第66話 王室への扉

 ルイ一六世との面会の前日、サンドラ達は面会に向けた最後の打ち合わせを行った。

 面会の目的は一つだけ。国王一家の国外脱出、その説得だ。

 脱出計画を当日実行する訳ではないのだが、こういった企ては最悪のケースを想定して準備するのがセオリーである。エッジとブレードはチェイルリー宮殿を何度も訪れ、サンドラとルイ一六世の会話を国民衛兵に聞かれた時、またはルイ一六世がサンドラを信用せずに騒ぎ出した場合の脱出ルートを定めていた。

「一家がチェイルリー宮殿に移ったばかりの頃は、まだかなりの自由が認められていたようです。この間に秘密の脱出口を造った可能性はありますが、実在しても我々に明かされるのはルイ一六世に信頼された後となります。明日何かの際には、このルートで脱出するのが最善です」

 エッジの人差指が、宮殿の見取図の上をなぞった。

 次に、ブレードが図の何カ所かを指差す。

「ココとココ、そしてココに国民衛兵隊が控えています。数はそれなりにいますが、さほど訓練されているとは思えません。エッジさんとオレ、それにエレデがいれば、鉄造様が出現しなくても脱出は可能だと思います」

 サンドラは頷いた。

「良くわかりましたわ。ありがとう。後は、私がフランス国王を説得できるかどうかですわね。後に伝わる話では、王妃は既に亡命を望んでいる筈ですから」

 そして、ルブランの方を見る。

「ところで、今日は一言も発していなくてよ。何か言うことはありませんの?」

 ルブランは浮かない顔で答えた。

「はあ、別に……」

 サンドラは両手の平を上に向け、お手上げのポーズを取る。

「やれやれ。中年を過ぎて恋の病にかかると、重傷化するのですわね」

「恋の……病?」

 ルブランの顔が見る見る赤くなる。

「いや、決してそんな事は……」

「加えて中年期は、自覚症状が無いのが特徴のようですわ」

「しかし、あのコはまだ一六で……」

「わたくし、恋のお相手がナタリーだとは、一言も言ってなくてよ」

「……」

 ルブランは、とうとう黙り込んでしまった。

「あなたがエレデに邪な感情を持つ前にと思っていたのですが、別の部分で逆効果だったようですわね。わたくし、恋愛に年齢は関係無いと思ってましてよ。今一番必要なのは、あなたが自分の心に素直になる事ではないかしら」

「……自分の心……」

 考え込むルブランを、エッジとブレードが生暖かい眼で見ていた。



 ルブランがいくら悩もうと、次の日の太陽はいつも通りに昇った。

「ルブラン様、大丈夫ですか?」

 エレデが心配して声をかける。

「大丈夫だよ。私は、やる時にはやる男さ」

 空元気が痛々しい。

 チェイルリー宮殿の前で馬車が止まると、サンドラがルブランの背中をバシッと叩いた。

「さあ、気合いを入れていきますわよ!」

 馬車を降りると、連隊長と小隊長が並んで待ち構えていた。

 連隊長とサンドラは、初めての顔合わせとなる。鼻の下を伸ばした連隊長がサンドラに近付いた。

「おお、サンドラ様。噂以上のお美しさ。初めてお目に掛かります。この連隊を率いります、ウバーリと申します。以後、お見知り置きを」

 連隊長が頭を下げようとするので、サンドラが慌てて止める。

「ウバーリさん。連隊長がメイドに頭を下げては、知らない人は不信に思いましてよ」

「これはしまった。失礼致しました。サンドラ様の美しさに、作戦の事など吹き飛んでおりました」

「これから思い出して頂ければ結構ですわ。よろしくお願いします、お口が上手なウバーリ連隊長」

「ハッ。お任せください。それにしても、メイド服が何とお似合いの事か……」

「ウフフッ、ありがとう。ランス小隊長もお久しぶりです。今日はよろしくお願いしますわ」

「ハイ!」

 小隊長も、あやうく敬礼しそうになった。

 エッジは周囲を慎重に見回した。

「では連隊長、段取り通りにお願いします」

「わかりました。行きましょう」

 連隊長と小隊長を先頭に、エッジとルブランとブレードが続き、しんがりをサンドラとエレデが歩いた。

 エッジとブレードは国民衛兵隊の組織や体制を勉強しに来ているという名目になっており、ルブランはその付き添いという設定で、何度も宮殿を訪れているので今さら怪しむ者はいない。

 予定通り、国王一家の部屋の前まで、アッサリと辿り着く。

 部屋の前には、警備の国民衛兵が二人立っていた。

 小隊長が声をかける。

「休憩の時間だ。交代するぞ」

 年輩の衛兵が意外そうな顔をする。

「小隊長殿と連隊長殿が直々でありますか?」

「クロードが体調不良だから仕方ない。無理はさせられんからな」

「了解です。では、お言葉に甘えて」

 持ち場を離れる衛兵の若い方が、通りすがりに言った。

「おっ! 新しいメイドさん。どっちもベッピンさんだぁ!」

 そして、エレデのお尻にタッチした。

「ヒエッ!」

 驚いたエレデが叫ぶ。

 お尻を触った衛兵も驚いた。

「あれっ? 以外と野太い声……それに尻の筋肉が固いぞ」

 突然の事に裏声が出ず、地声で叫んでしまったのだ。

 マズイとエレデが思ったその時、連隊長がその衛兵に雷を落としてくれた。

「こら、オマエ。失礼な事はするな。減給もんだぞ」

 減給という言葉に、生意気盛りの衛兵も青くなる。

「申し訳ありません! 失礼しました!」

 敬礼すると、アタフタと逃げて行く。

 二人の姿が見えなくなるのを確認すると連隊長が言った。

「では、サンドラ様。どうぞお入りください。あの者達は一時間で戻って来ます。あまり長いと怪しまれますので、できればその時間内でお話を終わらせてください」

「大丈夫です。一時間もあれば十分でしてよ」

 然したる根拠も無かったが、サンドラはそう答えた。

 そして、ルイ一六世一家がいる部屋の扉が開かれた。

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