第30話 妖精の涙

 戦国時代最強の武将、武田信玄。信玄は、武田四天王の一人として知られる武将、高坂昌信と男色の関係にあった。

 ある時、信玄は自分の手下に言い寄った事が昌信にバレてしまい、釈明の恋文を昌信に送る。その手紙は現存しており、その切なる恋心に読む者は闘将ではなく、恋に悩める人間信玄に触れる事ができる。

 また、堀田正盛は、第三代将軍徳川家光の寵愛を最も受けた家臣の一人であったが、家光の病死と共に腹を切って後を追う。

 通常、切腹は着物の前を開き、腹の左側に直接短刀を突き刺し、そのまま右へ引くのだが、正盛はそうしなかった。

「余の肌は上様のもの。上様以外の者には見せとうない」

 介錯人にそう告げ、着衣のまま切腹する。当然、短刀は刺さりにくく、右に引くにも着物が邪魔をする。激痛と苦しみだけが長く続くが、それでも正盛は家光への操を立てた。

 男同士の色恋には、男女の恋愛とは異質の業の深さがある。

 鉄造モードのサンドラは、身体は女だが心は男だ。セイラ王子への思いは、男色のそれに近いのかもしれない。理性では制御できない「何か」に、サンドラは突き動かされていた。

 そうでなければ、サンドラの胸の焼かれるような苦しみは、どう説明すれば良いのだろう。

 ――早く……一刻も早く、セイラ様のお顔を拝見したい……。

 サンドラは、アヘン中毒の患者のように、ヨタヨタとセイラ王子の部屋を目指す。

 セイラ王子の部屋の前には、近衛兵が二人立っていた。サンドラに気付くと、直立不動で敬礼する。

「ご苦労様です。ここはしばらく大丈夫ですので、休憩でもお取りになってください」

 そうサンドラが声をかけると、若い方の近衛兵が不思議そうな顔をした。

「しかし、我々は時間内はここを離れるなと……」

 それを、先輩の近衛兵がスネを蹴飛ばして遮る。若い方の近衛兵の顔が激痛に歪んだ。

 先輩近衛兵が笑顔で答える。

「了解致しました。それでは、我々は有難くお茶の時間を頂きますので。ホラ、行くぞ」

 そう言って、若い近衛兵の耳を持って歩き出した。

「イテテ、一体どうしたんスか?」

「お前なぁ、ご婚約しているお二人が、二人きりになりたいと仰っているんだ。少しはデリカシーを持てよ。それに、サンドラ様がいれば、俺らが一〇人いるより安全さ」

 近衛兵が立ち去り、サンドラはセイラ王子の部屋に入る。

 セイラ王子は、初めて見る水色のゆったりとしたドレスを着ていた。それは細い身体に良く似合っており、妖精感がより際立っている。ソファーに身体を預けて本を読んでいるその姿は、まさに一枚の美しい絵画のようだ。

 ――エッジの為に新しいドレスを……?

 新しいドレス姿に見とれるのも一瞬、一度芽生えた嫉妬心は留まる事を知らない。

 サンドラが訪れた事に気付いたセイラ王子が本から顔を上げる。

「サンドラ様……」

 セイラ王子の呼び掛けに、サンドラは返事もせずに近寄った。視線はセイラ王子の艶やかな唇を捉えて離さない。

 ――この清らかなお口で、エッジの汚らわしいモノをくわえたというのか! 放った精液を飲んだというのか!

 見た事のないサンドラの強ばった表情に、セイラ王子は異変を察する。

「あの……エッジは?」

「……セイラ様に有るまじき行為を行ったと白状しましたので、私が打ちのめして参りました」

 告白を聞いたのと打ちのめした事の順番が入れ替わっていたが、今はどうでも良い事だ。

 セイラ王子の顔がサッと青くなる。

「そんな……エッジの命は無事なのですか?」

 打ちのめした相手がサンドラである。エッジの命の心配をするのは当然なのだが、サンドラは既に冷静さを失っていた。

 ――こんな時でも、真っ先に心配するのはエッジの方か! セイラ様は、今もエッジを愛していらっしゃるのか?

 サンドラは、頭を鍋で殴られた様なショックにめまいを感じ、床に座り込んだ。

「サンドラ様!」

「私は大丈夫です。ですが、セイラ様とエッジの罪深き行いを、神は決して許してくださらないでしょう。男同士でちち繰り合うなど!」

 ちなみにサンドラは、日本人特有の曖昧さでアルフレッサ王国の宗教を捉えている。周囲に合わせて儀式に参加している程度のものだ。馬小屋で生まれ、同性愛を真っ向から否定する神様など信じてはいない。

 サンドラ自身は、日本書記の時代から小竹祝(シノノハフリ)と天野祝(アマノハフリ)の伝説(最古のBLと称される)があるような日本の倫理観が染み着いており、同性愛を拒絶する意識は薄い。

 しかし、セイラ王子からエッジを遠ざけ、セイラ王子の気持ちを自分に引き留める為なら、神でも仏でも引き合いに出す思いだった。

「ああ、どうかお許しください。ボクはエッジへの恋心に眼が眩んでいたので、神様の事も、周囲の人の事も、視野に入らなくなっていたのです」

 サンドラは、再び鍋で殴られた様なショックを受ける。セイラ王子は正直な人間だ。何かを問えば、聞きたくない答えも正直に返ってくる事を、サンドラはまだ学習できていない。自業自得である。

「……セイラ様は……今もエッジを愛していらっしゃるのですか?」

「いいえ、今はサンドラ様だけを愛しています! ですが……サンドラ様に出会う前の過去を変える事はできません。この愛をサンドラ様に信じて頂く為でしたら、ボクは何でも致しましょう」

「何でも?」

「はい。何でも」

「では、セイラ様はエッジにどの様にしたのか、ご自分の身体でやって見せてください」

 セイラ王子は息を飲み、キツネに追い詰められたウサギの様な眼をした。その眼が、サンドラのサディスティックな心に火をつける。

「……さあ、早く」

 セイラ王子が座るソファーの前にひざまずき、サンドラがあえて小声で言うと、王子は観念した様に水色のドレスをたくし上げていく。

 細くて美しい脚と、純白の下着が現れた。そして、長いまつげが不安げに揺れているのが分かった。

「堅くなったエッジのモノは、下着の穴から取り出したのですか? それとも下着を下げて取り出したのですか?」

 王子は、ゆっくりと下着を下げた。先日見た、ドングリ大の可愛いモノが顔を出す。

 ところが、それはサンドラの視線に晒されると、まるで魔法か手品のように見る見る巨大化していく。

「ぁぁぁ、恥ずかしい……」

 それがセイラ王子の華奢な身体に不釣り合いな程、長く、太くなった時、サンドラは興奮で上ずった声で言った。

「続けなさい。それからどうしたのですか?」

「この様に軽く握り、上下に擦りました」

「その時と同じ様にやるのです」

 セイラ王子の右手が、ゆっくりと上下する。

「ぁぁぁ……同時に左手で玉を転がしました」

「では、その通りに」

「ぁぁぁ……」

 先程まで青ざめていた王子の顔が、桃色に上気していた。

「しばらく続けると、この様に先端に雫がたまってきましたので、舌先ですくい取りました。しかし、それは自分では……」

「わかりました。これから先はサンドラにお任せください」

 サンドラはセイラ王子の下着をはぎ取ると、両足を左右に開き、その間に身体を入れる。そして、先端の雫を舌先ですくい取った。

「ひゃうっ!」

 初めて経験する快感に、セイラ王子は悲鳴に似た声を上げる。

「……それから、どうしたのですか?」

「裏のスジの一番敏感な部分に舌を這わせました……はい、そこに……あぁぁ!」

 セイラ王子の身体が大きく仰け反った。同じ事をやるにしても、サンドラには前世での経験がある。テクニックに大きな差があったのだ。

「……そ……そして、カリ首の周りをグルグルと舐めて……はうっ!」

 切なげに身をよじるセイラ王子が、何かに必死に耐えているのが分かる。

「他にも……他にも色々したのですが……ボクはもう無理なので、どうかお口をお外しください。危ないので、危ないので……あ! あ! あ!」

 サンドラはセイラ王子の訴えとは逆にそれをスッポリとくわえ込み、少し激しめに頭を上下した。

 セイラ王子の身体が激しく痙攣した。

 サンドラも、前世を含めて、射精を口で受けるのは初めての経験である。想像以上の勢いで吹き出す粘液を懸命に飲み込む。

 全てを放出し終わった後、セイラ王子はズルズルと崩れる様にソファーに横になった。怒れるがごとく天を突いていたモノが、今はまるで屍のごとくグッタリとしている。

 胸が呼吸に合わせて大きく動き、やがて、眼から大粒の涙がポロポロと零れ落ちた。

 その涙に、サンドラは一気に現実に引き戻される。心が罪悪感に包み込まれた。

 ――俺は、俺は、何という事を!

 サンドラは、自分が一国の王太子に仕出かした事が恐ろしくなり、立ち上がって部屋を飛び出した。

 少し走ると、先程の二人の近衛兵がお茶を済ませて戻って来る所に出交わした。二人と顔を合わせたくないサンドラは、眼の前の部屋に慌てて飛び込む。

 そこは『鏡の間』だった。

 サンドラが息を整えていると、鏡の中からあきれ顔で見ているサンドラに気付いた。

「やらかしてくれたわね」

 鏡の中のサンドラが話しかけてきた。

「あ……ああ。やってしまった。セイラ様を傷つけてしまった」

「セイラ様? 何言ってるのよ、私が言ってるのはエッジのこと。あんなイケメンに酷い事して、それも情けない嫉妬で。何が侍よ、女々しいったら、ありゃしない。あ、今は女か」

「セイラ様に猥褻な事をさせたんだ」

「鉄造が今、セイラ様にやったのと同じ事をね。アナタ、セイラ様が愛おしくてたまらなくてやったんでしょ。セイラ様も同じ、エッジが愛おしくてたまらなかったのよ。セイラ様は根がホモなの。知ってるでしょ。しかも、アナタと出会う前の話だし」

「しかし……」

「しかしもヘチマも無い! すぐにエッジに謝りに行きなさい。一緒にフランスまで行くのでしょう。そんな難しい作戦、今の信頼関係のままで成功する訳ないじゃない」

「だが、セイラ様は……」

「だから、あっちは心配無いって。中年オヤジのスケベなテクニックに骨抜きになって、更に鉄造に夢中になった筈よ」

「そんなバカな……」

「ええい、うっとうしい! いいわ、私が鉄造の代わりに謝ってあげるから、ちょっと代わってよ」

「……」

「さっさと座禅を組みなさい!」

 サンドラは、弾かれた様にソファーの上にあくらをかいた。

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