第40話 チェックメイト

 エビータを家まで届けた後、サンドラは森に入った。

 行けども行けども、森は続く。

 森の中は月の光も入らぬ程で、ランプが無ければ進行方向も分からなかっただろう。

 時々、遠くからサンドラの様子を伺う狼の眼が、ランプの灯りを受けて光った。

 どれくらい進んだだろう。道を間違えたのではないかと疑い始めた時、サンドラは人の気配に馬を止めた。

 ランプをかざすと、そこには馬と共に、昨日宮廷で司祭を支えていた小柄な騎士が剣を持って立っていた。

 ――可愛い! 可愛過ぎるぞ! このコとは戦いたくない。

 サンドラは直感で思う。

 悩んでいると、騎士の方から話し掛けてきた。

「サンドラ様! まさか、こんな所までお一人で?」

「ええ、手紙に一人で来いと書いてありましたから」

「それを真に受けて? 何てお方だ……」

「それで、あなたは何? 私、あなたとは戦いたくないわ」

 エレデは慌てて片膝をつく。

「申し遅れました。私は元教会騎士団のエレデと申します。戦う気など、毛頭ございません」

「でも、剣を抜いてる」

「これは、狼に襲われ、打ち払った所でしたので。灯を持たずに飛び出してしまい、失敗でした」

 サンドラが足元を照らすと、確かに斬られた狼が三匹ほど転がっている。

「ヘエ、たいしたものね。素早い狼を、こんな暗闇の中で」

「ありがとうございます」

「元騎士団という事は、今は違うという事?」

「はい、今し方辞めてきました。ドトール様……いや、ドトール達が少女達に乱暴を働いているのを見てしまい……もう、奴らに付いていく事はできません」

「生きている! 三人は生きているのね?」

「はい」

「早く! 早く行かないと!」

「サンドラ様、私にお供させてください」

「本当? 助かるわ。だけど、後からバッサリは御免よ」

「神に誓いまして」

 エレデも馬に乗り、二人は進み出した。

「待ち構えている団員は何人?」

「私が抜けたので、一三人です」

「強い騎士はいる?」

「団長はやはり強いかと。それと、私の兄も」

「お兄さんも教会騎士なのね。それじゃあ殺す訳にはいかないか」

「敵は一三人ですよ。そんな悠長な事は……」

「大丈夫、それ位の人数なら。それに、向こうだって私を生きて捕らえるように言われているでしょ?」

「なぜそれを?」

「あのドトールの事だもの、簡単に殺す気は無い筈。私を陵辱して、ボロボロのズタズタにして、殺すのはそれからのつもりでしょう」

「……全く、本物の悪魔はアイツです」

「敵に殺意が無いのなら、こちらもそれ位の心づもりで十分……ほら、こんな所に神のお導きが」

 サンドラは馬から降りると、地面に落ちていた一本の棒を拾い上げた。二メートル近い長い木の枝だ。それを、ビュンビュンと振り回す。

「うん、太さといい、堅さといい、申し分ない」

「……あの、それで何を?」

「武器よ。これで戦うの」

「木の枝でですか?」

「そうよ。真剣で相手を殺さないように戦うって大変でしょ。それなら、最初から殺傷力の弱い武器で戦った方が思い切り戦えるから」

「はあ、確かに……しかし、次期王妃の言葉とは、とても……」

「気にしないで。私は今、大切な人を救助に向かう追跡者に過ぎないから。それより、これを持ってくださる?」

 サンドラは、エレデにランプを渡した。そして、棒を片手に馬に乗る。

「さあ、急ぎましょう。三人が心配だわ」

「はい、サンドラ様」

 エレデを先頭に、二人は馬を急かした。



 絶頂に達した神父達は、全員床に倒れ込むように伸びていた。

「こ、これが名器というものか……」

 ゲジゲジ眉は、大きく胸を上下させながら呟く。

「みんな、頑張るのです! 娘は後二人いますよ!」

 ドトールは我が身にムチを入れ、立ち上がるとサリー達の方へと歩き出す。

「ヒィー!」

 リリィがサリーの胸に顔を埋めて泣きじゃくる。

 サリーは覚悟を決めた。

 ――いいわ、犬に噛まれたと思えば。リリィのように処女でもないし、次の犠牲は私でいい……。

 その時、テーブルの上のバサルが上体を起こした。脚をテーブルの上でM字に開き、ドトールを誘う。

「ダメよ。アナタ達の相手は私がシテあげる。さあ、コッチへいらっしゃい」

 そして秘部を、右手の人差指と中指で押し広げた。

 ドトールと三人の神父は、まるで動く屍のように、再びバザルにフラフラと引き寄せられて行った。



 見張りから灯りが近付いて来ると連絡があり、一三人の騎士は前庭に集まった。

 やがて、それがエレデと、その後に続くサンドラであることが肉眼で見えてくる。

「……あのバカ野郎が……」

 兄は最前列で待ち構えた。

 そして、ついにエレデとサンドラを乗せた馬は騎士団の前に立つ。

「エレデ! いい加減にしろ! こっちに来るんだ!」

 だが、エレデは馬を降りただけで、兄の言葉を無視する。

「エレ……」

 兄が再び声を掛けようとした時、団長はそれを止めた。

 その団長が、一歩前に出る。

「サンドラ様、我々はあなたに危害を加えたくありません。神妙に魔女裁判をお受け頂きたい」

 サンドラも馬を降り、一歩前に出た。

「水に沈めて死ねば無罪、生きて浮かべば有罪という様な裁判の事ですね。過去、魔女裁判はそのように行われましたが、それは裁判ではありません。ただの処刑です。それより!」

 サンドラは聖堂を指差した。

「あそこで今まさに、私の仲間がドトールとその一味から卑劣な強姦を受けている! 道を開けなさい! 開ければお前達の命だけは勘弁してやります!」

「行われているのは悪魔払いの儀式。決して強姦などでは……」

 団長が良い訳を始めた時、右手の棒を両手に持ち直したサンドラが、騎士団の正面から突入していた。

 右から思い切りスイングした棒の先端が団長の左のコメカミを貫く。ふいを突かれた団長はそのまま横に吹っ飛び、着地してからもゴロゴロと転がって止まった。

 団長を打った反動を利用し、もう一歩踏み込んだサンドラは、エレデの兄の右首筋に棒を叩き込む。兄は何とか立っていようと二、三歩よろめいて踏ん張ったが、揺れる脳に抗えず腰から砕けた。

 サンドラは更に一歩踏み込み、団長とエレデの兄の後に立っていた騎士の鳩尾を正確に突いた。騎士の身体が二つに折れる。サンドラは棒を一度引くと、騎士の後頭部を上から叩いた。騎士の身体が、その場でカエルの様に潰れる。

 この間、数秒。

「え?」

 何が起きたか理解できない残り一〇名の騎士達は、ようやく剣に手を掛ける。

 サンドラは棒の先端を握り、頭上でグルリと一回転させると、そのままの勢いでカエルの様に潰れている騎士の右にいた騎士の側頭部を打つ。打たれた騎士は後方へ吹っ飛び、後に立っていた騎士を二人押し倒した。

 カエルの様に潰れている騎士の左に立っていた騎士が剣を抜きかけていたので、サンドラは素早くサイドステップし、剣を持っている右腕に打撃を加える。ボキッという音と共に悲鳴を上げた騎士は、そのまま折れた右腕を押さえてうずくまった。

 サンドラが棒を構え直した時、剣を構えた騎士が六名と、立ち上がろうともがいている騎士が二名いた。

 ここまでの出来事を、エレデは信じられない思いで見ていた。

 サンドラを魔女だとは思わない。その証拠に、これまでの攻撃は全て物理的な攻撃で、魔法の類ではない。

 しかし、サンドラは本物の戦士で本物の英雄だ。その思いだけは絶対に揺るがないだろうとエレデは思う。

 エレデがサンドラに頼まれていた事があった。倒した騎士の手足を縛る事だ。

 一度倒しても意識を取り戻して戦いに復帰されてはキリがないからとサンドラは言ったが、一度倒された者が再びサンドラに刃向かうとは思えない。それでもエレデは、言われた通りに倒された騎士の手足を縛り続けた。

 だがサンドラは、エレデが手足を縛るよりも、遙かに早いペースで敵を倒す。エレデがようやく団長を縛り終えた時、そこには、もう四人倒れていた。

 剣を持って安心したのか、先頭の騎士が不用意に前に出た。サンドラがカエルのポーズで気を失っている騎士の肩口を蹴ると、ゴロンと仰向けに転がる。それに足を取られた騎士が前のめりに体勢を崩すと、サンドラはすかさず後頭部を打ち据えた。

 頭を打たれた騎士は、仰向けになった騎士の上に重なるように気を失った。

 サンドラは、重なり合った二人の向こう側に棒を付き、棒高跳びの要領で飛び上がる。足を取られるのを避けただけだったが、剣をダラリと下げて無防備な騎士がいたので、そのまま跳び蹴りの足刀を顎に決めた。五メートル程ふっ飛ぶと、そのまま動かなくなった。

「この野郎!」

 次の騎士が、ご丁寧に大声で合図をしながら大上段から斬り込んでくる。サンドラが左肩を軸に右肩を引いて捌くと、胸のスレスレを剣が通過した。サンドラはヒヤリとする。

 ――しまった、女の身体だった。サラシも巻いていないし、うっかりすると乳房が切り取られてしまうぞ。

 しかし、空振りをして体勢を崩す騎士をサンドラは見逃さない。騎士の踏み込んだ右膝を裏から曲がる方向に棒で跳ね上げると、そのまま騎士は宙を舞い、頭から地面に落下した。

 残った五人の騎士は、さすがに警戒して剣を構える。こうなると、さすがのサンドラもやりにくい。

 サンドラがジリジリと進むと、騎士達はジリジリと下がる。

 ――早くバザル達を助けないといけないのに……。

 業を煮やしたサンドラは、棒の樹木側だったであろう広がった方で地面を掬った。砂や小石が宙を舞い、前方にいた二人の騎士の顔面を襲う。

 その騎士の眼に砂が入ったのと、腹部を強く打たれて横隔膜が跳ね上がり、呼吸が出来なくなったのはほぼ同時だった。それから、顎にも強い衝撃を感じ、騎士の意識は遠くなった。

 その隣にいた騎士は、眼に入った砂をなんとかしようともがいていた。サンドラはしばらくその様子を見ていたが、最後はこれだとばかりに棒を騎士の足の間に差し入れ、股間を思い切り上に跳ね上げる。騎士は声にならない悲鳴を上げ、唇を震わせながら崩れ落ちていった。

 ――残り三人。

 そう思ってまだ立っている騎士の方を見ると、三人は剣を地面に置き、両手を挙げて降参の意思を示している。

「うん、賢明です」

 サンドラは三人に言うと、使用済みとなった棒を投げ捨てた。

「エレデ! 意識のあるこの三人から先に縛って」

 走って来たエレデは、団長に懐にあった鍵をサンドラに渡す。

「サンドラ様、これ。聖堂の鍵です」

「ありがとう。助かります」

 サンドラは鍵を左手に握り込み、聖堂へと歩き出した。

「私も全員縛り終わったら、すぐに参じますので」

 エレデは、抵抗する気力すら失っている三人を縛りながら言った。

「よろしく頼みますよ」

 そう答えると、サンドラは腰の剣を引き抜いた。



「ウチの騎士達では、あの魔女に敵いません。間もなく来る頃でしょう。お前のアヘ顔で迎えてやろうじゃありませんか」

 ドトールは、バザルをバックから攻めながら言った。

 それまでクールを装っていたバザルだったが、その言葉に余裕を失う。

「イヤッ……サンドラ様に……こんな浅ましい姿……見られたくない……アアッ!」

「クッ……そんな事を言いながら、今キュッと締まりましたよ。逆に興奮しているようですね」

 ドトールはバザルと繋がったまま、テーブルに肘をついた体勢のバザルの顔が扉を向くように位置を変えた。

 ゲジゲジ眉と二人の神父は下半身剥き出しのまま床に座り込み、未だに腰を振り続けるドトールを半ば呆れ顔で見ている。

 その時、ガシャンという開錠の音と共に扉が開いた。

 怒りに眼がつり上がったサンドラが、剣を握り締めて立っていた。

「この腐れ外道が……」

 バザルは、朦朧としてきた意識の中でその名を呼んだ。

「サンドラ様……」

 サンドラは、ノシノシと怒りを踏み締めるように歩く。その迫力に、ゲジゲジ眉達は座り込んだまま後ずさった。

 ドトールだけが、狂気をはらんだ恍惚とした表情で腰を振るのを止めない。サンドラに見せつけるかのようにバザルの尻に腰を打ち付け、パンパンという音を堂内に響かせた。

 ゲジゲジ眉達が下がったのを見て、サリーとリリィは席から立ち上がってサンドラの元へ駆け寄る。

「サンドラ様!」

「サリーさん、リリィさん、無事で良かった」

「でもバザルさんが、私達を守ろうと……」

「大丈夫です。後は任せてください。外にエレデという少年騎士がいます。味方なので彼に助けを」

 サリーとリリィは頷くと聖堂を飛び出して行く。

 サンドラは、剣を振り上げてドトールに突っ込んだ。

「いい加減にしろ! その汚いチ○ポをバザルの中から抜きやがれ!」

 剣を振り下ろせば切れるという距離まで近付いた時、ドトールは懐の拳銃を取り出して銃口をバザルの後頭部へ向けた。

「いい加減にするのはアナタでしょ」

 ドトールは、「チェックメイト」とでも言いたげにニヤッと笑った。

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