第47話 双子コーデ
ドトールの事件で一ヶ月遅れとなったが、公爵家におけるサンドラの婚約を祝うパーティは無事に開催へと漕ぎ着けた。
しかし、この日慌てたのがエメラーダ公爵である。久しぶりの里帰りとなるサンドラに加え、セイラ王子ばかりか、ケイン王子まで訪れたからだ。
ちなみに、シルビアとエッジ、バザルにセバスチャン、サリーとリリィも一緒である。
「セイラ王子! ケイン王子! お見えになると知っていれば、それなりの準備をしましたものを……実は今日は、ご婚約を口実に、屋敷に勤める者を労うのが目的のパーティでございまして、とても王家の方の口に合う物など……」
「申し訳ございません、お義父さま。私がサンドラ様にお願いして内緒にして頂いたのです。特別扱いではなく、皆様と同じでいたかったので」
「何と! 私めをお義父さまと! 同性であっても、美しい方に言われるとくすぐったいですなあ。ウヒヒヒ……」
マリー夫人に睨まれて、公爵は黙り込んだ。
さて、今日の口実の主役であるサンドラとセイラ王子、そしてケイン王子とシルビアは別室へと通された。
他の四人は、準備の手伝いにとパーティー会場へ降りていく。
別室でセイラ王子は、この日の為に準備したドレスに着替えた。薄い水色の華やかなパーティードレスだ。
シルビアが控えめなメイクを施すと、妖精と言っても疑う者はいないであろう、完璧な美少女に仕上がる。
「この様な兄を持ち、よくも私の性癖が歪まなかったものだ……」
ケイン王子がしみじみと語った。
サンドラは男装だ。いつもよりずっと踵の高い靴を履くのが不安だったが、セイラ王子と身長のバランスと取る為なので仕方ない。それでも、女性用のハイヒールよりは一〇〇倍マシだ。
「姫、準備はよろしいですか?」
サンドラがセイラ王子に右手を差し出す。
「ええ、いつでも」
セイラ王子はその手に掴まり、鏡の前から立ち上がった。
「常日頃、エメラーダ家の為に尽くしてくれて、諸君らには厚く感謝する。さて、諸君らも知っての通り、娘のサンドラがセイラ第一王子と婚約した。全く、あのジャジャ馬娘が次期王妃候補かと思うと、時の流れの早さに驚かずにはいられない。サンドラの今があるのも諸君らのお陰と、改めて礼を述べる。本当にありがとう!」
盛大な拍手が起きた。
エメラーダ公爵は正面階段の中央部分に立ち、満足そうに人々を見回す。
「酒も料理もタップリある。最後の一滴、最後の一皿まで楽しんでくれ。まあ、調理して準備したのは諸君ら自身であるが」
笑いが起きた。
「だが今日は、演奏係のドット達が酔っぱらう前にまず踊ろう。ゲストを紹介する。まず、ケイン第二王子とシルビア男爵令嬢」
シルビアをエスコートしながら、ケイン王子が階段を降りてきた。
和やかだった屋敷内の空気が、一瞬で凍り付く。無理もない、自分達だけのパーティーだと思っていたら、突然の王族と貴族の登場である。
身体が条件反射を起こし、壁際に整列を始めた。
それを公爵が大声で押し留める。
「待ちなさい! 元の場所に戻って! そこ、壁から離れて! 王子は無礼講をお望みだ。ほら、直立不動するでない、拍手でお出迎えするのだ。ほら、拍手!」
公爵が率先して拍手したので、会場は盛大な拍手に包まれた。
階段を降りた二人は笑顔で手を振り、拍手に応える。
公爵が両手を挙げると拍手が止んだ。
「そして今日の主役、ケイン王子と我が娘、皆と共にこの屋敷で育ったサンドラだ!」
どよめきが起こる。
中央階段の階上に現れたのが、妖精のごとき美少女だったからだ。だが、その少女がサンドラではないのは明らかだ。
いったい誰だろうと訝しがっていると、次に男装の麗人が現れた。こちらはサンドラで間違いない。
という事は、あの美少女は……。
エメラーダ公爵も、サンドラが男装を、セイラ王子が女装をするという事を聞いていなかった。しばし誰もが唖然とするが、屋敷は怒濤の様な歓声と拍手に包まれる。
二人は手を携えて降りて来た。
公爵は我に戻り、慌ててドット達に合図を送る。プロ並みとはいかないが、この日の為に腕を磨いてきた息の合った演奏が開始された。
波紋が広がる様に人々は後退りし、フロア中央に空間ができた。
階段を降りたサンドラとセイラ王子は、優雅に一礼する。そして、向かい合って手を取り合った。
リズムが合った所で二人は踊り始める。
クルクルと回転しながら、フロアを周回した。
屋敷内は溜め息に包まれる。サンドラのリードは、ドトールの一件で中断されたとはいえ、特訓の甲斐あってソツのないものだった。セイラ王子のフォローに至っては、いつか愛する人に身を委ねて女性パートを踊りたいと願い、一人で練習してきただけあって完璧だ。
エメラーダ公爵は、美の神も祝福する程のダンスを眼にできる幸運を喜んだが、反面この場に画家を呼んでいなかった事を悔いた。
――この宝石の様な瞬間が、このまま消え去るというのは何とも惜しいものだ……。
話は逸れるが、この時のパーティーに参加していた馬の世話と馬車の整備係のフランツという青年に絵心があった。サンドラとセイラ王子とのダンスのスケッチを何枚か残していたのだが、それが仲間内で評判となり、やがてエメラーダ公爵の耳まで届く事となる。
公爵はそのスケッチの描写の正確さと美しさに感銘を受け、画材道具を一式買い与えると、馬の仕事を休ませて絵を描かせてみた。
するとフランツは、一メートル四方はあろうかというキャンバスに、躍動するサンドラとセイラ王子のダンスを見事に描き上げる。専門的な教育は一切受けず、全て自己流でありながらだ。
その絵画は素晴らしい出来で、世紀を越えてエメラーダ邸の中央階段を登った正面に飾られ続ける事になる。
フランツは公爵家のお抱え画家となり、やがて王や王妃の肖像画を描くまでになった。もちろん、将来のセイラ王子とサンドラの事である。
セイラ王子の眼に溜まった涙が揺れていた。瞬きすると、それが長いまつ毛を濡らす。
「サンドラ様、ボク、幸せです。皆さんに祝福されて、サンドラ様のリードで踊れるなんて……」
その視線に、サンドラの胸はキュンキュンする。
「私もです。改めて、セイラ様にこの全身全霊を捧げましょう」
サンドラは、今晩セイラ王子を押し倒さずにいる自信が無かった。
多くの人々がサンドラとセイラ王子を見つめていたが、二人は完全に二人だけの世界に入り込み、ただただ無心に踊っていた。
やがて曲は終わり、二人はお互いに礼をする。
割れんばかりの拍手とはこの事だろう。窓ガラスが共鳴してビリビリと鳴るほどだった。
二曲目が始まった。
ケイン王子とシルビア、セバスチャンとバザル、ブレードとサリーが踊り始める。途中でリリィが、屋敷で普段は調理を担当している青年の手を引いて踊りに加わった。
少しずつ皆大胆になっていき、一組、また一組とダンスの輪に加わっていく。彼らは決して上手ではなかったが、貴族にありがちな義務感ではなく、心からダンスを楽しんでいた。
セイラ王子の息が整ってきたのを見計らって、エメラーダ公爵が声をかけた。
「あの、王子。もし失礼でなければ、私とも一曲踊って頂けないでしょうか?」
セイラ王子は笑顔で応える。
「はい、お義父さま。喜んで」
サンドラは、メイドチーフのフランに声をかけた。
「フラン、壁に貼り付いていないで、一緒に踊りましょう」
「そんな、サンドラ様。私など、もったいない」
「あら、私の婚約を祝ってくれないの?」
「いえ、決して……」
「では踊りましょう。さあ、こちらへ」
サンドラは、はにかむフランの手を引き、フロアの中央へと導いた。
☆
サンドラの部屋は、エメラーダ邸を出た時と全く同じ状態に保たれていた。里帰りした時に自室でくつろげるようにとの親心だ。
パーティーを抜け出したサンドラは、自分の部屋に戻ると鏡の前に座る。
「ステキなダンスだったわよ、鉄造。少しヒヤヒヤしたけど」
鏡の中のサンドラが話しかけてきた。
「ああ、俺もダンスの楽しさが分かってきたよ、サンドラ」
現実のサンドラが応える。
「良かったじゃない。で、何?」
「いや、そろそろ代わろうかと思って」
「私と? パーティーはこれからが楽しいのよ」
「俺が本当は人が多いの苦手なのは知ってるだろ。それに皆、君の家族同然の人達だ」
「私なんて、誰からも嫌われていたわ。鉄造に身体を乗っ取られて、客観的に物事を見るようなるまで気付かなかったけど」
「昔の事は忘れていくものだし、君も昔の君じゃない。俺はセイラ様と踊るという目的を果たしたし、後は頼むよ」
「ちょっと待って、鉄造……」
現実のサンドラは、鏡の中のサンドラの制止も聞かずに座禅を組む。
次の瞬間、鏡に映った自分を見つめていたのは、それまで鏡の中にいたサンドラだった。
この時、鉄造の意識は無念無想の境地に在り、話しかけても応えてくれない。
サンドラは嬉しくなり、男物の服を脱ぎ捨てた。そして、デザインは違うが、セイラ王子と同じ薄い水色のドレスを持っている事を思い出し、それに着替えた。
階上にドレス姿のサンドラが現れた時、フロアは再び溜め息に包まれる。
ドレスに着替えたサンドラに気付いたセイラ王子が階段を上っていく。そして、笑顔で見つめ合うと、手をしっかりと繋いだ。
双子コーデの二人は、まさに妖精か天使としか例えようが無かった。
酒が入っている者もおり、リラックスした雰囲気の中、二人は大歓声と口笛に包まれる。
マリー公爵夫人は涙を拭いていた。
「私は、長い間あの子を勘違いしていました。女性として有るまじき行為ばかり行う、分別の無い子だと……ですが、本当に分別が無かったのは私でした。本質が大事だと教えてくれたのはあの子です。セイラ様も、変わったご趣味をお持ちですが、民から賢王子と称されるお方。人は見た目だけで判断してはならないのですね」
エメラーダ公爵は、夫人の肩を抱いて言った。
「いや、お前の教育が良かったから、あれほど素晴らしい子に育ったのさ」
世辞や慰めではなく、公爵は本当にそう思っていた。
階段を降りながら、サンドラはセイラ王子に語りかける。
「さあセイラ様、沢山食べましょう。今年のワインは、素晴らしいお味だそうですよ……」
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