6月~7月 ~新たな門出~

第6話  クラスメイトにはお嬢様がいるわけで

 2時間目が終わり休み時間になったとき教室の扉が開くと來実が眠そうにあくびをしながら入ってくる。

 丁度テラ先の数学の授業だったのですれ違い様に小言を言われ適当に返事する來実の姿はお馴染みの光景だ。

 ダルそうに席につき鞄を机の上に投げる。皆が引いている中1人の女子生徒が近づく。


「芦刈さんもう2時間目終わりましたわよ。遅刻が多いと留年もあり得ますのよ。もう少し真面目に学校に来てはいかがでしょうか?」


 來実に対して臆することなく言い放つ気の強そうな女子、名前を雨宮あめみや 珠理亜じゅりあ 実は日本のアンドロイド製造の大手メーカー『AMEMIYA』の社長令嬢なのだ。バリバリのお嬢様でこのクラスの学級委員長を勤めるリーダー的存在である。

 お嬢様と言っても金髪巻き毛で、高飛車な笑い方なんてのはしない。育ちの良い清楚な感じだ。語尾はちょっとおかしいけどな。

 彼女の後ろにはメイド姿の人型アンドロイドの『きな子』さんが付き添い立っている。とても美人さんである。

 正義感の強い珠理亜は時々來実に注意して2人が言い合いをするこれまた見慣れた光景である。


「ああ明日から頑張るよ」


「あなたはいつもそうやって適当な返事をされますが、いつになればあなたの言う明日が来るのでしょうか?」


「なんだぁ? お前喧嘩売ってんのか」


「あなたに喧嘩を売る価値もありませんわ。迷惑だと真実をお伝えしているだけですの」


 そういつもの見慣れた……あれ? なんか違う。

 來実が立ち上がり珠理亜を睨みつけると椅子を蹴り、掴みかからんばかりの勢いをみせる。そんな來実に対して余裕の笑みを見せ堂々と立つ珠理亜。

 いつもと違う雰囲気にクラスがざわめき始め先生を呼んだ方がいいのではないかと言った声が聞こえ始める。

 トラは! ……この一触即発の雰囲気に飲まれ口を手で押さえ乙女みたいな顔で怯えている。こいつは使えない。


「珠理亜お前、前からうるせえんだよ! 大体なあぁ……あ?」


 怒鳴り出した來実だが俺と目が合うと途中で止めてしまう。

 その來実の視線に気付いた珠理亜が俺を見て來実を再び見ると不思議そうな顔をしている。


 これは場を収めるチャンスではなかろうか。俺は意を決して來実の元にトコトコと歩くとちょこんとお辞儀をする。


「くりゅみ、ネコしゃんありがとうでしゅ」


 そう言って頭につけている白ネコのヘアークリップを見せる。目が激しく泳ぐ來実が黙っているので更にお礼を言ってみる。


「ねこしゃん、こはりゅのお気に入りでしゅ。くりゅみがつけてくれて嬉しかったでしゅ」


 そして今の俺が出来る最高の笑顔を贈る。目が魚のように泳ぎまくり汗をだらだらかき始める來実。


「お、おう……良かった。うん良かったな」


 それだけ言って來実は珠理亜から顔を背けると乱暴に椅子に座る。

 珠理亜は未だ訳が分からないと言った表情だが俺を見ると優しく微笑んでくれる。後ろにいるきな子さんが深々とお辞儀をする。


 特になにもしていないが場を収めることには成功したようだ。かいてもいない汗を拭うと再びクラスの女子に囲まれモミクチャにされる。


「凄いよ心春ちゃん! 挨拶しただけで喧嘩を止めたよ!」


「この子やっぱ天使! 間違いないって」


「だね、おぉ! 頬っぺた柔らかい!」


「本当に!? 私も触りたーーい」


 もう好きにしてくれって感じで身を任せていると教室の扉が開き英語の先生が入ってくる。皆がサッと席につくので解放され俺はフラフラしながら席に戻る。


 英語の担当、谷杉一樹たにすぎかずきに俺のことを突っ込まれ授業が始まる。

 授業中のトラは真剣そのものだ。ネットで得る知識とは違って面白いらしい。よくは分からないがトラが賢くなるのは良いことなので嬉しい限りだ。



 * * *



 放課後職員室にテラ先から手続きの書類をもらい説明を一通り受ける。


「その心春だったか。その……なんで子供なんだ?」


「あ、えっと趣味で……」


「わーー! わーー! しぇんしぇ! わたちは妹型アンドロイドでしゅ。無気力で頼りないむしゅこ息子むしゅめをやる気にしゃしぇる為にかいはちゅ開発しゃれたのでしゅ」


 トラが妹から「おにいたん」と呼ばれたいという俺の願望をバラそうとするのを遮って適当でもっともらしい嘘を並べる。

 テラ先は俺を見てトラを見ると納得したように頷く。


「なるほどな。言われてみれば今日の梅咲なんか落ち着いてるし授業も真剣に聞いていたな。いつもなら成績良いから聞かなくていいやって感じで寝てたし。

 何より目が綺麗だ。純粋というかいつもの濁って欲望に満ちた犯罪はギリギリのラインで犯しますって目じゃないもんな」


 おい! 先公! 俺をどんな目で見てやがった。なんだ犯罪ギリギリ狙ってるぜ! って目はどんな目だよ。

 納得してうんうんと頷くテラ先に飛び掛かりそうな俺の手をトラが握って職員室から出る姿を見て、更に嬉しそうに頷くテラ先を後にする。


「も~マスター怒ってはダメです。サポーターの審査通りませんよ」


 トラが貰った書類の一文を見せる。サポーターに相応しく無いものとしてそこには「他人や公共物に危害を加える性格、形状をしていないこと」そう書いてあった。


「むむむむ」


 反論の出来ない俺を見て少し安堵の表情を見せるトラ。こいつなりに考えて俺を守ろうとしてくれたってことか。一応感謝しないとな。


「梅咲さんと心春さん、ちょっとよろしいかしら?」


 突然の声に振り替えると俺たちの前に珠理亜がきな子さんを後ろに控えさせ、いつもの堂々たる振る舞いで腕を組み立っていた。


「ああ、いいよ」


 トラが短く返事をする。その事に少し訝しげな表情をする。先週の金曜日までは犯罪者ギリギリの目をしてた俺の雰囲気が変わった事に戸惑っているのだろう。まあ無理もない、中身が変わったのだから。


「梅咲さん。少しだけ心春さんとお話をさせて頂けませんか? そして勝手なお願いなのですが心春さんからわたくしとの会話の内容を聞かない事を約束して欲しいのですが」


 俺が小さく頷くとトラも頷く。


「分かった。約束する」


 トラの態度に珠理亜はやはり慣れないといった感じの表情で俺に手招きをすると優雅に先頭を歩き始めるので、俺はトラに待っているように伝えついていく。


 珠理亜、俺、きな子さんの順で廊下を歩くと空き教室に連れてこられる。珠理亜がきな子さんに入り口で待機するように伝え俺と珠理亜2人で中に入る。


 2人きりになった途端、突然俺の両肩をガシッと捕まれる。


 あれ? なんかやばくね? 掴んだ手が震えてるし。

 そう言えばこいつの実家はアンドロイド製造の大手『AMEMIYA』だったな。

 俺が作った心春ボディーに目をつけたか……いやまてこの体にはAMEMIYA製のパーツも使用してたはずだ。まさかそれに気付いた!?

 権利の主張か? 訴えられるのか?

 そして俺は回収され解体コースじゃねえか!?

 怯える俺をぎこちなく引き寄せる珠理亜。その顔は半泣きだ。正直意味が分からない。そして俺は恐怖心でいっぱいだ。


 俺を引き寄せたもののそこからどうしていいか戸惑っている感じの珠理亜に恐る恐る、なるべく刺激しないように話しかける。


「どうしたでしゅか? こはりゅで良ければお話してくだしゃい」


 珠理亜は自分に言い聞かせるように何度か頷くと俺の肩からそっと手を離すと深々とお辞儀をする。


「今日はありがとうございました。心春さんのお陰で助かりましたわ」


「えっと……何がでしゅか?」


 珠理亜が戸惑う俺に目を見開くと優しく微笑みながら目に溜まった涙を拭う。


「わたくしの為に惚けなくても良いのですよ。今日來実さんとの争いを止めてくれたお礼ですわ」


「くりゅみに挨拶をしただけで、べちゅに何もしてましぇんよ」


 珠理亜は首を大きく横に振る。


「いいえ、來実さんに怯えるわたくしを見透かして助けてくれたのでしょう? その後もわたくしの事をさげすむこともない。心春さんは天使の様な方ですわ」


 なんか過大評価し過ぎじゃないか? そもそもこいつ、いつもあんなに堂々としてて内心ビクビクしてたのかよ。

 俺も授業中寝てたら注意されてマジこえーって思ってたのに意外だ。


「そうですわ。お礼にわたくしの家に招待させて下さいませんか?」


 良いこと思い付いたって感じで手を叩く珠理亜が目を輝かせる。

 えーめんどくさいな俺は元の体に戻る方法を探すのに忙しいのだが……いや待てよ、こいつの家はアンドロイド製造AMEMIYAだよな。

 トラの今後の経験や知識に役立つかも知れない。


「あ、あのーマシュターのトリャと一緒なら大丈夫でしゅけど」


「ええ勿論大丈夫ですわ! マスターと一緒に行動するのはサポーターとして当然ですから。では、予定が決まりましたらお伝えしますわね」


 珠理亜が俺の手を握り目を輝かせ嬉しそうな顔をして喜ぶ。

 スキップでもしそうな勢いで教室を出ると、廊下に座っていたきな子さんに報告している。珠理亜が座るきな子さんに手を差し伸べ立たせると2人が俺の元にやってくる。

 そしてきな子さんが深々とお辞儀をして珠理亜がぎこちなく手を振って去っていく。


 学級委員長、珠理亜の意外な一面を見た俺はトラの元へ戻る為トコトコ廊下を歩く。


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 次回


『家の隣には幼馴染みがいるわけで』


 心春の舌足らずな喋り方の台詞が読みにくいんだ! 等の御意見、感想があればお聞かせ下さい。

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