第44話 死刑執行
その後、形ばかりの裁判により、ドトールの火刑と手下の三人の神父の断首刑、そしてサンドラから殴り倒された十人の教会騎士の絞首刑が決まった。刑の執行は翌日である。
バザル達を誘拐した実行犯である二人の神父と、サンドラと戦わずに降参した三人の教会騎士には、終身刑が告げられた。
裁判が行われた日の夜、宮廷での生活も随分慣れたエレデが、サンドラの部屋を訪れる。
「サンドラ様、夜分に申し訳ございません。こんな時間に淑女の部屋を男が尋ねる事がどれほど失礼か、重々承知しているのですが……」
「エレデなら誰も変に思わないから大丈夫よ。次は女装だと完璧かしら。だけど、セイラ様に見つかったら大変だから早く入って。殺され兼ねないわ」
エレデは周囲を気にしながら部屋に入る。
「実は……」
「お兄さんの事ね」
「……はい。あんな兄ですが、ここまで私を支えてくれた肉親です。何とぞ恩赦を」
「心配しないで。今回の件で誰かを殺すつもりはないわ」
「ですが……」
「だけど、私に刃を向けた者には、見せしめになって貰わないといけないの。それは私だけでなく、この国と国王様に楯突いたのと同じ事なのよ」
「それは承知しております」
「だから、恥はかいてもらう。この国の騎士は、切腹の作法なんて知らないでしょう?」
「セップク、ですか?」
「自刃の事よ。ジパンの侍は、命より誇りを重んじ、お腹を切って自害したの」
「理解できません。我が国の宗教では、自殺者は天国に行けませんから。でも、なぜわざわざ痛い方法で死ぬのですか?」
「そうね、ジパンではお腹に魂や精神が宿ると考えられている。だから、それを切って中を見せる事で、自らの潔白を証明したの。武家に生まれた子供は、小さい頃から切腹の作法を学ぶわ。つまり、常に死を覚悟し、死と隣合わせに生きていくの」
「しかし、兄達にそれをせよといっても無理な話です」
「もちろんよ。だから、死ねないのなら生きて貰うわ。生まれ変わって、この国の為に尽くしても貰う。お兄さん、何か得意なものはある?」
「やはり剣と、それから数字も得意です」
「じゃあ、貧しい子供達を守りながら、算数を教えるなんてどうかしら」
「はあ……ピッタリだとは思いますが」
「まあ、明日の事は私に任せて。悪いようにはいないから」
「……はい、よろしくお願い致します」
エレデの不安が払拭された訳ではなかったが、今はサンドラを信じるしかないと自分に言い聞かせた。
☆
翌日、グレンキャンベル中央広場には街中の人々が集まり、大変な人だかりとなった。
何と言っても、現国王になって、初めての公開処刑である。
公園の中央には火刑用の木材が高く積まれ、人々は恐怖に慄きながらそれを見上げたが、不思議にも思った。張り付け用の棒が立っていなかったからだ。
しかし、火刑では、実際には生きたまま焼き殺すというのはあまりにも残酷という事で、温情という名の下に刑吏が事前の絞殺する事も多かった。殺した後に火に投げ込むのだろうと、人々は囁き合った。
それにしても、ギロチンも無ければ、首を吊る台も無い。どの様に処刑を行うのか、人々の疑問は増すばかりだ。
やがて、衛兵に連行されて、十四人の死刑囚が入って来た。
刑が始まれば声を上げてはならない。そうお触れが出ていたので、公園内は静まり返る。ただ、死刑囚の家族や友人達であろうか、誰かのすすり泣く声だけが聞こえていた。
野次馬の一番後からこっそり見ていたエレデも、台へと上らされて一列に並んだ兄の後ろ姿を見たとき、涙が止まらなくなった。
自分が男を惑わす容姿をしている事に気付いた時、もし兄の支えが無ければ、エレデは道を踏み外していたかもしれない。騎士になるという夢から眼を逸らし、身体で男から金をせびる、卑しい男娼になっていただろう。
「兄上……」
エレデはただ、心配するなと言ったサンドラの言葉を信じ続けた。
健康を理由に退任した前司教に代わり、現在は副司教のままであるが、次の司教となる事が確実となったチェダー副司教を先頭に、法務関連の大臣や官僚が入って来た。セイラ王子とサンドラもいる。死刑囚より更に一段高い観覧所に並べられた椅子に座った。
儀礼に従い、チェダー副司教が死刑囚に聖書の言葉を述べた。落ち着いた低い声が公園内に響き渡る。
すすり泣きが一層多くなった。
死刑囚の誰もがうなだれる中、ドトールだけがギラギラした眼でチェダー副司教を睨んでいた。火刑を前にたいした胆力だとサンドラは関心する。
チェダー副司教の言葉が終わると、法務大臣が立ち上がり、まずドトールの罪状を読み上げた。セイラ王子とサンドラの殺人未遂、そして国家転覆罪により火刑に処す、と。
公園中央の木材に大量の油がかけられ、火が投げ込まれた。瞬く間に炎は勢いを増し、火柱を立てる。
その勢いと熱さに、人々は後退りした。当然、ドトールも怖じ気付く。
「待て! 私はこの国に貢献できる人間だ! 私を失う事は大きな損失だぞ!」
しかし、ドトールの両腕を屈強な衛兵が二人、問答無用で左右から挟むように掴んだ。
「何だ! おかしいだろ! 普通、棒に縛り付けてから火を付けるだろ! 私を生きたまま炎に投げ込むつもりか! 止めろ!」
抵抗するドトールを二人の衛兵は軽々と抱え上げ、炎の前まで連れて行った。炎から一〇メートルは離れているのに、既に耐えきれないほど熱い。
このまま炎の中に投げ込まれると思ったドトールは、涙と鼻水が止まらなくなった。恐怖と絶望で顔がクシャクシャになる。
だが、衛兵はそこでドトールの腕から手を放すと、どこかへ行ってしまった。
「ほえ?」
ドトールが間の抜けた声を出す。
法務大臣が右手を高く上げた。
「これより刑を執行する! ドトールよ、炎の中へ入るが良い!」
「ほえ?」
ドトールは動かない。
「……ほれ、入らぬか」
法務大臣は、指先でノラ猫を追い払う様な仕草をした。
「そんな……できる訳ありません」
ドトールは、涙と鼻水にまみれた顔で訴える。
「そんな筈はあるまい。私はお前の説教を聞いた事があるぞ。信心が深ければ熱さなど超越できると、そう言っておった。私はそれを聞いて、いたく感動したものだ」
そして、再び猫を追い払う仕草をした。
観念したのか、ドトールは恐る恐ると炎に近付いて行く。しかし、後二メートルという所で、飛び上がって逃げ帰って来た。
「アチチチ!」
火の粉が跳び、囚人服の一部が燃えていた。ドトールはそれを慌てて叩いて消す。
「無理です! 死んでしまいます!」
「だから死刑であろうが。言う事とやる事が全然違うな。まあ良い、お前の刑は後回しだ。衛兵、火を一旦消しなさい」
炎が消えると、次はゲジゲジ眉と二人の神父が台から降ろされた。三人の周りを、ズラリと槍を持った衛兵が囲む。
そして、三人の手に出刃包丁が手渡された。
「あのう……これで何を?」
ゲジゲジ眉が法務大臣に尋ねた。
「決まっておろう。お前達は断首刑だ。それで首を切り落とすが良い」
「自分でですか?」
法務大臣は黙って頷く。
三人は包丁を持ったまま立ち尽くす。
「どうした、早よせい」
ゲジゲジ眉が、覚悟を決めた様に刃の先端を喉元に近付ける。野次馬達に緊張が走り、公園内は静まり返った。
ところが、刃の先端が皮膚に触れ一筋の血が流れたかと思った瞬間、ゲジゲジ眉は大声で叫んだ。
「イテー! イテテテ!」
公園内は、一転して爆笑に包まれる。サンドラとセイラ王子も、腹を抱えて笑った。
「なんだ、サンドラ様を殺そうとしておきながら、自分は死ぬ覚悟も無いのか。もう良い、お前達の刑も後だ」
そして案の定、一〇人の教会騎士に一メートル程のロープが渡された。
団長が法務大臣に尋ねた。
「このロープで自分の首を絞めて死ね、と言う訳ですね」
「よく解ったな。説明の手間が省けて助かる」
「無理です。自分で絞めたのでは、気が遠くなった時に力が抜けてしまい、死ぬ事などできません」
「そうか。では仕方ない。これにて本日の処刑を終了する」
法務大臣がそう告げた時、死刑囚と野次馬は呆然とし、公園内は再び静まり返った。
「最後に、アルフレッサ王国セイラ第一王子からお言葉を頂く!」
法務大臣はセイラ王子に一礼すると、お役御免とばかりにサンドラの隣の椅子に腰掛けた。
セイラ王子は渋々立ち上がり、サンドラの耳元で囁く。
「やっぱり、サンドラ様がやった方が良くない?」
サンドラは囁き返した。
「どうか観衆にセイラ様の美しいお顔を拝ませてあげてください。セリフは覚えていらっしゃるでしょう?」
「ズルイなあ……」
セイラ王子がそれまで法務大臣が立っていた場所に立った時、民は王子の気品と美しさにため息をついた。王子が一人で国民の前に立つのは、これが初めての事だったのだ。
死に損なった死刑囚は、再び一列に整列させられる。
「ドトール、そして十三人の死刑囚よ。お前達は、私と私の婚約者であるサンドラ嬢に剣を向けた。その事に異論があれば、私とここにいるアルフレッサ王国民の前で述べよ。今一度、弁明の機会を与えよう」
この時点で死刑囚達は、もしかすると命だけは助かるかもしれないという淡い期待を抱いていた。ヘタな事を言って、再び刑が始まっては堪らない。黙りを決め込む。
セイラ王子は、十四人全員が何も言わないのを確認して、再び語り始めた。
「お前達は罪を犯し、国を裏切り、教会の信頼すら失墜させた。特にドトールよ、お前は我が国を二分して混乱させ、国の実権を得ようとした。その罪、万死に値する」
既にドトールには、強がる気力も残っていなかった。ただ黙って何度も頷いた。
「死ぬ機会を与えたが、死ぬ事もできぬ。仕方ないので、お前達には次の刑執行までの猶予を与えよう。但し、今日から国とここにいる国民の為に生きると誓うならばだ」
死刑囚達は、口々に誓いますと叫んだ。
セイラ王子は、満足げに頷く。
「それからドトールよ。お前は長きに渡り、聖職者にあるまじき商売で私腹を肥やした。我々はそれを幾らか差し押さえたが、試算の半分にも満たない。どうせ死刑ならばと闇に葬るつもりのようだが、どうだ? 自分の命と引き替えにそれを王国に差し出さぬか?」
ドトールはビクビクしながら答えた。
「はい、わかりました……でも、教えた途端に殺されるなんて事は?」
「ボク……コホン、失礼……アルフレッサ王国第一王子の名にかけ、ここにいる王都グレンキャンベルの民を証人に誓おう。お前が再び罪を犯さぬ限り、命は保証する。そして、その財産は、民の教育と親を失った子供達の為に使用すると約束しよう」
その時、セイラ王子の言葉を聞いていた一人の女性が両膝を地に着き、両手の指を胸の前で組む祈りのポーズを取った。すると一人、また一人と同じポーズを取り、仕舞いには死刑囚までもがセイラ王子に祈りを捧げる始末だった。
――ひえっー、サンドラ様の狙いはこれだったのか!
公園中の人々が自分にひざまづく光景を見下ろしながら、セイラ王子は冷や汗を流しながら思った。
王都グレンキャンベルの都民に、セイラ王子に対するカリスマが完成された瞬間だった。
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