第52話 婚約の報告
卒業の式典が全て終わると、サンドラとセイラ王子、ケイン王子とシルビアの四人は、同じ馬車で王宮へと戻った。
そして、ケイン王子とシルビアは、緊張した面持ちで王と王妃に婚約の報告を行う。
ところが王は、今更何をという表情だ。
「既に大臣に命じて、婚約の儀の準備を始めておったわ」
ケイン王子は、それを聞いて呆れた。
「父上、それはサンドラさんの運命が変わる前の世界での話です。この世界で私たちの婚約が成立したのは、たった今ですから。それも、危うく断られる所だったのですよ」
国王は大声で笑った。
「まあまあ、良いではないか。サンドラが言った通り、悪い運命は変えられるのだ。良い運命はそのまま続いておる。これもサンドラの能力のおかげ。礼を言うぞ、サンドラ」
「とんでもございません、お義父様」
すっかりロイヤルファミリーに溶け込んでいるサンドラとは対照的に、シルビアは王と王妃を前に緊張で身を堅くしている。
それを見て、王はシルビアに声をかけた。
「シルビアも、この時から余の娘同然となる。サンドラ同様、私をお義父様と呼ぶが良いぞ」
「は、はい。お、お義父様」
「うむ、うむ」
王は顎髭を引っ張りながら、満足げに頷いた。
その時、臣下の一人がジュール男爵の到着を告げた。シルビアの義父である。
狐につままれた様な顔で王の間に入って来た男爵は、娘の顔を見てホッとするものの、訳も分からずに王座の前に膝をつく。
「我が王よ、命に従い参上致しました。あの……娘が何かそそうでも?」
シルビアも突然の父親の登場に驚いていた。どうやら、二人が婚約の報告をする以前に呼び出されていたらしい。
サンドラがシルビアの義父を見るのは始めてだったが、陽に焼けた精悍な男だった。領地の赤字を何とかしようと、自ら土にまみれて努力しているのがわかる。
信頼と好感が持てる人物だろうとサンドラは思った。
国王は、王座から立ち上がって男爵を迎える。
「おお、ジュール男爵! よく来てくれた。まあ、あまりかしこまるでないぞ。我らは間もなく親戚ではないか」
「は?」
「は、とは何じゃ? シルビア。そなた、家の者にもケインとの事、話しておらんのか?」
男爵の眼が丸くなる。
「え?」
「あのな、男爵。今日の卒業パーティーで、二人はダンスを踊った。この意味、分かるであろう?」
「もちろんです。が、それはサンドラ様が原案されたという本の中の話では……」
「あの本を読んだのか。ならば話は早い。あの物語はな、単なる作り話ではないらしいぞ。サンドラが悪役令嬢を通していた場合に起こる筈だった、もう一つの現実なのだそうだ。そして、そのもう一つの現実は、本にして後世に残す必要があるらしい」
「はあ……」
「まあ、実は余も良く意味は分からんのだが、要するにケインとシルビアは結ばれる運命にあったという訳だ。もっとも、ケインは危うくフラれる所だったらしいが……」
国王からからかうような眼で見られ、シルビアは顔を赤くしてうつむいてしまう。
「……という事でな、男爵よ。いずれシルビアを王家に迎えるにあたり、そなたの領地の赤字は何とかせねばならん。明日にでも抱えておる経営と農業の専門家をそなたの屋敷に送るので、よく話をしてほしい」
「ははっ! 有り難きお言葉!」
「だから、堅苦しい言葉はよせと言うておるのに。まあ、金を貸し与えるのは簡単だが、他の貴族がうるさいからのう。最後は何とかするから、まずは専門家の助言に従って努力してみい」
「はい」
「という訳でサンドラ、フランスへの出発は、予定通りケインとシルビアの婚約の儀の後という事になるが良いな。ルイ一六世の首が飛ぶまで、まだ三年もあるし、余裕であろう」
サンドラは冷静に首を横に振る。
「出発の日程については異存ございません。ですがお義父様、フランス国王一家は来年のオーストリアへの亡命の失敗後、犯罪者として革命軍の厳重な監視下に置かれます。こうなってしまえば、ルイ一六世を救うには、我が国も軍を送るしかなくなります」
「全面戦争か。それだけは何としてでも避けねばならん。そんな事になれば、敵はフランスだけではなくなる。隣国のインフォコムも、これ幸いとフランスと手を組み、我が国を攻めて来るだろう。あの国は海に面しておらんからな、何世紀も我が国の港を狙っておるのだ」
「その通りです。つまり我々は、来年の一家の亡命を何としてでも成功させねばならず、それまでに我々の指示に黙って従う程の信賴と信用を、ルイ一六世とマリー・アントワネットから得ねばならないのです」
「確かに難問だな。特にルイ一六世は頑固で有名だ」
ジェール男爵は、泣き顔になっていた。国王とサンドラが何を話しているのか、サッパリ理解できない。
シルビアは男爵の手を取り、安心させるように言った。
「お義父様、サンドラ様は未来を知る能力をお持ちなのです。今は、三年後に処刑されるフランス国王を助ける段取りのお話をなさっているようです」
「三年後に処刑? まさか、あれ程の大国の王が……」
「驚かれるのも無理ありません。実は私も、今日までサンドラ様の予言がここまで百発百中だとは思っていませんでした。だって、私の様な拾われっ子が王家の……」
シルビアは言葉を詰まらせたが、男爵は親として娘が何を言いたいのか、言葉にせずとも理解できた。
サンドラと国王が今後の計画について熱く語り出したので、男爵は娘にそっと言った。
「お前はどこに出しても恥ずかしくないステキなコだよ。お相手がたとえ王子であったとしてもだ。私は、お前の親である事を誇りに思っている」
シルビアも義父にそっと返す。
「わたくしも、お義父様の子である事を誇りに思っております」
そして、親子は眼を合わせると笑った。
「家に帰ったら母さんに報告だ。驚くぞう。椅子から転げ落ちないように、後ろから支えていないとな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます