第69話 再会

 坂本龍馬。

 その男がこの世に誕生するのは八〇年程先の話、それも大陸の果ての小さな島国での事だ。

 その名を知っているという事は、青年が本当に龍馬である事の証としか考えられない。

「龍馬……お前、なぜここに?」

「多分、鉄造と同じ理由じゃろ。しかしまあ、おまんが土手っ腹に大砲のデカい風穴あけて以来じゃな」

「何を言うか。どうせお前もロクな死に方しとらんだろ。全く、こんなイケメンに転生しやがって」

「それを言うならおまんの方じゃい。ワシ好みのベッピンになりおって。まだ一人もんならワシと夫婦になるか?」

「ハハハ、申し出は嬉しいが、もう婚約者がいる」

「何と、それは誠か! 相手は、男かい? 女かい?」

「男だよ」

「メデタイのう……前世では、サッパリ結婚とは縁が無かった。それにしても、おまんにそんな趣味があったとは……」

「いやいや、この身体の主は女だから。拙者は間借りしているだけだ」

「ん? つまり、その身体には人格が二つあるんかい」

「龍馬は違うのか?」

「何と言えばいいんか……五年前に突然、坂本龍馬だった事を思い出した。そんな感じじゃった」

「つまり、人格は一つだけ」

 龍馬は頷く。

「そうか、色んなケースがあるのだな。いずれにせよ、たくさん話をせねばならん。今明らかなのは、お前が坂本龍馬で、拙者が乾鉄造の転生者という事だけだからな」



「遅すぎる……」

 エッジは少々心配になってきた。

 計画では、鉄造はサン・ジェルマンを名乗る人物が信頼に値するか、それともペテン師かを判断するだけ、それ以降は全員で行動する事になっていた。

 ところが、鉄造は教会に入ったきり、そろそろ一時間になるというのに出てこない。

 まさか鉄造に限って遅れを取るとは思えなかったが、相手は得体の知れぬ人物だ。どんな手段を使うか、わかったものではない。

 エッジはブレードに小声で伝える。

「あと五分だ。それで鉄造様が出てこなければ、二人で踏み込もう」

「了解。確かに少し遅過ぎますね」

 その時だ。

 鉄造が、スラリとしたイケメンと、楽しく談笑しながら教会を出て来たではないか。まるで、旧知の友に再会したとでもいうように親しげだ。

 エッジら四人は、不思議に思いながら鉄造に近付く。

 鉄造は、悪びれもせずに言った。

「お待たせしてかたじけない。つい昔話に花が咲いてな」

 四人の顔が『?』となる。

 エレデに気付いた龍馬が歓声を上げた。

「おおお! 何ちゅう愛らしいメイドさんじゃい! おまん、こんな可愛いメイドさんをはべらしとるんかい?」

 外見は紳士風なのに、粗雑な物言いにエレデは一歩引いてしまう。

 鉄造は呆れたように笑った。

「エレデは本当はメイドではないし、女でもない。優秀な近衛兵で、この身体が本来の持ち主でいる時のボディガードなんだ」

「なんと、それは誠かい? 歌舞伎の女形でも、これだけの者はおらんぞ」

 一応誉められていると思ったエレデは、取り敢えず謙遜する。

「いえ、自分など、セイラ様に比べれば……」

「セイラって誰じゃい?」

 龍馬の質問に、鉄造が答えた。

「アルフレッサ王国の第一王子で、拙者の婚約者だ」

「なんと! おまん、次の王妃なんかい! その上、王子は女装っコちゅう訳か?」

「相変わらずデカい声だな。その通りだよ」

「あいや……見掛けに騙されて、教会でおまんを押し倒さんで良かった。ヘタすりゃあ、そっちの二人の剣士様に串刺しにされる所だったわ、ガハハ!」

 エッジとブレードは顔を見合わせ、首を傾げる。

「……それにしても、そんな上玉の男の娘ばかりで、アルフレッサは大丈夫なんか?」

「大丈夫だよ。少なくとも今のフランスや、八〇年後の日本より、よほどまともだ」

 龍馬はニヤリと笑う。

「鉄造がそこまで言うなら、その通りちゅうことだな」

 その時だ。

 鉄造が、立ったまま居眠りした時のように、膝がカクンと折れた。

 龍馬が慌てて抱え起こす。

「どうした、鉄造。貧血か?」

 鉄造はしばらく眼の焦点が定まらず、ボンヤリしていたが、やがてしっかりと自分で立った。

 そして、龍馬に向けて日本風のお辞儀をした。

「初めまして、龍馬様。わたくしは、この身体のもう一人の主、サンドラ・エメラーダと申します」

「あいや……」

 突然の人格交代に、開いた口がしばらく閉じない龍馬だった。



 その青年は、見るからに高級な素材が使用された上品な身なりをしており、一目で裕福な家の出であることが見て取れた。

 ニコニコと笑いながら、サンドラ達を見回す。

 教会を出た後、パリへと戻った一行は、サンドラの部屋に集合した。

 皆の関心は、もちろんその青年にあった。

「改めまして、サンドラ様、皆さん。私の名はエリック・ロメール。肩書きは学生ですが、このご時世で大学が機能していないので、資産家の父から船を一隻譲ってもらい、海運のまねごとをやっています……」

 青年は名刺を取り出すと、全員に配った。

「……そして、前世での名を坂本龍馬と言います」

 サンドラは渡された名刺を珍しそうに見る。

「海運業……海援隊を現世で試すのですね?」

 青年はニヤリと笑う。

「よく、その名をご存知ですね。前世では夢半ばで殺されましたから、今度こそ世界の海を渡りたいのです」

「龍馬様のご活躍は、鉄造の記憶の中で拝見致しましたわ。頑固な鉄造と違って、柔軟な発想力と俊敏な行動力をお持ちのようで敬服致します」

「いえ、私自身は大したことありせん。前世ではどうすれば国を守れるか、流れる血が少なくて済むか、ただそれだけを考えて行動しただけです。あの時代の日本にも優秀な人材がいて、私は彼らを結び付けたに過ぎません」

「まぁ、ご謙遜を。日本の将軍は切腹しておりませんわ。やがてギロチンにかけられるフランス国王とは大変な違いです。歴史に『もし』はありませんが、龍馬様がいなければ、遙かに多くの命が失われたでしょう」

「それでも沢山の人に恨まれましたし、最後は旅館で襲われて殺されました。まあ、鉄造が死んだ後の事なので、ご存知ないと思いますが」

 青年はシニカルな笑顔を見せた。これは女にモテるだろうなとサンドラは思う。

「ところで龍馬様、わたくしサンドラ・エメラーダという名に覚えはございませんか?」

「失礼をお許しください、アルフレッサ王国については疎く」

「では、シルビア・アズナブルは?」

「ええ、私が前世で愛読した『公女シルビア』の主人公の名前ですね。鉄造も好きでした。そうか、この時代に出版されたのか」

「その本でシルビアをイジメる悪役令嬢の名前を覚えていらっしゃいますか?」

「確か、サンドラ……まさか」

「そのまさかだと鉄造は考えていました」

「あの本は、事実をもとに書かれていたと……」

「龍馬様が前世で読まれたものはそうだと思われます。ですが、鉄造の覚醒により、運命は変わった。わたくしはシルビアさんと仲良しになり、第一王子の婚約者となります。そして、ルイ一六世を救出に遥々フランスまで……これらは全て、第二王子婚約者殺人未遂犯人として監獄へ送られる代わりとして発生したイベントなのです」

 サンドラの言葉は青年を驚かせた。

「『公女シルビア』は出版されなかったのですか? いや、それよりルイ一六世の救出?」

「まず『公女シルビア』ですが、その物語の作者が貴族学園のクラスメイトだったのですわ。それに気付いた鉄造が彼女にあらすじを話して執筆させ、何とか製本して卒業式に配りました。本来なら断罪イベントが行われた筈の卒業式に。評判も良くで重版も決まり、辻褄だけを辛うじて合わせたという感じですの」

「鉄造らしい荒技です。奴なりに、八〇年後に与える影響を極力小さくしようとした訳だ」

「当初、自分が転生した事で未来が変わるのを、何よりも恐れていました」

「今は違うのですか?」

「『公女シルビア』を世に出す事ができて、少し大胆になったかしら。それで、運命は『従う』ものではなく、『切り開く』ものだという考えに変わった様です」

 青年はニヤリと笑った。

「あの、死にたがりの鉄造がねぇ。素晴らしい成長だ。サンドラ様のお陰ですね」

「わたくしも良く言われましてよ。鉄造のお陰で成長したと。ですが……」

 サンドラは、青年の顔を覗き込むようにして言った。

「……悪役令嬢が一人監獄行きを免れるのと、フランス国王をギロチンから救うのでは、未来に与える影響はまるで違います」

 サンドラだけではない。エッジとブレード、ルブラン、エレデも、青年の顔を凝視していた。

 青年の右の眉がピクリと上がる。それが、前世で龍馬が緊張した時に出る癖と同じである事を、サンドラは知っていた。

「龍馬様。あなたとサン・ジェルマンとの関係について教えて頂けますか? 私たちの調査では、サン・ジェルマンはルイ一六世が王位に就いて間も無い頃から王に処刑を予告し、それを回避する助言をしています」

 青年は落ち着いた表情のまま返事をしないので、サンドラは続けた。

「坂本龍馬とサン・ジェルマン、そしてエリック・ロメールは同一人物なのですか? ですが、サン・ジェルマンが死んだとされるのは六年前。それでは今の肉体との辻褄が合わない」

 それでも龍馬はしばらく黙っていたが、やがてポツリポツリと語り始めた。

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