第41話 辻村ヌンチャク

「人のお楽しみは邪魔しちゃダメだと、学校で習いませんでしたか? 私は今、この娘と愛の絆を深めている所なのです」

 ドトールの腰の動きが止まらない。

 バザルは快感に負けまいと、歯を食いしばって耐えているのが見えた。

「テメェ……どこまで腐ってるんだ」

「いいから、その剣を捨てなさい。私はこの娘が気に入りました。手放したくない。私にこの娘の頭を吹き飛ばせないで頂きたいのです」

 バザルが苦しげに言った。

「サンドラ様……私はどうなっても構いません……どうか、この悪人を切り捨ててください」

 しかし、サンドラは唇を噛み、剣を投げ捨てた。

「ホラ、捨てたぞ。バザルを解放しろ」

 ゲジゲジ眉が象の鼻の様に巨大なモノをブラブラさせながらサンドラに近寄り、剣を拾い上げた。いつの間にか、残り二人の騎士も剣を手にしている。三人は剣を持たないサンドラなど恐れるに足らずといった威風だが、下半身だけ剥き出しという情けない姿だった。

 だが、ドトールの腰の動きは止まらず、バザルを解放する素振りもない。

「止めろ! 約束を守れ!」

「えっ? それは無理です。まだイッていない。あなたには分からないでしょうが、男はこうなると途中で止める事などできないのです」

「いや、分かる。分かるが、もうバザルは勘弁してやってくれ。代わりに、私が……」

 サンドラは俯いて制服のボタンを外し、上着を投げ捨てた。上半身の下着姿だけでも、その身体の美しさは想像を絶していた。

「何と……」

 ドトールは、バザルの身体から一物を引き抜く。長時間バザルの中で暴れ回っていたソレは、フヤケて湯気を上げていた。

 バザルは腰から崩れ落ちる。

「サンドラ様……成りません……こんな汚らわしい男で御身を汚すなど……」

「良いのです。良いから、早く服を着るのです」

 バザラは床に散らばっていた服をかき集め、チャペルの隅で着始めた。

 サンドラの思惑通り、四人は既にバザルに注意を払わなくなっている。ただ、ドトールの持つ拳銃の銃口は、真っ直ぐにサンドラの心臓の位置を向いていた。

「クックックッ……次期王妃が、まさかこんなプレイをお好きだとは。さあ、早くズボンをお脱ぎなさい。下着も脱いで、生まれたままの姿になるのです」

 さっきまでダランと垂れ下がっていたゲジゲジ眉と残り二人の神父の一物が、いつの間にか良からぬ期待で天を突いていた。それでも、魔王の様に強いという噂のサンドラに警戒を解かず、剣を持つ手を離さない。

 サンドラは諦めた素振りを見せ、腰の後に右手を回した。そして、直ぐにその手を胸の横で鋭く一回転させると、素早く左へ払った。

 同時に拳銃が真横に飛んでいった。拳銃を握っていた指の何本かが、曲がってはいけない方向に曲がっている。

「ぁれ?」

 ドトールが異変に気付いた次の瞬間、今度はサンドラの手が左から右へと払われた。

 ――ヤバイ。

 本能的にドトールは思ったが、なす術も無く、眼から火花が出るのを合図に意識を失った。

 ドトールが崩れ落ちると、三人の神父は吹き飛んだ拳銃を拾おうと走り出した。サンドラも素早く反応し、三人の前に立ち塞がる。

 右手を頭の後に、左手を右の脇の下に差し込む妙なポーズをサンドラはとっていた。

 ――武器は持っていない筈。一体何が起きているんだ?

 ゲジゲジ眉は、慎重にサンドラとの距離を詰める。

 剣には自信の無いゲジゲジ眉でも届きそうな距離まで詰めた時、脳天に衝撃が走った。そのまま前のめりに倒れかけた時、今度は顔面に衝撃が走る。

 ゲジゲジ眉は、仰向けに倒れて意識を失った。

 それを合図に、一人の神父が拳銃を拾いに走り出し、もう一人の神父がサンドラに斬り掛かってきた。

 斬り掛かってきた神父に対し、サンドラは左脇に挟んだ『何か』を左腕を伸ばす事で弾くと、その『何か』は剣が振り下ろされるよりも早く神父の顔面を砕いた。

 大量の鼻血が吹き出し、ボタボタと床に垂れた。神父はその血の量に慌てふためく。

 サンドラは頭上で『何か』を左手を素早く一回転させると、右斜め下に振り下ろす。神父の鎖骨が折れる音がして、その激痛にうずくまった。

 その時、最後に残った神父が、まさに拳銃を拾い上げる所だった。

 サンドラは追いかけるのを諦め、『何か』を右、左、右と身体の側面で高速回転させながら持ち手を変える事で加速を付けると、神父が拳銃を構えるタイミングで投げつけた。

 『何か』は拳銃を持った手に命中し、轟音と共に銃弾は発射されたが、壁に穴を開けただけだった。

 神父は慌てて拳銃を構え直すが、その時にはもう、サンドラは眼の前に立っていた。

「ヒッ!」

 悲鳴と共に引き金を引くが、既に銃口はサンドラが握って上に向けていた。今度は天井に穴が開く。

「うわっー!」

 神父は、破れかぶれで反対の手で殴りかかる。

 サンドラはその拳を避けるのではなく、逆に顎を引いて前に出た。拳が届くよりも早く、ゴツンという重い音と共にサンドラの頭が神父の鼻にめり込む。

 サンドラが頭を離した時、神父の鼻は真横を向いており、そのまま丸太が倒れるように後へ倒れた。

 息を吹き返さないか、サンドラが倒れた神父を軽く蹴って確認していると、エレデが駆けてきた。

「サンドラ様! ご無事ですね!」

 脱ぎ捨ててあった上着を拾い上げ、サンドラに手渡す。

「ええ、大丈夫よ。この四人も縛って」

 そして、隅で小さくなっていたバザルに駆け寄る。

「バザル、大丈夫?」

 バザルは健気な笑顔を見せる。

「はい、サンドラ様。ケガ一つ有りません。大丈夫です」

「ごめんなさい……辛い目に合わせてしまって……」

「そんな、とんでもございません。サリー様とリリィ様とお守りできて、誇りに思っている位です……」

 しかし、言葉とは裏腹に、バザルの眼には生気が無い。

 そんなバザルをサンドラは抱き締めた。そして、最後に倒した神父から奪い取った拳銃をバザルに渡す。

「これを持って」

 バザルは不思議そうな表情をした。

 サンドラは、エレデと一緒に気を失っている四人を一カ所に転がした。そして、顔をはたいで意識を取り戻す。

「イテテ……何と、エレデではないか。さては裏切ったな」

 意識を取り戻したドトールは、顔を真っ赤にして怒った。

「裏切るも何も、あんたがこの娘にした事は、決して許されない事だ。教会騎士団にいた事は、今の私にとって恥でしかない」

 エレデがそう言い放っていると、サンドラがバザルを四人の前に連れてきた。バザルの手には拳銃が握られている。

「バザル、あなたにはこの連中を殺す権利があるわ。四人全員撃ち殺してもいいし、ドトールだけ殺してもいい。好きにしなさい」

 そして、四人の方を見て、サンドラは慈悲深い笑顔を見せた。

 その笑顔は、凄んだり、怒鳴ったりするよりも遙かに恐ろしく、四人は失禁で水溜まりを作った。

 バザルは、ためらいもせずに拳銃を構える。

「ヒイッ! 金なら出す、全部出すから命だけは」

 ドトールが命乞いをする。

「みんなドトールにやらされていた事なんだ! 責任は全てドトールにある。俺は勘弁してくれ!」

 ゲジゲジ眉は、責任をドトールに押し付けようとした。

「そうだ、全部ドトールが悪い。私はむしろ被害者だ。殺すならドトールだけにしてくれ」

 もう一人の神父も、何とか責任をドトールに押し付けようとする。

「キ、キサマら! 何という事を! サンドラ様、私はそのお嬢さんの口にしか出していませんが、この三人は中に出しました。殺されるなら、この三人の筈です」

 ドトールは唾を飛ばして反論する。

 バザルは拳銃を下ろした。

「見苦しい! あなた達には、殺す価値すらありません。法の裁きを受けるが良いでしょう」

 そして、拳銃をサンドラに返した。

「立派よ、バザル。それに引き換え、このウジ虫共は」

 サンドラはドトールの髪を掴んで引き上げ、膝で立たせた。

「では、私が王家に代わり、正義の鉄槌を下します。まず、これがセイラ様暗殺未遂の分」

 左手でドトールの髪を掴んだまま、右の正拳で正確に鼻を貫いた。

「ひでぶっ……」

 鼻骨が顔面にめり込み、鼻腔内の空気が口から抜けて悲鳴のように聞こえる。

「そして、これがバザルを傷つけた分」

 二発目は、鼻と口の間にある人中と呼ばれる急所に命中する。白眼を剥いて失神したドトールは全身が脱力し、顎の力も抜けて口を開けた。そして、上顎の前歯が二本抜けて床に落ちると、コッコッと小さな音をたてた。



 次の日、陽が出ると同時にエレデは宮廷へ馬を走らせた。

 裏門の門番である初老の近衛兵に話せば全て通じるからというサンドラの言葉通り、余計な説明は一切不要だった。

 半時(現在の約一時間)もしない内に、プッシーキャットの帳簿の回収を終えて宮廷に戻っていたジャンを長とする小隊が結成され、修道院跡へと向った。

 近衛兵達は別に慌てる様子もなく、ポコポコと常歩で馬を進ませる。エレデは不思議に思い、ジャンに尋ねた。

「あのぉ、サンドラ様が心配ではないんですか?」

「ああ? いやいや、心配なのは君ら教会騎士団の方さ。姫様の事だ、手加減した筈だし死人は出ていないと思うが、重傷者はいるだろう?」

「仰る通りです。ですが、私はもう教会騎士ではありません。サンドラ様付きの騎士のつもりです」

「ハハハ。セイラ王子といい、君といい、サンドラ様は少女の様に美しい少年がお好みらしい。得したな」

「はい! この顔、今まではコンプレックスでしたが、サンドラ様に気に入られるのなら、ようやく自分で好きになれそうです」

「そりゃ良かった。ところで君は、サンドラ様が君の昔の仲間を倒すのを見たんだろ?」

「ええ、この眼でしっかりと」

「ラッキーだったな。で、どうだった?」

「もう、凄いの一言です。アッと言う間でした。それも剣を使わず、森に落ちていた長い枝で」

「ハハハ。枝か、姫様らしい」

「それから、拳銃相手には何だか不思議な武器で」

「何! 銃と戦ったのか?」

「それが不思議なんです。ロウソクの灯りなんかじゃ全く武器が見えなかった。なのに、敵だけがバタバタと倒れていく。最後の敵にサンドラ様が投げつけたのを拾ってみたら、ただの短い棒でした」

「ははあーん。それ、二本あっただろう?」

「はい、ご存じでしたか。紐で繋いでありました」

「ヌンチャクだな」

「ヌンチャク?」

「そうだ。東方の小さな小さな島国、琉球の武器らしい。そこは鉄がほとんど採れないそうで、木製の武器が発達したんだと」

「へえ」

「オレもサンドラ様が稽古しているのを一回見ただけだがね。質素な武器だが、回転させて遠心力を加える事で、大変な威力を秘める。あんな物で殴られて、死ななかったら儲けモンだ」

「世界には色んな武器があるのですね。しかし、サンドラ様はなぜそんな物を?」

「さあ、オレもそこまで聞かなかったな。興味があるなら自分で聞いて見ろよ。まあ、エメラーダ家の門外不出かもしれんがね」

 やがて、森の奥に修道院跡が見えてきた。

 サンドラが前で待ち兼ねるように立っており、ジャンとエレデが手を振ると、手を振り返した。

 前庭には、縄に両手を縛られて一列になって座らされている十三人の教会騎士と四人の神父が見えた。



 後の事はジャン達に任せ、サンドラはバザルとサリー、そしてリリィを馬車に乗せると、自分は御者席に乗り込んだ。手綱はエレデが握る。

 馬車が動きだすと、車内の三人は直ぐに疲労で眠ってしまった。サンドラも眠気を感じていると、エレデが話しかけてきた。

「あの、サンドラ様。ドトール達を倒したあの武器、ヌンチャクと言うそうですね」

「そうよ。ジャンから聞いたのね。あれは辻村ヌンチャクと言うの」

「ツジムラ?」

「琉球王国の辻村。この国でいうと、雌鶏通りみたいな所よ」

「えっ……遊郭ですか?」

「そう。でも、辻村には独特の文化があってね、遊女はもちろんだけど、宿屋のオーナーから給仕まで、全て女性なの」

「遊郭全体が女性社会ですか?」

「そう。まあ、例外はいたと思うけど。ところで女性ばかりだと、やはり賊に眼を付けられる訳。強盗が押し入る事もあった」

「そんな時、女性達はヌンチャクを持って戦った、と」

「そういう事。だから、狭い室内で戦う事に適しているの。短い半径で強烈な遠心力が加わる形だし、それに合わせて技が発達したのね」

「ヌンチャクは辻村だけの武器なんですか?」

「結構色んな地域に同様の武器は伝わっているみたい。だけど、他の地域のヌンチャクは、長い棒は持ち歩くのが邪魔なので、携帯用に二つに折って紐で繋いだって感じね。私が使ったのよりずっと長いし、戦い方も普通の棒の様に持って使う事が多いわ。ブンブン振り回すのは辻村特有ね」

 琉球武術の影響を強く受けていた東雲示現流は、免許皆伝になるのに隠し武器として辻村ヌンチャクを修得する必要があった。女性用の護身術と軽く見ていた鉄造だったが、まさか転生後に自分と仲間の命を救ってくれる事になるとは、夢にも思っていなかった。

「辻村ヌンチャクは、あなたや私のように、体格的に一般男性より劣る者の強い武器になるわ。学びたいなら教えるわよ」

 サンドラの言葉に、エレデは眼を輝かせて答えた。

「はい! よろしくお願いします!」

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