第39話 愛と信仰の騎士

 通常、教会騎士団のサティアンへの移動は、少人数で秘密裏に行われる。

 サティアンは神聖な場所、一般の人が御利益を求めて殺到しては聖職者の修行の妨げになる。だから、その場所はなるべく隠しておかねばならない。

 建て前ではそうなっている。

 しかし、その日は違った。一〇名を越える騎士が馬に跨がり、ゾロゾロと森を進んでいた。

 キノコや木の実を採りに来ていた民は驚いて道を飛び退き、悪魔の修道院で悪魔退治が行われるのだと噂した。

 エレデはというと、釈然としない思いでその行進に参加していた。

 ――サンドラ様は魔女なんかじゃないない。

 その思いは、確信に近いものになっていた。

 サティアンには、三人の娘をサンドラの悪魔の誘惑から守る為に保護しているという。しかし、サンドラが魔女でないのなら、それは単なる誘拐ではないか……。

 そんな思いがエレデの頭の中を渦巻く。

 しかし、弟のそんな思いを知らない兄は、同僚とお気楽な話をしている。

「魔女は、近衛兵五人を一瞬で倒したらしい。だが、我々はこの数だ。負ける事など考えられない」

「そうだ。魔女を倒せば我々の武勲も広まり、団員も増えるだろう。オレも小団長くらいにはなれるかな」

 サティアンに到着すると、隊長が団員達に声をかけた。

「魔女の襲撃は、暗くなってからという予想だ。決戦の場所はココ、聖堂の前庭になるだろう。灯りを絶やさぬよう、薪を大量に準備しておけ。それが終わったら各自休息を取るように」

 騎士団の中でも下っ端であるエレデが薪の準備をしていると、幹部クラスの兄がやって来て、再びエレデの背中をバンと叩いた。

「だから、そんな浮かない顔をするなって。またあの魔女の事を考えていたんだろ」

「兄上……」

「お前は乗馬が上手い。剣も中々のものだ。精進すれば、すぐに中堅に上がれる。今は余計な事を考えずに精進しろ」

「……」

「やれやれ、お前はいつも人と違う方に進みたがる」

「別にそういうつもりでは……」

「その可愛過ぎる顔のせいで、色々イジメられたからかなあ。人を簡単に信じられなくなったのは分かる。だけどさ、あのガキ大将ども、ホントはお前に惚れてたって知ってるか?」

「えっ?」

「あれから一〇年、もう時効だろう。いつかお前が泣かされて帰って来た時、オレは仕返しに行ったんだよ。全員ブン殴って、どうしてお前をイジメるか、問いただしてやった。そしたら白状しやがった」

「何て……?」

「男のお前を好きになってしまって、どうしたら良いのか分からなくてイジメてしまう、ってな。オレだって好きな女の子にちょっかい出してた頃があったし、ソイツらの気持ちも分かったよ。だから言ってやったんだ。大人になれば、胸の無い男より、オッパイのデカイ女の方が自然と好きになるから心配すんな、ってね」

「ハハハ」

 兄は、エレデの笑顔を見て、優しい表情になる。

「やっと笑ったな。まあ、あんまり考え過ぎるな。時には言われた事を愚直にやり通す事も必要なんだ。オレの言ってる事、分かるだろ?」

「はい、兄上」

 しかし、これでエレデの心が晴れた訳ではなかった。

 兄は愛しているし、言っている事にも従いたい。だが、ドトールのやる事には、根本的な誤りがあるような気がする。

 ――このままサンドラ様と戦うなんて、私にはできない……。

 エレデの悩みは、深くなるばかりだった。



 陽が沈み始めた頃、とうとうその時がやってきた。

 昨日とは別の神父が二人やって来て、バザル達三人を聖堂へと連行する。

 バザルは、サリーとリリィを庇うように先頭を歩いた。三人を前後から挟む形で歩いている神父が、時々ニヤニヤと笑いながらバザル達の身体を舐め回すように見ている。

 その眼を見ただけで、神父達が考えている事は瞭然だった。

 チャペルには、既にドトールとゲジゲジ眉がいた。昨日は途中から運ばれた毛織物の掛ったテーブルが、最初から中央に置いてある。

 ドトールは、いきなり右手に持つ物を三人の前に差し出した。

「これが何か、知っていますか?」

 バザルが答える。

「まさか……拳銃?」

「ほう、さすが宮廷勤めですね。そうです、それも最新の六連式。どんな剣の達人もこれには敵いません。六人の敵を一瞬で倒しますが、今日の敵は一人だけ。楽勝というものです」

「サンドラ様の事ね!」

「ええ、あなたの主。魔女サンドラです」

「サンドラ様は魔女なんかじゃないわ!」

「それを決めるのは私です。私が魔女と言えば、サンドラは魔女なのです」

「狂ってる……」

「そうですね。コペルニクスもコロンブスも、最初はそう言われた。新しい秩序を打ち立てる時、それに付いて行けない者は狂人扱いする。ですが現在、二人の偉業を疑う者はいません。違いますか?」

「あなたみたいな変態と、偉大な先人を一緒にしないで!」

「やれやれ。私はこの世界に新しい秩序をもたらす者。あなた方の様な、底辺にうごめく虫のごとき存在には難し過ぎたかもしれません。でも、心配ありませんよ。私達がこれから正しい道に導きますから」

 ドトールは穏やかな笑顔を見せ、それがバザルの背筋に冷たいものを走らせる。

 話が長くなりそうだと見たゲジゲジ眉が、ドトールに声を掛けた。

「ドトール様、そろそろ始めましょう。さっきから股間が苦しくて」

 ドトールは哀れむ様な眼でゲジゲジ眉を見る。

「……情けないですね。聖職者たる者、耐えがざるを耐える事が肝心ですよ。まあいいでしょう。最初はどの娘にしますか……私の見立てでは、この娘は処女です。この娘にしましょう」

 ゲジゲジ眉が、リリィの腕を掴もうとした。

「ヒッ!」

 リリィの顔が恐怖で歪む。

 そのゲジゲジ眉の手を、バザルがピシッと叩き落とした。

「イテッ……何しやがる」

 バザルは返事をせず、無造作に後で束ねていた髪をほどく。艶やかな黒髪が、妖しい花が開くように広がった。

 胸のボタンを途中まで外して谷間を覗かせると、ドトールとゲジゲジ眉の膨らんだ股間に軽くタッチしながら、チャペル中央のテーブルまで歩いて行く。

 テーブルに座ると、スカートをゆっくりとたくし上げた。眼が眩むような褐色の脚線美が現れる。

「最初はわ、た、し……でしょ?」

 バザルの眼が、健気な少女のものから、男を惑わす娼婦のものに変わっていた。

「こ……こりゃ辛抱ならん……」

 ゲジゲジ眉がフラフラとバザルに引き寄せられ、足元にひざまずくと、太股を犬のように舐め始めた。

 それを呆然と見ていたドトールを、バザルは手招く。ドトールも、食虫植物に引き寄せられる昆虫の様に、フラフラとバザルに近付いた。

 バザルはドトールの首の後に手を回すと顔を引き寄せる。そして、唇を合わせた。

 ドトールは、飢えた狼のようにバザルの舌を求めた。バザルは、ドトールの舌を強弱をつけて吸い上げる。

 バザルが口を離した時、ドトールは半眼だった。

「バカみたいに突っ立ってないで、コッチに来なさいよ」

 三人を聖堂に連れて来た二人の神父にも声を掛ける。すると、飼い主に呼ばれた子犬の様にバザルの元に駆け寄った。

 バザルは、胸のボタンを一番下まで外す。それを少しだけ左右に開くと、ツンと上を向いた形の良い乳房が覗いた。二人の神父は眩しい物を見るような顔をして、やはり子犬の様に乳首に吸い付いた。

 パンツにゲジゲジ眉の手が伸びる。バザルがその胸を蹴飛ばすと、ゲジゲジ眉はゴロンと無様に転がった。

 バザルは右足の靴を脱ぎ、ゲジゲジ眉の股間を踏み付けた。

「あああ!」

 ゲジゲジ眉は悦びの声を上げる。

 そして、バザルはゲジゲジ眉の股間を踏み台にして、自らパンツを下ろしていく。じらすように、ゆっくりと……。

 ドトールはひざまずき、固唾を飲んで下がっていくパンツに見惚れる。やがてそれが足首から剥ぎ取られ、顔面に投げつけられるのを合図に、ドトールはバザルの股間に顔を埋めた。

「ぁはぁっ……」

 バザルの身体が仰け反った。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 リリィは両手に顔を埋め、ただ詫び続けた。眼の前で起きている事を恐ろしくて見る事ができない。

 サリーも恐ろしくて身動きがとれなかった。ひたすらリリィを抱き締める事しかできない。

 バザルが、なぜドトール達を挑発する様な行動を取ったのか、二人には分かっている。

 自分に神父達の注意を向けさせ、二人を守る為だ。そして、バザルの目論見通りの事が、今起きていた。

 しかし、バザルの傘の下で、ただ震えているだけである事を二人は恥じた。恥じたが、だからといって何かする事もできない。

 ただ、ひたすらに奇跡を、サンドラの救出を祈るばかりだった。



 他の団員が食堂に行った後も、エレデは一人で前庭に薪を運び続けた。

 薪置き場との間を何回も往復した時、エレデは聖堂へと連行される三人の少女を見かける。エレデと同世代に見える少女達だった。

 その少女達の姿を見た時、エレデの疑念は益々大きくなった。酷く怯えている様にしか見えなかったからだ。

 ――やはり、誘拐なのではないか?

 悶々とした気分のまま薪を運び終え、エレデは意を決して聖堂内を調べる事にする。

 サティアンの聖堂は、悪魔払いに使用される特別な聖堂だと聞かされていた。だから、聖職者以外は近付いてはいけないのだ、と。

 エレデは、聖堂の壁沿いに歩いた。そして、左側の袖廊に、普段は使用されていない扉があるのを見つける。

 その扉の鍵穴から覗いてエレデが見たものは、おぞましい光景だった。

 褐色の肌の少女が全裸にされ、神父四人がかりで犯されていたのだ。

 ――何だ、これは!

 エレデは自分の眼を疑った。しかし、何度眼を擦っても、その眼に映る卑猥な光景に変わりは無い。

 横には、抱き合って怯える、もう二人の少女もいた。

 エレデは驚きで尻餅をつくが直ぐに立ち上がり、兄の助けを求めに食堂へと駆けて行った。


 食道では、大半の者が食事を終え、談笑している所だった。

 パンと豆のスープだけの食事だったが、味はともかく、腹一杯食べられるだけでも若者達には有り難い。

 エレデが入って来ると、兄が声を掛けた。

「おう、エレデ。ご苦労さん。お前も早く食えよ」

 しかしエレデは、兄の腕を掴むと強引に立たせた。

「兄上。お話があります。どうかこちらへ」

「何だぁ……」

 エレデは、前庭まで兄を連れてくると、ようやく手を離した。

「一体、何があったんだ?」

「大変です。教会の中で、娘が神父達に犯されています。早く助けないと」

 だが兄は、別に驚いた様子も無い。

「ああ、アレな。見ちまったのか……」

「兄上。兄上は何をご存じなのです?」

「えっとな……お偉い貴族様は、自分の意志では結婚できないって、知ってるだろ?」

「こんな時に何のお話ですか!」

「いいから最後まで聞けよ」

「……知ってます。政略結婚ですよね。多くの貴族が初対面の相手と結婚します」

「そうだ。でもな、人は愛無しじゃあ生きられない。結局、家の外に愛を求める事になる」

「不倫ですね。私だってそれくらい知っています!」

「ところが、その不倫ってヤツは、信心深い人ほど罪悪感を心に植え付ける。そうすると人は、手っ取り早く神の許しを得ようとするんだ。そこでドトール様は、罪悪感と欲求不満を同時に解消する手段を考えた、という訳だ」

「そ……」

 反論しようとするエレデを、兄はピシャリと止めた。

「言っておくが! お前の給料も、今から食べるパンも、全てドトール様の財布から出ている。それは覚えておけ」

「しかし、今犯されているのは貴族のご婦人ではありません。一般のお嬢さん達です」

「悪魔払いだよ。そういう事にするんだ。その娘達も、ドトール様の息がかかった売春宿で働くようになるだけさ。団に貢献すれば、お前もタダでその娘達と遊べたりするんだぞ」

「腐っている! 兄上は、愛と信心の為に教会騎士になったのではないのですか?」

「そうさ。だがな、愛と信心だけで食っていけるか? エレデ、大人になれ。十字軍が神の名の元に、どれほどの殺戮と略奪と強姦を犯したか、知らん訳じゃないだろ。宗教とはそういうものなんだよ」

「……分かりました。兄上を頼った私がバカでした。私一人でも娘達を助けます」

 エレデは聖堂に向かおうとする。

「無駄だ。扉の鍵は今、団長が持っている。その鍵を奪おうとするなら、お前は団員全員を敵に回す事になるぞ」

 兄の言葉にエレデは立ち止まり、少し考えた。そして、聖堂と逆方向の馬繋場へ走り出す。

「おい! どうするつもりだ!」

 エレデは自分の馬を引いて出すと、それに飛び乗った。

「私は今日を限りに教会騎士団を辞めます! そしてサンドラ様に助けを求め、娘達を救助します!」

「バカ、早まるな! 魔女に加担するつもりか!」

「それこそバカでしょう。サンドラ様が魔女などとは、兄上も思っていないくせに」

 そして、馬に拍車を入れた。

「我が名はエレデ! 愛と信仰の騎士なり!」

「ちょっ……」

 兄は数歩追い掛けたが、エレデを乗せた馬は見る見る小さくなる。

 諦めて兄は叫んだ。

「バカヤロウ! その馬もドトール様の貸与品だぞ! 辞めるんなら置いて行かんかい!」

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