第63話 作戦会議

 それを聞いたエッジは、雷に打たれたかの様にソファーの上で飛び跳ねた。

「なにい! 侍のサンドラ様が現れたあ?」

 サンドラは、エッジのオーバーなリアクションに笑いながら言った。

「クスクス、その『侍のサンドラ』というのはやめてくださる? それでは、私は『悪役令嬢のサンドラ』という相関になりますわ。アイツのことは鉄造と呼びましょう。前世での名ですから」

 エッジは、素早くソファーの後に身を隠す。

「で、その鉄造様はどこに……」

 イケメンが情けなく怯える姿はなかなか愉快で、サンドラは楽しくなってしまった。

「今はいませんわよ。理不尽男をやっつけて気分がスカッとしたら、いつの間にか消えていましたわ」

 ルブランも笑っていた。

「エッジ殿、そこまで怯えなくても。所詮、サンドラ様とは同一人物なのだし」

「ルブラン殿は、鉄造様から酷い目に会っていないから、そんな事が言えるのです。あれほど死を身近に感じた事はありませんでした」

 だが、サンドラは冷ややかにエッジに言った。

「でも仕方ありませんことよ。あなたがセイラ様に手を出していたのは事実だし」

 ブレードとエレデとルブランが一斉に声を上げた。

「えええ!」

 エッジは必死で両手を振る。

「違う! 違うんだ。手を出したと言うより、私が手を出されたと言うか……」

 ルブランは開いた口が塞がらないといった感じだ。

「色々とご婦人方に手を出しているのは聞いていたが、まさか一国の王太子までとは……」

 ブレードが詰め寄る。

「セイラ様に何をしたんです?」

 エッジは渋々答える。

「だから、したんじゃない。されたんだ。あの……その……お口でご奉仕を……」

「えっ! まさか、セイラ様のお口の中に出したんですか?」

「……うむ……」

 ブレードは、救いようが無いとばかりに首を振った。

「ギロチンだな」

 エレデも冷たく頷いた。

「ギロチンですね」

 ルブランも真剣に言い放つ。

「確実にギロチンだ」

 だが、サンドラは大笑いしていた。

「オーホッホッホッ! そうそうエッジ、鉄造がアナタをこっぴどく叩きのめした後、すぐに謝りに戻って来ましたでしょう? アレ、実はわたくしでしてよ」

「いや、あまりにも身にまとうオーラが違いましたから。今となっては納得です」

 エレデがサンドラに尋ねる。

「エッジさんがセイラ様とそんな関係にあった事、サンドラ様は嫉妬なさらないのですか?」

「わたくしがセイラ様と出会う前の事でしてよ。そんな前の事に嫉妬しても始まりませんわ。但し、鉄造は違いますけど」

「鉄造様は違うのですか?」

「ここでハッキリ申し上げますわ。皆さん、鉄造の事を買い被り過ぎです。アイツはね、スケベで、嫉妬深くて、公私混同の情けないヤツなのですわ。それは、多少強いのは認めますけど」

 エレデが不服そうな顔をしたので、サンドラが言った。

「信じられないのであれば、次に鉄造に入れ替わっている時に、エレデが押し倒してみればよくてよ。アイツ、『拙者にはセイラ様が』とか口ではいいながら、エレデからされるがままで抵抗しないと断言できますわ。ホント、自分の好みでさえあれば、男だろうが女だろうが、見境が無い男ですのよ」

 ブレードが苦笑いしながら尋ねた。

「しかし、鉄造様は、サンドラ様が怒りの頂点に達しないと入れ替わらないのですよね?」

「今はね。ですが、いずれコントロール可能になる筈です。落馬事故の後も、最初は鏡ごしの会話から始めたのですわ。今晩から、早速試してみるつもりよ」

 ピンチの時には鉄造を呼び出せるかもしれない。この事は、一同を楽観的な気持ちにさせるのに十分な効果があった。

「次にチェイルリー宮殿の方ですが、王と王妃との面会は一週間後となりました。完全非公式な面会となります。そこで、その……サンドラ様には、今日と同じ出で立ちをして頂きたいのですが……」

 ルブランはためらいがちに言ったが、サンドラはノリノリで答えた。

「メイド服ね。いいですわよ。変装して忍び込むなんて、忍者みたいで興奮しますわ」

「ニンジャ?」

「スパイみたいなものです。ジパンではそう呼びますの。特に女性の忍者は『くノ一』と言うのですわ」

 エッジが言った。

「サンドラ様とエレデは、メイドの振りをして国王家族の部屋へ入ってください。連隊長は一時間だけ、人払いをしてくれる事になっています。私とルブラン殿は会話の内容を聞かれぬよう、連隊長にアレやコレやと話しかけるつもりです」

「了解でしてよ」

「そして、この一週間で、王と王妃を説得する方法を考えねばなりません」

「それについては、お二人にも見てほしい物がありましてよ。エレデ、アレを持ってきて」

 エレデがテーブルに並べたのは、マルシェで購入した新聞やゴシップ紙だった。

 ルブランが頷いた。

「なるほど。百を語るより、これらを見てもらった方が、自分達が民衆からどう思われているか、瞭然ですな。ルイ一六世はチビ、デブ、ノロマの無能な男。マリー・アントワネットは男も女もなんでもござれの淫乱魔女……いやはや、新聞を売らんがために、ここまでホラ話を並べるとは」

 ブレードが一紙手に取って読み上げる。

「『パンがなければブリオッシュを食べたらいい』か……しかし、こんな事を言えば、国民が怒るのも当然でしょう?」

「それこそ大嘘です。これはマリー・アントワネットの言葉じゃない。この国の哲学者ルソーの自伝に、さる高貴なお方の言葉として書かれていますが、その本が書かれた頃はマリー・アントワネットは幼い子供の頃。そもそも、まだフランスに来ていません」

「そいつはヒドい。情報操作って、こうやって行われるのか」

 サンドラはブレードに言った。

「今後、情報は商品としての価値を益々高めていくわ。当然、玉石混淆になるし、王族や貴族は格好の標的になる。これから多く者が直接、間接に理念無き報道から命を奪われる事になるでしょう。さしずめルイ一六世とマリー・アントワネットは、その最初の犠牲者といったところね」

 ブレードは、いたく関心した様だった。

「サンドラ様、スゴいです。社会の動向を、そこまで分析しておられるとは」

「次期王妃として当然ですわ……と言いたいところですけど、実はドトールの受け売りなの」

「ドトールって、あの変態司教の?」

「そう、変態だけど頭は良いわよ。アメとムチを上手に使えば良く働くわ」

「アイツにとっては、ムチもアメに等しいと聞きましたが」

「ウフフッ、良くご存じね。ドトールにとっては、ムチの方がアメより甘いみたいよ。いずれにせよ、フランス国民の多くは、こんなゴシップを信じている。もはや、ミラボーやラファイエットの奮闘でどうにかなる状況ではない事をルイ一六世にご理解頂ければ、自ずと道は開けるわ。だけど……」

 サンドラはいつになく深刻な表情になり、周囲に緊張が走った。

「……エレデのメイド服じゃ、わたくしの胸が潰れてしまいます。仕立て直しできませんかしら?」

 緊張が肩すかしを食らい、四人は苦笑いだ。

「わかりました。手配い致します」

「まあ、エッジ、何よその顔。私にとっては大問題でしてよ」


 ルイ一六世との最初の会談、もしかすると最後になるかもしれないその会談の方向性は決まった。

 それまでに一週間の時間がある。その期間にできる限りの情報を集めることになった。鉄造の記憶に誤りがある事も考えられるし、歴史は勝者が自己を正当化して後世に伝えるので全てが事実とは限らないからだ。

 打ち合わせがお開きとなり、四人がサンドラの部屋を出て行こうとした時、サンドラがルブランを呼び止めた。

 ルブランは不思議そうな顔をする。

「私だけ、ですか?」

「ええ、ルブランだけに相談があるの」

 三人が部屋を出て行く中、ルブランだけがソファーに座り直す。

「何のお話でしょう?」

「率直に聞くわね。ルブランは、娼館で遊んだ事ある?」

「えっ? 何ですと?」

「だから、女を買った事があるのか、と聞いてますの」

 ルブランはしばらくフリーズしていたが、やがて観念したように口を割った。

「……あります」

 サンドラは、意地悪そうな笑顔でルブランを見る。

「へえ、真面目そうな顔して、やる事はやってるのね」

「まあ……健康な男ですから」

「それでね、今日の昼間、マルシェで男の子に靴を磨いてもらったのよ」

「はあ、随分と話が飛びますな」

「最後にちゃんと繋がるから。それでね、その子には親がいなくて、お姉さんと妹と暮らしていますの。妹は病気ですのよ」

「可哀想ですが、パリではよくある話です。一人一人を救うことは不可能です」

「冷たい言い方ですこと。私だって、それ位わかってましてよ。でも、そのお姉さんは、娼館で働くことになったと。妹の治療の為に、処女を売る事にしたのですわ」

「それは……何とも気の毒ですな」

「でしょう。私、バザルの事を思い出しましたの。バザルは、グレンキャンベル宮殿で私の世話をしてくれるメイドで、アフリカ大陸の血が少し混ざるとても美しい娘ですわ。それで、元娼婦なの」

「なんと! 次期王妃付きのメイドが、元娼婦なのでありますか?」

「そんなに驚かないで。とても優秀なコよ。流産で死にかけていた所を、セバスチャンに助けられたの。私の大切な友達なんだから……鉄造のバカが、あんな事をしなければ……」

「は?」

「いえ、何でもないわ。それでね、女を買う客の中には、非道い連中もいるって聞きましたの。道具や家畜のように扱って、人間扱いしないんですって」

「確かに、そんな連中もいますね」

「バザルの最初の客もそんなヤツで、痛くて泣き叫ぶとますます興奮してバザルの処女を乱暴に奪ったそうよ。私の初めてはセイラ様とのステキなものだったから、なおさらバザルが可哀想なの」

 ルブランは何も言わなかったが、その表情でサンドラに同調しているのがわかった。

「それでね、そういう子を全て救う事はできないけれど、そのお姉さんの処女を捧げる相手が、乱暴者であるリスクを無くすことはできると考えたのですわ」

「なるほど。現実的なサンドラ様らしいお考えですな。で、どのようにしてリスクを無くすのですかな?」

 サンドラは、自分のアイデアを誇る様に胸を張った。

「ルブラン、あなたが初めてのお相手を務めるのですわ」

「何ですとお?」

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