第38話 陰謀

「イヤよ! まだ処女なのよ。私の初めてを、あんな変態どもに寄って集って踏みにじられるなんて、絶対にイヤ!」

 昔は修道士が四人部屋として使っていたであろう部屋に通されると、リリィはサリーにしがみついて泣いた。

 その姿を見て、バザルは思った。

 ――私の初めては、寄って集って犯される酷いものだった。あんな体験、私一人で十分だわ。

 バザルはリリィに声をかけた。

「大丈夫です。リリィ先生とサリー先生は私が守ります。それに、サンドラ様がもうすぐ助けに来てくださりますから」

 自信も無ければ根拠も無い。しかし今は、そう断言して自分にも言い聞かせる事だけが生きる希望だった。

「……本当に?」

 リリィが泣き腫れた顔を上げる。

「ええ、絶対に。本当です」

 バザルの言葉に安心したのか、しばらくするとリリィは、サリーの腕の中で寝息をたて始めた。バザルとサリーは、そんなリリィをベッドに寝かせる。

 リリィの寝顔を見ながらサリーが言った。

「だけど、いくらサンドラ様でも、ここを見つけ出すのは無理だわ……」

 バザルは、自分のベッドの準備をしながら答える。

「サンドラ様は不思議な力をお持ちなんです。ケイン様付き御者のアダムさんは、未来を見通す力があると言っていました。神様に等しい方だとも」

「神様に等しい……」

「だけど神様は、どんな祈っても、理不尽や暴力からは救ってくれません。でも、サンドラ様は現実に私達を危機から救ってくださいます」

 そして、迷いの無い眼で言い切った。

「私にとってサンドラ様は、神を超えたお方です」



 次の日も三人は別に危害が加えられる訳でもなく、部屋から出れないだけで食事も与えられた。

 建物内には、人の気配がほとんど感じられない。日中は神父達はそれぞれの教会や聖堂に戻っているのだろうと三人は思った。


 その頃、ベニーユキーデ大聖堂では、近衛警隊と財務官による調査が行われていた。

 そこで一団がまず最初に発見したのが、毒を飲んで事切れたウィリアム神父とボガード神父だった。

 両神父はそれぞれの自室で同じ種類の毒薬を飲み、同じ内容の遺書を遺していた。

 神に使える者として、セイラ王子がいずれ国王になるであろう事が許せない。そうなれば、例え偽りの結婚をした所で、我が国がイギリスのエドワード二世(同性愛者で、恋人を国政の重職に就け、混乱を招く。最後は焼けた火箸を肛門に突き刺されるという拷問を受けて悶死する)時代のように国が乱れるのは明らかだ。しかし、暗殺は失敗し、罪の意識から女犯にも走ってしまった。これ以上教会に迷惑はかけられないので、自ら命を断つ事にする。

 そのような内容だった。筆跡も本人のものに酷似しており、他人が書いたとは断定できなかった。

 会計帳簿も、最近の物は両神父の部屋にある暖炉の中から、灰となって見つかった。

 調査団もそれ以上は調査しようが無く、全ては自殺したウィリアム神父とボガード神父による犯行であったと結論し、調査を終えた。

 司教は重なる不祥事に体調を崩し、床に臥せってしまう。そして、自らに代理にチェダー副司教を任命した。

 だがそれは、ドトール副司教の見境の無い怒りに油を注ぐ結果となる。次の司教選に向けて、チェダー副司教に逆転を許す形になったからだ。

 そして、悪い知らせはこのタイミングで届く。セイラ王子暗殺未遂の実行犯であるアルバートは、確かに宮廷が身柄を保護していたという。それに加え、ドトールの実質的な資金源になっていた売春宿の帳簿を差し押さえられたというのだ。

 その時初めて、ドトールはサンドラの作戦に気付く。調査をあえて一日遅らせる事で、ドトール達が大聖堂内での証拠隠滅に奔走するように仕向けていたのだ。そして、サンドラの本命は、売春宿の帳簿にあった。

 ドトールは、調査団が大聖堂を後にすると、敷地内にある教会騎士団の訓練場に全団員を集めた。

「サンドラです。あの魔女のせいで我々は、未だかつて経験した事の無い災いに襲われようとしています。同志ウィリアム神父とドトール神父も、魔女の呪いによって殺されました。この世界が破壊される前に、私達は魔女を倒さねばなりません」

 騎士達は、ドトールの言葉を一言も聞き漏らすまいと、真剣に聞いている。

「あなた方の、昨日までの生活を思い出してみなさい。うだつの上がらない下級貴族の二男、三男、それより更に下の者。農奴と変わらないような生活。それがここへ来て、どう変わりましたか? 馬を与えられ、剣を携え、あなた方は騎士の称号を手に入れた」

 ドトールは大袈裟に両手を広げる。

「今やあなた方は、都民に騎士様と呼ばれる尊敬の対象です。その尊敬に応えなくてはなりません。都を守りなさい! 民を守りなさい! 魔女を打ち倒しなさい! 人類の存亡は、あなた方の手に掛かっています。神の為に戦うのです!」

 高ぶった騎士達は、拳を振り上げ、雄叫びを上げた。ただ一人、例の女顔の騎士を除いて……。

 納得できていない女顔の騎士の様子に気付いて、共に騎士団に入っている実の兄が声を掛けてきた。

「どうした、エレデ? 皆こんなに盛り上がっているのに、何浮かない顔してる?」

「兄上……実は昨日、サンドラ様を間近で拝見する機会があったのですが、どうしてもドトール様が言うような魔女とは思えないのです」

「当たり前だ。泥棒が自分の顔に、私は泥棒ですと書いて歩くか? 書かんだろう。魔女も同じさ。それより、こんな所でそんな物騒な事を言うな。お前も魔女の烙印が押されてしまうぞ。とにかく、ドトール様への忠義の気持ちだけは忘れてはいかんのだ」

 兄が言っている事も理解できた。貧乏貴族の五男と六男だった兄とエレデが今、人並みの生活を送れているのはドトールのお陰である事は間違いない。

「はい、兄上」

「それより今日は、お互いサティアンの警備だな。いつもの倍の騎士がサティアンに配置されるそうだ。どうやらドトール様は、今夜魔女の襲撃があると予測していらっしゃるらしい」

 サティアンとは、古代インド語で「真理」を意味する言葉だ。ドトールは森の奥深くの修道院跡をそう名付けていた。

 兄はエレデの背中をバンと叩いた。

「とにかく、ようやく今までの訓練の成果を発揮する時が来たんだ。ガンバろうな!」

 エレデは作り笑いで応えた。

「はい、兄上……」



「マズイ、マズイ、マズイ! プッシーキャットの帳簿を専門家が調べれば、実質的なオーナーが私である事ぐらい、簡単にバレてしまうぞ!」

 騎士団を解散し、自室に戻ったドトールは、ゲジゲジ眉に本音をぶちまけた。

「いやはや、あのサンドラという女、美人で、強くて、賢くて、本当に魔女かもしれませんな」

「バカを言うな。この世に魔女も神もいるものか。この世にあるのは、正直者がバカを見て、ズル賢い者が伸し上がるという真理だけだ」

「だから、あそこをサティアンと名付けたのですな」

「そういう事だ」

「そのサティアンには、我々の切り札があります」

 ゲジゲジ眉がイヤらしく笑った。ドトールは少し落ち着きを取り戻す。

「そうだな。あの娘達がいる限り、サンドラも手出しはできん筈だ」

「正直者のサンドラには、バカを見てもらいましょう。ヒヒヒ」

「あの女、ボロボロになるまで犯して殺してやる! ウィリアムとボガードの弔いの為にもな」

「それにしてもあの二人、よく黙って毒を飲みましたな」

「騙したんだよ。仮死状態になる薬で、解毒剤を飲めば直ぐに元に戻ると言ったのさ。そんな都合のいい薬、有る訳無い。調査団がゾロゾロ入って来たからな、疑いもせずに飲んだよ」

「それは可哀想に……」

「汚れ仕事を引き受けてくれる、便利な人材だったからな。私も残念だ……」

 ゲジゲジ眉は頷きながら、ドトールの前では決して飲み食いをするまいと心に誓う。

「……ところで、例の準備はできたか?」

「サティアンへの地図ですな。この通り……しかし、こんな物で、サンドラが一人でノコノコ来ますかね?」

「絶対に来る。神に賭けてもいいぞ、ハハハ。弱い者を決して見殺しにできない。それがアイツさ。長生きは出来まいよ」

「では、私は早速この手紙を、サンドラの手に渡るよう段取りを付けてきます。城下の子供に小銭でも渡して届けさせるつもりです」

「頼んだぞ。今夜はあの娘達だ。この所ご婦人が続いたからな、久しぶりの若い娘だし、お前も楽しみだろう。遅れるなよ」

「ヒッヒッヒッ」

 ゲジゲジ眉は、イヤらしく笑いながらドトールの部屋を出た。そして、廊下を歩きながら呟く。

「神に賭けても、か……悪い冗談だ」

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