第51話 二重人格
周囲の拍手に笑顔で応えるケイン王子と感涙にむせぶシルビアを中二階から見下ろしながら、サンドラは胸をなで下ろしていた。
「焦ったぁ……あの二人なら放っておいてもクッツクと思っていたけど、シルビア嬢の無欲さ加減を忘れていたわ」
セイラ王子もサンドラの横に並び、ホールを見下ろす。
「これでサンドラ様の思惑通りですね。ですが、あの二人が結ばれる事が、そこまで重要だったのですか?」
「確証は有りません。ですが、結ばれる事で、『公女シルビア』は永く読み継がれる本になる筈なのです。そして、何十年もの先、ジパンに生まれる二人の侍の運命を変える事になります」
「それが本の一ページ目にあった、未来の二人の侍に捧ぐ、という言葉に繋がるのですね」
「はい」
「未来を見通す力……凄い力です。それは、ご自分の人生についても分かるのですか?」
「いえ、それがサッパリ」
「では、ボクが今日のサンドラさまの未来を予言して差し上げましょう」
「あら、それは楽しみ」
「サンドラ様は今夜、いつもは押し倒しているボクから逆に押し倒され、愛を深める事になるのです」
「ウフフ、セイラ様も大胆になりましたね。夜が楽しみだわ。でも、ミスセリーヌにはお気を付けくださいませ」
サンドラとケイン王子は、声を上げて笑った。
「おや、サンドラ様。ブレードがリリーさんと踊っていますよ。良かった。ボクはどちらかというと、この二人の方が心配でした。剣術バカのブレードと恋多き娘リリーさんとでは、擦れ違ってしまうのではと」
「踊っている二人はお似合いですね。ブレードさんも、ダンス特訓の甲斐があって良かった」
「さて、ボクたちもそろそろ踊りましょう」
「はい、喜んで。でも、その前に髪を整えてまいりますので」
サンドラはゆっくりとセイラ王子の隣を離れたが、王子が見えなくなると早足で学園がサンドラの為に準備した個室へ向かった。
部屋へ駆け込んで鍵を掛けると、鏡の前でアグラをかく。
「お待たせ、サンドラ。じゃあ替わるぞ」
そう言うと、鏡に映ったサンドラが返事をした。
「いいわよ、鉄造。いつでもオーケーよ」
☆
「セイラ様、お待たせしました」
「おお、サンドラ様。ドレスもお召し替えになったのですね」
「ええ、先程のは卒業式のスピーチ用、地味でしたから。ここからはセイラ様のフィアンセに相応しい、ゴージャスなドレスで参加致しますわ」
「ボクたちの婚約発表の時のドレスですね。サンドラ様は本当に真紅が良くお似合いです」
セイラ王子は、サンドラに左肘を差し出す。
「ありがとうございます、王子様」
サンドラは、嬉しそうに右手をその肘を掛けた。
中二階からフロアへ降りていくと、潮が引くように人々が二人の前を開ける。サンドラはそれが気持ち良くて堪らない。
人々が踊っている輪の中に入り、お互いに一礼してダンスを始めると、誰もがサンドラとセイラ王子に注目しているのが分かった。
いつも一番美味しい所を譲ってくれる鉄造に、サンドラは心から感謝する。
「ところでサンドラ様」
セイラ王子が、いつもの美しい笑顔で話し掛けてきた。
「はい、何でございましょう?」
「今ボクが踊っているサンドラ様は、悪役令嬢のサンドラ様で間違いないですよね?」
サンドラが驚愕で足が止まりそうになるのを、セイラ王子は上手くリードしてダンスを続けた。
「な……なぜそれを?」
「ボクは婚約者ですよ。当然です」
「いつからそれを?」
「最初に感じたのは、王宮での婚約発表の時です。でも、まさかと思っていました。それから、少しずつ強く思うようになって、確信したのは先日のエメラーダ家での婚約パーティーの時です」
サンドラは、女の勘でシラは通せないと判断する。
「申し訳ございません、セイラ様。大切な事を隠し立てしておりました。一人の中に二人の性格が入っているなど、信じて頂けないと思っていたもので……私のこと、気持ち悪いと思われますよね?」
「ちっとも。どちらのサンドラ様も、ボクの愛するサンドラ様ですから」
「セイラ様……」
セイラ王子の動じない眼差しに、サンドラの胸はキュンとする。
「でも、侍のサンドラ様の方がドキドキするかな」
「まあ、セイラ様ったら。そこはお世辞でも、悪役令嬢のサンドラと言うところですよ」
二人はクルクルと回転しながら笑った。
「今、侍のサンドラ様はどうなさっているのですか?」
「眠っている様な状態です。私が表に出れるのは、侍の方がこの様な状態の時だけ。一日二時間程度です」
「それは大変! ノンキに踊っていないで、やりたい事をやらないと」
「いえ、私がセイラ様と踊りたかったので、この時間を譲ってもらったのです。まあ、侍の方はダンスが苦手という事もありますけど」
「それはそれは、この上ない光栄です。しかし、二人分の能力をお持ちなので、それほどのスーパーレディーなのですね」
「スーパーレディーかどうかは別として、二人分というのはその通りです。この能力も、セイラ様と我が国をお守りする為に、神から授ったものと思っております」
ひとしきり踊った後、ケイン王子は言った。
「さて、悪役令嬢としての時間も僅か、そろそろ美味しい物を食べませんと」
「そうですわね」
二人が踊りの輪から抜けると、給仕係がすかさず飲み物を運んできた。それを二人は礼を言って受け取る。
セイラ王子は、グラスに口をつけるサンドラを愛おしげな眼で見つめていた。
「このパーティーが終われば、しばらくお別れですね。悪役令嬢のサンドラ様だから弱音が言えますが、ボクはその間に寂しくて死んでしまうのではないかと心配です」
サンドラは、セイラ王子に身を寄せた。
「私もです……フランスなんかに行きたくない。王様の命ではありますが、私は他国の情勢などに関心はありません。ルイ十六世とその家族だけを助けてどうなるものかと」
「ええ、多くの血が流れるのは、避けようがないでしょう。それでも、侍のサンドラ様は行かれるのでしょうね。ご自身の正義を貫くために」
サンドラは頷く。そして言った
「……それが侍としての生き様なのです」
その表情は、どこか誇らしげだった。
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