第9話 お嬢様のお家にお招きされるわけで

 授業終了のチャイムが鳴る、今日の授業はこれで全て終わりだ。


「やっと終わったでしゅ。トリャは真面目に授業受けてましゅけど、どうでしゅ?」


「面白い。文字だけで得る知識と違って生の人から伝承されるのは趣深さがある」


 伝承? トラは授業をそんな感じで受けているのか? なんか凄いこと言うなこの男。


 対して俺は何も聞いていない。基本サポーターってのは授業中暇である。その上俺の頭は一気に詰め込んだり難しいことを考えると思考がフリーズしかけ眠くなるので授業はかなり辛いのだ。

 唯一の救いはサポーターは寝ても怒られないってことだ。3時間目のときなんて、うとうとしてたら生物の先生が薄い毛布かけてくれたし。

 アンドロイドだから毛布とか無くても風邪は引かないんだけど人の好意はありがたく受け取っておこう。


「あら? 梅咲さんは可愛い字を書かれるのですね?」


 背後から突然声をかけられ振り返ると珠理亜ときな子さんがそこには立っていて、トラの書いたノートを興味深そうに見ている。


「しかもかなり丁寧に分かりやすくまとめてますわ。前は授業中ずっと寝てて注意すれば成績良いからほっとけって言ってましたのに」


 ぐはっ! 俺そんな嫌な奴だったっけ?

 なんか心が痛むので胸を押さえていると珠理亜が心配そうに覗き込んでくる。


「心春さん、どこか調子悪いんですの?」


 心配そうな表情で俺を見る珠理亜。てかこいつ、いつも怒ってたから意識して見たことなかったけどかなり美人なんだな。ちょっとドキドキする。


「大丈夫でしゅよ。心配してくれてありがとうでしゅ」


「そう? 無理をなさらないようにしてくださいね。梅咲さんもよく心春さんを見てあげてください」


 ビシッとトラに指差す珠理亜は素直に頷き「分かった」と言うトラを見て目を丸くして驚く。


「梅咲さん何か変わりましたわね。心春さんのお陰でしょうか」


 俺を見て納得したような顔をしているが皆俺を買いかぶり過ぎじゃないか。正直俺は何にもしてないからな。ただ入れ替わっただけだ。


「そうでしたわ。心春さん今週の日曜日、ご予定ありますかしら? 後、梅咲さんも」


「予定? ないでしゅよ」


 特に予定はない俺が答えるとトラも頷いている。その様子を見て珠理亜が安堵の表情を見せる。

 さっきも言ったけど珠理亜を怖い奴としか見てなかったからこんな表情もしていたんだと新たな発見に少し感動してしまう。


「でしたら今度の日曜日わたくしの家に御二人をご招待したいのですが、来ていただけませんか?」


 昨日家に招くとか言ってたけど、昨日の今日でもう誘ってくるとか気が早いな。

 だが正直今の俺には元に戻る方法が全く思い付かない。データを入れていたパソコンも壊れ肝心の俺はすぐに思考停止する。

 ならばトラにアンドロイドに触れさせ理解を深めるいい機会になるかもしれない。


「トリャ、日曜日に予定はないでしゅ。ここは珠理亜のお誘いを受けてはどうでしゅか?」


「ああ。俺も行ってみたい」


 サポーターらしく下手に出つつトラに決定を委ねる。その流れにトラもしっかりのってくる。完璧だ!


「良かったですわ。お昼も御一緒出来ればと思ってますがいかがでしょう?」


 断る理由のない俺らがOKを出すと珠理亜は嬉しそうな笑顔をみせる。


「それでは今週の日曜日10時半に梅咲さんの自宅に迎えを寄越しますので。また金曜日にでも改めてお伝えしますわ」


 珠理亜がくるっと振り返り去っていく。きな子さんが俺たちにお辞儀をして珠理亜の後を追いかけて行くのを見送る。



 * * *



 その日の夕方、俺の部屋のパソコンでトラに珠理亜の実家であるAMEMIYAグループのホームページを見せる。

 トラは既にパソコンの簡単な操作なら出来るようになっているから驚きだ。この調子なら元に戻る方法も見つけてくれるかもしれない。そんな期待も込めてAMEMIYAグループがいかに凄い企業なのかを説明する。


「ふえ~かなり大きな会社なんですね。そういえば珠理亜さんと一緒にいるきな子さんはAMEMIYAの最新型なんですか?」


「きな子しゃんは2世代前の型だったはずでしゅ」


「大企業の娘さんなのに最新型ではないんですか?」


 俺の答えに不思議そうな顔をするトラ。こいつは知識を得て吸収するのは得意だが、人の感情への理解はまだ得意ではないようなので教えておこう。


「直接聞いたわけじゃないでしゅから断言は出来ましぇんけど、珠理亜がきなこしゃんを気に入っている、つまりしゅき好きということでしゅ」


「はあ、なるほど。その辺りの感情って難しいですよね。もっと勉強します」


 何事にも勉強熱心なトラが気合を入れて俺に訴えていると下から母さんが夕食が出来たことを知らせてくる。

 トコトコと下に降り食卓につくトラと俺。


 トラは食というものに触れられるが嬉しいらしく食事の時間がお気に入りだ。

 対して俺はこの体になって食への興味が薄くなった。食べることが出来ないから興味無い方が良いんだけどなんか寂しいものがあるのも事実だ。


 食べることが出来なくても食卓にはついて主に母さんの話し相手をしている。因みに本日から食事後に食洗機に食器を並べるというお手伝いをすることになっている。

 本当は嫌だがこの家に置いてもらうためにはやらねばなるまい。

 働かざる者食うべからずだ! 食べないけど。


「心春ちゃん学校は慣れた? みんな優しくしてくれる?」


「はい、みんな優しくしてくれましゅ」


 母さんは俺の答えに目を細めてうんうんと嬉しそうに頷く。


「お母しゃん今週の日曜日、珠理亜のお家に招かれたのでしゅ。お迎えが来るそうでしゅのでトリャと行ってきましゅ」


「珠理亜?」


 話の見えない母さんに珠理亜の実家がAMEMIYAグループでそのお嬢様であることを説明するとなにやら考え始める。


「心春ちゃん今度の土曜日お母さんとお出掛けしましょう。勿論2人で♪」


「え?」


「お嬢様のご自宅に招待されたならそれなりの格好をしなきゃ。丁度心春ちゃんのお洋服買いたいなあって思ってたのよ。

 それにね写真もちゃんと撮りたいからカメラも新調しようかなって思ってたの♪」


 すでに俺と洋服を買いに行く気でいる母さんは鼻歌を歌いながら上機嫌である。トラの方を見るとおかずのヒレカツを美味しそうに食べていて話は聞いてなさそうだ。


 あんまり気は乗らないがここは行くしかないのか……母さんの勢いに押しきられた俺は土曜日に向け覚悟を決める。


 夕食後、可愛いネコの絵が描いてあるエプロンを着た俺はビルトインの食洗機に踏み台を使って食器を入れる。

 つま先立ちの俺にエールを送りながら写真を撮る母さん。


 これさ、俺全然役に立ってないだろ。


 そんなことを思いながら早く終わらせたい一心で必死に手を伸ばしう~んう~ん唸りながらながら食器を並べていくのに比例して、母さんのシャッター音と甘美なため息が増えていくのだった。



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 次回


『お母さんとお買い物行くわけで』


 ビルトイン食洗機に体重かけると壊れるよ。などの御意見、感想等あればお聞かせ下さい。

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