第72話 夢のあと

 ナタリーに手を引かれ、ルブランは階段を上った。

 その指先の震えが、ルブランにも伝わってくる。

 ナタリーも、この館に来たばかりで慣れていない。部屋のドアを開けると、そこには先客がいた。

 豊かなブロンドヘアの女が、大袈裟に悶えている。

「オオゥ! イイわ、最高よ! もっと突いて! もっとよ!」

 四つん這いになって尻を振る女の後ろで、ハケ頭の体格の良いオヤジが、眼を白黒させながら腰を前後に動かしていた。

「……死ぬ……死んでしまう……少し休ませてくれ……」

 幸い二人共、ナタリーとルブランに気付いていない。

 慌ててドアを閉めたナタリーの顔は真っ赤だった。

「申し訳ございません! 部屋を間違えてしまいました」

 ナタリーは、廊下を挟んで反対側のドアを開ける。

 今度は誰もいない。この部屋で間違いなさそうだ。

 部屋に入ると、ナタリーはルブランの上着を脱がせてハンガーにかけた。

「あの……これ以上は何も教えられていません。その方が喜ばれるお客様が多いそうなので……あなた様の望まれる事を何でも致します……」

 ナタリーの声は震え、眼には涙が浮かんでいた。

 ルブランは、哀れみの気持ちで一杯になった。

「そんなに怯えないでおくれ、ナタリー。何もしないから。私のこと、覚えていないかい?」

 その時、ようやくナタリーはルブランの顔を見た。

「先日の……パンをくださったご主人様?」

 ルブランは頷く。

 ナタリーの眼から恐怖心が少し消えた。

「私を大変な大金で買ってくださったのは、ご主人様だったのですね。良かった……初めてのお客様が優しい方で」

「いや、だから何もしないよ」

 ナタリーは首を横に振る。

「今日一日、処女である日が延びて何になるでしょう。明日から、無数の男達が私の上を通り過ぎていくのでございます。でしたら、最初くらい……好みの男性に抱かれたい。ご主人様の様に優しくて、その……ハンサムな方に」

 恥ずかしげに視線を落とすナタリーに、ルブランの胸は掻きむしられるような切なさを感じる。

 ルブランはナタリーを抱き締め、唇を重ねた。

 ナタリーの舌が、ルブランを求めて躊躇いながら入ってくる。ルブランは、その舌に自分の舌を優しく絡めた。

 長い口づけの後、顔を離したナタリーの眼は恍惚としていた。そんな表情のまま、ナタリーはルブランのシャツのボタンを上から順に外す。

 日頃から摂生と鍛錬による逞しい肉体が露わになる。女の顔に豹変したナタリーは、ルブランの肌に吸い寄せられる様に唇を這わせた。

「あッ!」

 ナタリーの舌がルブランの乳首を舐め上げた時、ルブランは思い掛けない快感に声を上げた。

 声に驚いたナタリーは、ビクッと震えて唇を離す。

「申し訳ございません! メイクをしてくれたお姉様が、殿方もここが感じると言っていたので……」

「うん、その通りみたいだ。感じてしまったよ」

「嬉しい……私のような拙い愛撫で感じて頂けるなんて」

 ナタリーは再びルブランの胸に顔を寄せると、乳首を舌先で刺激した。右、左、右と、交互に舐め上げる。

 ルブランの胸が大きく前後している。激しく興奮しているのがナタリーにも伝わった。

――ご主人様が悦んでくださっている……。

 嬉しくなって少し大胆になったナタリーは、ルブランを軽く押してベッドに座らせた。ひざまずき、ルブランのベルトに手をかける……だが、どうしても外す事ができない。

「申し訳ございません……慣れていないもので」

「構わない。自分で外すから」

 そうしてルブランが自分で取り出したのは、ナタリーの想像を遙かに越える巨大なモノだった。

 ナタリーは言葉を失い、呆然とソレを見つめる。

 ルブランは、青ざめたナタリーに声をかけた。

「男を見るのは……当然初めてか」

「はい、弟以外は……弟のはドングリみたいだったので……」

 優しげなルブランと反比例する凶暴な形相のソレは、ナタリーを睨み付けている様にも思えた。ドクドクと脈打っているのが分かる。

 ナタリーは、恐る恐るとソレを両手に握った。だが、火傷しそうな熱さに、思わず手を引っ込める。

「怖いかい? 無理しなくても……」

「い、いえ、そんなこと……ございません」

 ルブランがこの様な恐ろしい状態になっているのは、自分に女性としての魅力を感じているからである事を、ナタリーは感じていた。

――ご主人様を失望させる訳には……。

 意を決したナタリーは、ルブランの高まりを口に含む。そして、二度、三度と頭を上下に動かした。

 すると、ルブランが小さく呻いた。

「ツッ」

 ナタリーは慌てて口を離す。

「申し訳ございません! 痛かったですか?」

「少し歯が当たってね。敏感な所だから」

「たいへん失礼しました。これでは如何でしょう?」

 ナタリーは、子猫が人の指に付いたバターを舐めるように、小さな赤い舌でチロチロとルブランを舐めた。

「はあっ……」

 ルブランの口から溜め息が漏れる。

 甘く、焦れったく、身を捩るような切ない快感だった。

 舌先が感じる所に触れる度、ルブランのソレがビクンと別の生き物の様に反応する。ナタリーは少しずつ男のツボを知っていく。

 長く、丹念な奉仕に耐えきれなくなったルブランは、ナタリーの口からソレを離して立たせた。そして、ドレスを脱がせる……。

 驚いた事に、華やかなドレスの下は、そのドレスとは不釣り合いな使い込まれた古い下着だった。

「申し訳ございません。何とかドレスの仕立てだけは間に合ったのですが、肝心の下着が……興醒めされたでしょう?」

「そんな事はない。どんな下着だろうが、君の美しさの前には色褪せてしまうから」

 ルブランはナタリーを抱き上げると、優しくベッドに横たわらせた。そして、その下着に手を掛ける。

 ナタリーは眼を閉じ、なされるがままだ。睫毛がかすかに揺れていた。

 白く、どこまでも白い肌が現れた。

 ルブランは、私服の時には分からなかった、ナタリーの豊かな胸を揉みしだく。

「どうぞ……ご主人様のお好きな様に……アンッ……私をメチャクチャにしてください……」

 返事もせずにルブランは、その奇跡の様に美しい乳首に吸い付いた。

「……メチャクチャに……アアッ……どうぞメチャクチャに……」

 熱にうなされる様にナタリーは繰り返す。

 そしてルブランは、今日まで汚れを知らなかった身体の頭の先から足の先まで、キスの雨を降らせる。

 最後に一番敏感な部分に辿り着くと、長い時間をかけて何度も何度もキスを繰り返した。

 息も絶え絶えになったナタリーは、ルブランに哀願する。

「ご主人様……ハァハァ……準備はできております……どうかナタリーにお情けを」

 ルブランは両手でナタリーの頬を挟み、二人はお互いの眼と眼を見つめ合う。

 ゆっくりとルブランが入って来た。初めては痛いと聞いていたが、異物感こそあったものの、ナタリーに痛みは無かった。いや、痛いどころか、身体が悦びに震えているのが分かる。

 ルブランが時間をかけて準備してくれたからだとナタリーは思う。

 こうして二人は結ばれたのだった。



 帰りの馬車の中で、バンナはご機嫌だった。

「いやぁ、あの娘、最高でした。やはり高いだけある。私は決めましたよ。今後は安い女は買わない。そんな金があれば、コツコツ貯めて、またあの娘を買います……」

 そして、浮かない顔のルブランに気を使って、こう言った。

「……ルブラン様の方は今一つでしたか。まあ、熟していない果物は酸っぱいものです。初物を食したという事で、きっと縁起の良い事がありますよ」

 ルブランは首を振った。

「いや、そうではなく……何と言うか……」

 ところが、ルブランは言葉が続かない。

「ほう、ではお気に召されましたか。それは良かった。次からは値段も落ち着きます。アルフレッサ王国の貴族様には、大したことない金額です」

「……」

「……いずれは国に帰り、どこかの貴婦人を娶られるでしょう。あまり外国の娼婦に入れ込まない方が良いかと。妾を囲うなら、お国の娼婦の方が何かと便利ですし」

「そんな、囲うなど……」

 それだけ言うと、ルブランは黙り込んでしまった。


 ホテルの前でルブランを降ろし、馬車はバンナだけを乗せて再び走りだす。

 バンナが窓から頭を出して振り返ると、ルブランはその場に立ち尽し、明るくなり始めた空を空虚な眼差しで見上げていた。

 頭を引っ込めて座り直したバンナは、大きな溜め息をつく。

「参ったね。あの貴族様、娼婦にガチ恋だよ……」

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