第60話 謎の男

 夕食の後、四人は再びサンドラの部屋に集まった。

 ルブランが最初に口を開いた。

「パリの現状は、今日ご覧頂いた通りです。ルイ一六世の庇護により、芸術、科学、哲学等の中心となった事は間違いありません。七年前、人類が初めて熱気球で空を飛んだのも、このパリでした。しかし、財政が破綻しているのはご存じの通りです」

 エッジが質問する。

「破綻の直接の原因は何だと思いますか?」

「元を辿ればルイ一四世まで遡りますが、現状における最大の要因は二度の戦争でしょう。七年戦争は致し方ないとしても、アメリカ独立戦争には加担すべきではなかった」

「確かに……」

「また、国民議会と云えども、誰もが急進左派という訳ではありません。小隊長が讃えていたラファイエットは王政派ですし、革命の獅子と呼ばれて庶民から絶大な支持があるミラボーもそうです。まずは、彼らとパイプを繋ぐ事が得策かと」

 サンドラが記憶を探るように言った。

「ミラボー……その人、もうすぐ病気で死ぬわよ。ラファイエットは、これから急速に実権を失っていく。ルイ一六世処刑の頃には自分に命すら危なくなり、国外へ逃亡するわ。そもそもその二人、仲悪いでしょ」

「……なるほど、全てお見通しですか。この二人の不仲は、後の世まで語り継がれるという訳ですな」

 エッジが、足を組み替えながら言った。

「つまり、ミラボーが死ぬ事でルイ一六世はかばい立てを失い、国外逃亡をようやく決意する。しかし、途中で捕まって国民の怒りを更に煽ってしまい、王と王妃はギロチン、ラファイエットは国外逃亡、という流れですね」

 サンドラは頷く。

「このままだと、確実にそうなるわ。それより、サン・ジェルマンの事について教えてくださる? そんなに有名な人物なら、なぜ鉄造の……前世の私の記憶に無いのかしら?」

 エッジとルブランが同時に喋ろうとしたので、ルブランがエッジにゆずった。

「それは、サン・ジェルマンがあまりに謎に満ちた人物だからでしょう。まず、出生を誰も知らない。伝わってくる話は途方もない事ばかり。これでは、実際に会った事の無い者は、物語の人物だと思うでしょう。私がそうであったように」

 ルブランが続けた。

「まさに物語の主人公の様に、人間離れした才能が多方面にあったようです。芸術、語学、剣術、化学。特に化学は、ルイ一五世がシャンポール城に専用の研究室を造って与えた程です。しかし、出る杭が打たれるように、サン・ジェルマンも当時の外務大臣ショワズールの陰謀でフランスを追われます」

 ブレードが興味を示した。

「剣術の才能も?」

「ええ、ルイ一五世の近衛兵は誰も敵わなかったそうです。それに加え、銃も誰よりも上手かったと」

 剣と銃の達人で頭も良いと聞いて、サンドラは鉄造の記憶にあった一人の男の名を思い出した。

――坂本龍馬……。

 龍馬は芸術をたしなむ輩ではなかった筈だが、いつの世、どこの国にもマルチに才能を発揮する者はいるのだなとサンドラは思う。

「……その後、サン・ジェルマンの軌跡はヨーロッパ中で確認されています。イギリス、イタリア、プロイセン、そしてロシア。ロシアでは皇后エカテリーナを帝位につけるために大活躍したとか」

 エッジが首を振った。

「ロシア皇后のクーデターにサン・ジェルマンが? いくら何でも……」

「実は私もそう思います。まあ、人の噂には枝葉が付くものですから。ですが一七七四年、サン・ジェルマンはフランスへ戻り、即位したばかりのルイ一六世とマリー・アントワネットと面会したのは明らかです」

 いよいよ本題に入ったかと、サンドラが身を乗り出す。

「そこで二人の死刑を予言したのね」

「いえ、その時は革命が起こる事の予言だったようです。それは一五年後に現実となりますが、たちの悪い冗談だと思った国王夫妻はサン・ジェルマンを追い返します。きっと、失意の思いでフランスを去った事でしょう。ああ、余談になりますが、ブレード君が喜びそうなその時のエピソードがありますよ」

 ブレードの眼が輝いた。

「へえ、ぜひ聞かせてください」

「サン・ジェルマンは強いと前王から聞かされていたルイ一六世は、何とか一泡吹かせようと思っていたそうです。そこで当時、近衛隊で一番強い剣士と言われていたマリー・アントワネット付きの士官と立ち会わせました」

「フランス国王も結構遊び心がお有りですね。で、どちらが勝ったんです?」

「約束の時間をフルに闘い、決着は付かなかったそうです。引き分けで丸く収まると思いきや、この近衛士官、王妃付きとあって実は男装した女性だった。ショックを受けたサン・ジェルマンは、まるで敗者の様だったそうです」

 ブレードは、愉快そうに笑いながら言った。

「その気持ち、少しわかりますよ。それにしてもその女性剣士、一度会ってみたいものだ」

「残念ながら、バスティーユ襲撃に国民衛兵隊として参戦し、命を落としています。そして、再びサン・ジェルマンから国王夫妻に連絡が来たのは、そのバスティーユ襲撃の直前でした」

 サンドラが叫んだ。

「ちょっと待って! サン・ジェルマンが死んだのは五年前よね? なぜ昨年のバスティーユ襲撃前に連絡がくるわけ?」

「わかりません。そこが謎なのです。その手紙を受け取ったのはマリー・アントワネットでしたが、やはり悪質な悪戯だと思い、即座に破り捨てたそうです。ですが、その手紙の内容を、侍女が確認していました……」

 エッジとブレードも身を乗り出す。

「……こう書いてあったそうです。『これが最後の警告だ。民衆の要求を聞き入れ、貴族を力で静めなさい。そして、王は退位するように。そうしなければ、命を失う事になるだろう』」

 しばしの沈黙の後、サンドラが言った。

「ストレート過ぎるわね。これでは王妃も反発して当然だわ。言い方は考えないと」

 オマエがそれを言うか、そんな眼でブレードがサンドラを見る。

 エレデが珍しく口を挟んだ。

「死後の手紙……こうなる事がわかっていたので、日付指定で誰かに託したのでしょうか?」

 エッジもエレデの推理に頷く。

「つまり、バスティーユ襲撃については、日付まで正確に把握していたという訳だ。サンドラ様、どう思われますか?」

 サンドラは即答した。

「幾つか理由は考えられるわね。偶然が重なっただけか、本当に未来を見通せる魔法使いだったか……」

 そして、少しためらってから言った。

「……私と同じ、転生者だったか……」

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