのお留守番なんで楽しみなんです。任せてください」


 見た目16歳の男が自慢気に初めての留守番を任せろと宣言するこの姿。

 実に頼りない。不安だ。

 険しい顔の俺とニコニコ笑顔のトラが向き合うこの状況を崩したのは下からの母さんの俺を呼ぶ声。


「マスター、お母さんが呼んでいますよ。ほら」


 なんだかテンションの高いトラに背中を押され階段を下りるとそこにはこれまたテンションの高い母さんが服を並べ立っているわけで……


 はい、お着替え完了です。


 上から黒いリボンのカンカン帽に黒のタンクトップの上にショート丈の白のカーディガン。下はベージュのロング丈のチュールスカートに茶色のサンダル。

 おっと忘れるところだった、最近俺の体の一部になりかけているねこさんのヘアークリップは帽子のリボンのところにお引っ越し中だ。


 今日は記念すべきレギンス無しでの初スカートでのお外デビューですよ。なんか心もとない。取り敢えず姿見で自分の姿を確認する。


 あら可愛い♪


 試しにぴょんぴょん飛んでみるとスカートがふんわり揺らぐ。


 おお! なんか新鮮だ。


 そんな俺を母さんが激写している。


 それにしても女の人の服ってこうして見ると面白い。デザインや色、鞄やアクセサリー、化粧まで考えると無限に組み合わせがあるんじゃないかと思えてくる。

 なんかこういうのは男より女の人の方が楽しそうだよな。

 俺はスカートの両端を摘まみ持上げて手を離すとふわっと元の形に戻るのを見て鏡の前でニッコリ微笑んでみる。


 おお! めちゃくちゃ可愛い……って俺は何をやってんだ!?

 心春ボディーになって1週間、こんなに馴染んでどうするよ。


「心春ちゃんこの服気に入ってくれた? 今日はいーぱいお洋服買うから楽しみにしててね」


「は、はいでしゅ」


 母さんの満面の笑みを前にして本当は行きたくないと言えない俺は頷くしかなかった。



 * * *



 ──デパート七越ななこし


 老舗の百貨店だがかなり久々に来た気がする。というか母さん子供服なんだしそんなブランドに拘らなくても良いと思うのですが。

 老舗百貨店の空気に圧される俺は母さんと繋ぐ手をぎゅっと握ってしまう。


「心春ちゃんはこんなに人が多いところ初めてだもんね。お母さんと手を繋いでいれば大丈夫よ」


「う、うん」


 母さんに優しく言われ素直に頷いてしまう。なんだこのむず痒い恥ずかしい感じ……でも懐かしい。


「さてさて、どこから行きましょうかね」


 私ワクワクしてきたぜ! とでも言いそうな表情の母さんが俺の手を引いて早速1つのテナントに入る。

 母さんが俺を引く手は力強く握ってるけど優しくて暖かい。

 そんなことを思っていると俺は姿見の前に立たされ母さんが見繕った服をあててはぶつぶつ言いながら熱心に服を選んでいる。


 そんな熱い客を見逃す訳もなく店員さんが風のように現れアドバイスしながら色々な服を進めてくる。

 もはやなすがままの俺は2人の間で思考を止めて時間が過ぎるのを待つ作戦に出る。


「──でどう? これ似合うと思うんだけど」


 意識を飛ばし気絶状態の俺は突然、感想を求められ意識を戻す。


 この世に気絶して意識を取り戻した瞬間に「この服あなたに似合ってると思うんだけどどう?」って聞かれて答えれる人が果たして何人いるだろうか。

 俺は母さんが手に持っている服を穴が開くほど見つめ最適解を求める。


「え、えとでしゅね……しゅき好き。こはりゅ、お母しゃんの選んでくれたお洋服しゅき!」


「まあ」


 店員さんが頬を赤らめ愛おしい目で俺を見てくる。母さんは……ふ、震えている?


「っしゃあ!!!」


「!?」


 母さんがガッツポーズをして喜びを全身で表現する。


「俄然やる気出てきたわ! 店員さん試着室借りてもいいかしら? それと覚悟出来てるわね?」


「ええ勿論です。応援呼んできますので少々お待ちいただけますか」


 母さんと店員さんの目がキラリと光ると息ピッタリに動き始める。更に追加された2人の店員さんを含め4人に取っ替え引っ替え服を着せられ俺は再び思考停止をすることとなるわけだ。


「合計183,460円です。それとこちらの2着は私からのサービスです」


「あらあら、いいんですか?」


「ええ、可愛いお嬢様への私からのせめてもの気持ちです」


 そう言って胸を張る店員さんの名札に光る店長の文字。今更だがこの人は店長の渡辺さんらしい。

 渡辺店長にサービスまでされニコニコの母さんは気前よくお金を払うと渡辺店長に何度もお礼を言って上機嫌でテナントを出る。


「さあ、次はどのお店に行きましょう」


「え?」


「心春ちゃん疲れた?」


「大丈夫でしゅけどその……お金は大丈夫でしゅか?」


 1軒目で18万円も使った後に次行こうって普通に不安になるのは当たり前だろ。何せ「家は貧乏だからお金ないの」って口癖のように言って「お腹空いた」って言う俺に茄子を投げつけ「それでも食ってろ」って言う母さんが18万円も出してまだ服を買うなんて信じれるわけないだろ。


 まあお陰で茄子好きになったけどさ。


「まあ! 心春ちゃんは我が家の家計まで心配してくれるのね。トラなんか金くれ、金くれってうるさいのになんて良い子なんでしょ」


 あ、いや、あなたが金くれって言うその息子が心配してるんだけど……まあ伝わんないだろうけどさ。


「大丈夫心配しなくてもいいわ。うちはお金持ちだから」


 あれ? どういうこと? 混乱する俺に母さんは言う。


「男どもに実家でとれた茄子ときゅうりを食べさせて貯めたお金がたんまりあるからねっ♪ 大体さ麻婆茄子まーぼーなす茄子麻婆なすまーぼーって言って2日連続で出しても気付かない連中にお金かけて食わせる必要はないのよ」


 可愛くウインクしてるけど息子には効かないぞ。それに「ねっ♪」じゃねえよ。食卓に茄子ときゅうりばっか出ると思ったらお金貯めてたわけか。単身赴任中の父さんは知っているのか?


 後さ『麻婆茄子』と『茄子麻婆』って一緒のものなの? 茄子<豆腐で『麻婆茄子』、茄子>豆腐で『茄子麻婆』だと思ってた。

 あれ? 訳が分からなくなってきたぞ。

 混乱する俺に母さんが手を繋いでくる。


「次は電気屋さんに行ってカメラを買うけど心春ちゃん電気屋さん好き?」


 電気屋と聞いてテンションの上がる俺の答えはもちろん


「しゅき!!」



 ────────────────────────────────────────


 次回


『思い出ボロボロなわけで』


 心春は可愛いので「しゅき好き」で対応出来ますが、リアル恋人に対し「好き」だけで乗り切れる確率はどれくらいでしょうか?

 統計とったよ! などのご意見、感想等ありましたらお聞かせ下さい。


 ……個人的に気になりますねぇ。

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