第2話 心春は可愛いわけで

「まずは、お洋服着ましょうね。う~ん、これなんかどうかしら?」


 母さんが着せてくれる幼児用の下着と、ダボッとしたブラウス(白)にサロペットスカート(黒)

 生まれて初めて穿くスカート、落ち着かないがネグリジェよりはましである。スカートと行っても遠目には、ズボンに見えないこともない。

 待てよ、なんで女の子の服や下着を持ってるんだ? 家は一人っ子で男の俺しかいないぞ。


「お母しゃん、なんでシュカート持ってるんでしゅ?」


「女の子が欲しかったからよ。こんな日の為にお洋服買っておいたのよ。うん、やっぱり心春ちゃん可愛いから似合うわね」


 なんだよこんな日って。ていうか俺が誕生日に妹欲しいって言ったら怒ってたのにさ。母さんも女の子欲しかったんじゃん。

 ってこのまま流れに身を任せるわけにはいかない! 母さんに正体を明かして、理解者を増やした方が良いかもしれん。


「お母しゃん、実はおりぇ、アンドリョイドで、なか身は──」


「ああいいわよ、分かってる。トラが作ったアンドロイドだって言いたい訳でしょ。そこは腐っても母親よ。トラが自分の欲望に任せて幼女型アンドロイドを作った、ということでしょ」


 おお! なんだかんでも母親だ。という言葉を除けば完璧だ。これなら話は早い。


「それで欲望のリミットが外れて、心春ちゃんを襲おうとした。完璧でしょ。

 大体ね、我が息子ながら女の子を見るときの目がやらしいの。お父さんそっくり! 

 それにさ、頭は良いんだけど女の子の前で緊張して、早口で自分の知ってる事を一方的に話すのよ。女の子の完全に引いてるのも気付かず、ペラペラと話して満足するのよ。

 それから、それから──」


 やめて母さん。そんな鋭い言葉で息子を攻撃するのは。息子のHPは既にゼロつまり既に死んでいますよ。


 ああ涙が出てきた……


 じんわりと目に涙がたまる。心春ボディにはこんな機能も装備されているが、まさか自分の母親から泣かされて使うとは想定していなかった。

 涙ぐむ俺を見て母さんが慌てて近付き、力強く抱き締めてくれる。


「怖かったねえ、アンドロイドといっても女の子だもんね。変態に襲われそうになったんだものね。よしよし、もう大丈夫よ」


 貴方が変態とのたまう男はここにいますけどね。もう母さんに正体を明かすのは止めておこう。

 それより2階の俺の体が心配だ。どうにかしてここを脱け出さねば。


「お、お母しゃん、おりぇ……」


「そうそう、さっきから気になってたんだけど、一人称『俺』はダメよ。

 心春ちゃん可愛いんだから『わたし』か『心春』にしなさい。ほら、言ってみて」


「わたち……こはりゅ」


「はーーい決定! 心春で決定! 舌足らずな感じが可愛いわ。母性本能くすぐるわね」


 俺の一人称が勝手に決定される。そういや今気付いたけど、何で母さんはこの舌足らずな言葉を理解してるんだ? 『こはりゅ』を『心春』にしっかりと変換してるし。

 というか舌足らずが良いって、まるで誰かみたいじゃないか。遺伝って怖いな。


 とにかく今は俺の体を見に行かねば。


「こはりゅ、おにいたん心配。見に行きたいでしゅ」


 必死で訴える俺に対し、あからさまに嫌そうな顔をする母さんは、しぶしぶ立ち上がり俺と手を繋ぐ。


「あんな変態ほっておけば良いのに。心春ちゃんは優しいのね」


 俺にみせたことのない笑顔で母さんは手を引いて、部屋まで連れていってくれる。

 ドアのない俺の部屋に入り、ボロボロになって気絶中の俺を叩いて起こす。


「ふはぁ!?」


 変な声を出して俺の体が起きる。


「あの……わたしどうなったんです?」


 元俺がくねくねしながら喋る。正直気持ち悪い。


「トラ! 心春ちゃんに何をした。正直に言えば死刑で済ませたげるから」


「ふえっ?」


 元俺が再び変な声を出したとき、母さんは襟首を掴み持ち上げると、元俺の足が地面から離れバタバタともがいている。

 なに? 空手チャンピオンになるとこんなこともできるわけ? いや俺の体の危機を救わねば!


 俺は母さんに襟首を捕まれ、苦しそうにもがいている元俺を助けるため母さんの腰を掴み、引っ張り必死に訴える。


「えっとえっと、お母しゃん。こはりゅ、おにいたん大事でしゅ。いないと困りましゅ」


 あーーーー!! なんだこの喋り方は。俺に話しかけて欲しい喋り方であって、俺自身が発してどうするよ。イライラする!

 ただ、母さんには届いたみたいで、俺の体から手を離してくれる。


「確かに変態でスケベでどうしようもないけど、いないと心春ちゃんのメンテが出来ないし……

 でもメンテの時は母さんが立ち会うからね! トラだけじゃ何するか分からないし」


 息子に対して酷い言葉をかけると、母さんが俺を連れて行こうと手を繋いでくる。


「お母しゃん、こはりゅ、おにいたんとお話したいでしゅ。しょの、2人で」


 怪訝そうな顔で俺と元の俺を交互に見た後、元俺を叩き、今俺の手を握り本当に心配そうな表情で見てくる。


「いい、心春ちゃん。変なことされたら叫ぶのよ。すぐ駆けつけるからね」


 俺は必死で頷いて母さんが外に出てくれるように促す。しぶしぶながら出ていく母さんを見て、胸を撫で下ろすとすぐに元俺の元に歩み寄る。


「おい、お前はおりぇが入れる予定だったこはりゅ心春のエーアイで合ってるでしゅね」


「あ、はい。そうです。でもこの体は?」


「おりぇも分からないでしゅ。とりあえずこの状況を把握しゅるまでは、お前はうめしゃき とりゃお梅崎 虎雄、『トリャトラ』を名乗るでしゅ。不本意でしゅけど、おりぇも『こはりゅ』を名乗るでしゅよ」


 なんか喋るのも疲れるが考えるのはそれ以上に疲れる。思考がフリーズする感覚だ。今の頭で思い付くのはお互い身体にあった名を名乗るということだ。解決策は正直分からない。


 必死に悩んでると俺……トラがもじもじし始める。元我が身ながら気持ち悪い。


「どうしたでしゅ?」


 トラが涙目になって更に激しくもじもじする。


「そ、その……何か出ちゃいそうです。いえもう出ちゃう!!」


 ……やめて、俺の体を使って涙目で顔赤くして変なこと言うの。それに何かくねくね、もじもじしてるし、ただの変態じゃんよそれ。


「なんでしゅ? 出るってなんでしゅか」


「せ、生理現象?」


「トイレなら廊下を出たりゃ左にあるでしゅ」


 トラは涙をぼろぼろ流して訴えてくる。


「やり方が分からないです」


「えっ……」


 涙目でこの世の終わりの様な表情のトラが苦しそうにもがき、変なダンスを踊っていたが、突然スッキリした表情になるとぷるぷる震える。


「ま、ましゃか……」


 俺、心春になって初日の仕事は、元俺の粗相を隠蔽するというなんとも悲しいものとなる。

 アンドロイドに生理現象はないからAIに学習させてなかった俺が悪いのかもしれないが、普通予想できないだろこんなことさ。


 こうして俺の心春生活が幕を開けるわけである。




 ────────────────────────────────────────


 ラブコメが始まるのはもう少し先になります。もうちょっと心春とトラのお話が続きます。


 次回


 『トラ改造計画を立ち上げたわけで』

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