第7話 家の隣には幼馴染みがいるわけで

 放課後の校庭をボンヤリ眺めるトラが俺に気付くと笑顔で手を振りながら走ってくる。

 まだ3日目だから仕方ないけどこいつすぐ素に戻るよな。


「マスター終わりました?」


「言葉じゅかい戻ってましゅ、そりぇにマシュターはトリャでおりぇ……わたちじゃないでしゅ」


「あ~! マスターも間違えましたね。仲間、仲間♪」


 調子に乗るトラに一瞬イラッとするがお互い不慣れだし、一緒に頑張るしかないよなと思い文句を飲み込む。

 俺が歩きだすのでトラも並んで歩き始める。


「そう言えば珠理亜が今度、わたち達を家に招待ちたいって言ってたでしゅ。トリャは今後の為にも行った方が良いからオッケーちておいたでしゅ」


「珠理亜?」


 ああ、なるほどそっからか。俺は教室で言い争っていた2人の事から説明する。


「2時間目が終わった後に喧嘩していたアンドロイドを連れてた人が珠理亜さんですね。覚えました。でも今後の為とはなんです?」


「珠理亜はアンドリョイドを製造する会社のお嬢しゃまなのでしゅ。つまりトリャの知識や見聞を広めるチャンスかもちれないのでしゅよ」


 分かった様な分からないような表情をするトラ。


「でも面白そうだから行ってみたいです」


 その一言で珠理亜の家へ行くことが決定する。後はお呼ばれを待つだけとなるわけだ。


 にしてもトラの奴いい笑顔をする。元々俺の体だけどあんなに爽やかに笑ったことあったっけ? あいつと俺使ってる表情筋が違うのか?

 そんなことを考えながら校門を出てしばらく歩くと何処からか女の人が怒鳴るような甲高い声が聞こえてくる。


 興味本意もあって声のする方に近付くと公園の隣にある小さな林にガタイのいい男と髪がピンク色の女の2人組みが1人の金髪の女に絡んでいた。


 ってあれは……


「マスター、あの人! お隣さんの來実さんですよね?」


「う、うんそうでしゅ……」


「助けにいかなくていいんですか?」


 トラにそう言われるが今の俺にどうしろと……いや元の俺でもどうしようもない。胃もないのにキリキリする感じをお腹に感じながら成り行きを見守る。


「コイツさ生意気なの。わたしのことバカにしてさあー」


「お前が駅の階段に座り込んでくっちゃべってるから邪魔だって言ったんだろ! 意味が分からんって言うからお前はバカかって言っただけだろ!!」


 來実とピンクの髪の女2人が言い合いする声が聞こえてくる。


「ほらーまたバカって言った。ねえ~たっ君コイツ、シメてよ~」


「ミミをバカにする奴は許せねえな。任せとけ」


 ミミと呼ばれた女がたっ君に甘ったるい声を出して來実をシメるようにお願いするとたっ君も良いとこ見せようとやる気になったのか來実の胸ぐらを掴む。

 体格差もかなりあり抵抗出来ない來実が顔を一瞬歪めるが、それでもたっ君を睨み付ける。


「ムカつく目だ。その生意気な口をきけなくしてやるぜ!」


 男が拳を振り上げると來実も覚悟を決めたのか目をギュッとつぶる。


 大振りな拳が頬にめり込むと大きく体が吹き飛ばされ地面に転がる。


「うぎゃあああ!! 痛い!! めちゃくちゃ痛いーー!?」


 そして響き渡る悲鳴……? あれどっかで聞いたことのある声。よく見ると地面で頬を押さえ喚いているトラがゴロゴロ転がっている。

 

 突然の乱入に3人が呆然としている。


「なんだお前。この女の男か? 邪魔するならやっちまうぞ、コラ!!」


 たっ君がトラの胸ぐらを掴み無理矢理起こすとすごい剣幕で怒鳴り後ろへ突き飛ばす。たっ君どんだけ力強いんだよと思いながらこの状況をどう打開するかメモリー不足で眠くなる頭をフル回転させ必死に考える。


 大人を呼べば……でもこの足じゃスピードは出ないしここはあまり人通りもないから通りすがりの人を期待も出来ない。

 警察が来たと嘘をつくのもこの体だと微妙に説得力がない。お母さんじゃなくて警察を呼ぶ幼女がいるものか……

 考えてる間に殴られたトラが立ち上がり來実を庇うように前に立つ。ダメージが大きいのか足はガクガクしている。


「人を叩くのはよくない……」


「はあ? お前なに言ってんの?」


 たっ君の拳がトラの腹にめり込むとお腹を押さえ倒れ込む。


「おい! こいつは関係ねえ。シメるのは私だろ! 殴るなら私を殴れよ」


 來実が怒鳴るのを見てたっ君とミミは楽しそうに笑う。


「やっぱあんたの男なんじゃん、そんな必死になってさ」


「こんなナヨナヨしたのが好みとか終わってんなお前」


「まちゅでしゅ!」


 笑う2人の前に俺は立つ。結局打開策なんて思い付かなかった。もう一か八かこいつらの情に訴えるしかない。

 小さな乱入者に驚きを隠せない、たっ君とミミ。これは……いけるか?


「おにいたんをいじめちゃダメでしゅ!」


 俺は涙目で必死に叫ぶ。無言の2人は俺をしばらく見ていたがたっ君がミミの肩をポンと叩く。


「帰ろうぜ。なんか冷めたわ」


「だね。アイツの男ボコれてアイツの必死な顔見れたからスッキリしたし」


 2人が去っていくのを見て俺はペタンと座り込む。


「おい! 虎雄大丈夫か?」


 來実がトラに駆け寄り心配そうに顔を覗き込んでいる。


「うぅ、痛い、ものすごく痛い……」


「よええ癖になんで出てきてんだよ」


 頬を押さえ涙目のトラは心配そうに寄り添う來実を見ると痛みで顔を歪めながらもニッコリ笑う。


「來実さんに怪我なくて良かったぁ」


「はああああぁぁぁぁ!?」


 來実がビックリするくらい後退る。


「お、おま、お前殴られて頭おかしくなったんじゃねえか?」


 少し顔を赤くして悪態をつく來実にトラは上半身を起こし爽やかな笑顔を見せる。


「來実さん可愛いくて綺麗だから怪我したら大変だ。俺は來実さんが……好きだから悲しい」

【翻訳】

『來実さん可愛いですし、お肌も綺麗なんですから怪我したら大変です。そんな美肌な來実さんが私は羨ましい……あっ、えっと好きだから怪我して傷付いた姿を見たら悲しいです』


 俺には見える! 顔を赤らめる來実の頭から煙のようなものが上がっているのを。

 この恋愛(ゲーム)マスターである俺、185人の美少女を落としてきた俺には分かる。

 今トラは小さいフラグを來実に突き刺したのが見えるぞ!?

 來実攻略ルートへ入る分岐点を選んだ気がする……。


「トリャ! なに恥ずかしいことをしゃらっと言ってるんでしゅ!」


「え? 本心を言っただけだけど」


 俺がトラに文句を言うが逆効果になる。トラの発言に益々顔を赤くする來実。というか來実も日頃オラオラ系なのに少し誉められたら顔を赤らめて乙女みたいな顔しやがって。


「とりあえじゅ、トリャの手当てをしゅるのが先でしゅ」


 俺の発言で來実が我に返りトラに手を差し出す。


「ほら、手貸してやるから。立てるか?」


「あ、ありがとう」


 顔を背け恥ずかしそうにする來実に笑顔で手を差し出すトラ。

 なんでこいつら勝手にラブコメ始めてんの? いっとくけどそれ俺の体だからね。


 フラフラするトラに恥ずかしそうに肩を貸す來実。その後ろをトコトコ歩く俺。

 なんか俺お邪魔虫じゃね? この空間に居づらいんだけど……。

 文句の1つも言えないこの空気なんなんだ。


 因みに家に帰ったら母さんが顔の腫れた息子と來実を見て驚いていたが一部始終を話すと何故か嬉しそうにしていた。

 申し訳なさそうに何度も謝る來実が帰るとルンルンの母さんは実家に電話をしていた。


 相手はじいちゃんだろうがろくでもないこと話してるな多分。

 じいちゃんが絡むとロクなことがないんだよな。

 

 そんな母さんを横目に俺はトラが立てたかもしれないフラグをどうしようか眠気と戦いながら悩むのであった。



────────────────────────────────────────


次回


『なんか幼馴染みがデレをみせ始めたわけで』


185人の美少女? そんなんで恋愛マスターを名乗るなよ! 自分はもっと落としたぜ! などの御意見、感想等あればお聞かせ下さい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る