第45話 車窓から
刑の執行が中止され、ドトールを含む四人の元聖職者は隠し財産の取り調べの為に再び監獄へと戻されたが、十人の元教会騎士はその場で解放となった。
「兄上! ……兄上!」
エレデは、公園を後にする都民の流れに逆らいながら中心を目指す。
ようやく辿り着いた時、十人の元教会騎士は、まだ呆然と立ち尽くしたままだった。
「兄上ぇー!」
エレデは兄にしがみついた。
「良かった……本当に良かった……」
涙を流しながらそう繰り返す弟を、兄も抱き締め返した。
「エレデ……すまなかった。お前の言う事を聞いていれば、こんな事には……」
元団長が近付いてきた。
「エレデ、ありがとう。お前がサンドラ様に取り入ってくれたのだろう? 一度は諦めたこの命、今後は王国の為に尽くすつもりだ」
エレデは答える。
「いえ、私は何もしていません。ただ、サンドラ様は仰っていました。何百人殺そうと、大河の流れを変える事はできない。人にできるのは所詮、河の流れに沿って船を進める事くらいだ、と」
元団長は、心臓の上に右手を当てた。
「まるで、どこかの国の大きな変革を、ご自身の眼で見てきたかのような奥深い言葉だ。いや、底知れぬサンドラ様の事だ。実はどこかで見てきたのかもしれぬ……」
☆
チェダー副司教は、セイラ王子とサンドラ公爵令嬢を眼の前に、若干の居心地の悪さを感じていた。
確かに二人共、ニコニコと笑いながらチェダー副司教と対面している。そこに悪意や敵意が微塵も無いのは明らかだ。しかし……。
「あのう、私のような者が、王家の方の馬車に乗ってよろしかったのでしょうか?」
サンドラ公爵令嬢は、驚いた顔をして言った。
「まあ、チェダー様! 何を仰るかと思えば。これからのアルフレッサ王国の宗教界を牽引なさる方と同席できて、私たちこそ光栄です。ねえ、セイラ様」
「はい、その通りです」
美しく、ただひたすらに美しい二人だったが、それ以上にオーラのようなものをチェダー副司教は感じていた。
特にサンドラ嬢。この後光と言うより、巨大な岩石を思わせる威圧感は何なのだろう? 次期王妃とはいえ、まだ十七、八の娘である。
「ありがとうございます。しかし、今回の人事は、ご存じのように完全に漁夫の利でして……その渦中のドトールについては、どうするおつもりなのですか?」
尋ねられたセイラ王子はアッケラカンと答えた。
「さあ? サンドラ様、どうするおつもりです?」
チェダー副司教の予測通り、これら一連の件は、サンドラ公爵令嬢の仕組んだ事らしい。
「ドトールは人でなしですが、金儲けの才だけは大したものです。そしてそれは、実は私にもセイラ様にも無い才能なのです」
「なるほど。ですが、そんな才能、王族の方には必要の無い才能では?」
「いえ、これからは必要になります。今後、イギリスもフランスも、混迷と迷走の時代に入ります。新大陸アメリカの活動も活発になる。我が王国を守るには力が、力を揺るぎないものにするには財力の裏付けが必要なのです」
チェダー副司教は関心するしかなかった。
「いやはや、素晴らしい洞察力をお持ちのようです。お二人がこの国を導いて頂けるのであれな、繁栄は揺るぎないものと確信致しました」
心からの賛辞を述べたつもりだったのだが、セイラ王子は不思議そうな顔をするだけだ。
「何の事ですかぁ?」
肩透かしを食らった副司教は、苦笑いをするしかない。
「話を戻しますが、ドトールの罪は問わず、王国の為に重職に就かせるという事ですね」
サンドラは笑顔で答えた。
「重職には就かせますが、罪を問わないという訳ではありません。アヤツは、私の眼の前で侍女を陵辱しました。それだけでも万死に値しますが、殺せばそれまでです。生かしていけば役に立ちます」
「大丈夫でしょうか? 仲間を手に掛けるような男ですが」
「人の命を何とも思っていないのでしょうね。私も奴に拳銃を向けられた時は、大砲で撃たれた時の事を思い出しました」
チェダー副司教の細い眼が、眼球が落ちそうなほど見開かれた。
「何と! 大砲で撃たれたご経験がお有りとは?」
つい前世での記憶を語ってしまい、サンドラは笑ってゴマかす。
「フフフ。ですが、人の命を軽んじる者ほど、自分の命に固執するもの。自分の命に固執する者は扱いやすいものです。殺すぞ、とさえ言えば良いのですから」
「確かにそうなのでしょうな。逆に、一番怖いのは命を捨てる覚悟のある者、という訳ですな。サンドラ様の強さの秘訣が分かった気がします」
「フフフ……」
サンドラは笑顔を崩さないが、副司教は思った。この次期王妃は、王子や愛する者の為ならば、笑って命を投げ出すのだろう、と。
副司教は疑問を口にする。
「王子。王子は驚かないのですか? 妃になられる方は、大砲と戦われた方なのですよ」
だが、セイラ王子は涼しい顔だ。
「別に。サンドラ様には、信じられないものを沢山見せて頂きました。今更一つ二つ増えた所で、驚く程の事ではありません」
この国は大丈夫だと、チェダー副司教は改めて思う。
車窓から大聖堂の屋根が見えてくると、副司教は残念に思った。まだまだ話を聞きたい。どんな驚く話が出て来るのか、想像もつかない。
「また、ご一緒できる機会はございますでしょうか?」
サンドラは愛くるしい笑顔で答えた。
「もちろんですとも」
夕陽が差し込み、サンドラの横顔を照らしていた。
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