第18話 二人の踊り子
サンドラとセイラ王子、そして国王達が退場した後、セバスチャンは忙しく走り回った。
「只今クロークが大変込み合っております。お時間ある方は、もうしばらく会場にてお食事とお酒をお楽しみください。ダンサーの皆様方も、宮殿のシェフが腕によりをかけた料理、どうぞ無くなるまでご堪能ください」
宮殿の前では近衛兵達が、帰って行く貴族達の顔ぶれが来た時と変わっていないか、詳細にチェックしていた。もちろん、セイラ王子暗殺未遂犯の身元を割り出す為である。
それには、帰る者をゆっくり流す必要があった。
ダンサー達は、普段は食べれない豪華な料理に飛びついていた。
ある若いダンサーが、口一杯に頬張りながら感想を述べている。
「んー何て美味ひいのかひら! これらけれステップ一つろくに踏めない貴族様と頑張っておろった甲斐があるというモノらわ」
「本当ね、リリィ。だけど、口の中のモノ、飲み込んでから喋った方が良いわよ」
「ふあい、サリー姉様。ゴクン。でも、こんな美味しいモノにありつけるなら、もう一人の王子様のご婚約の時にも、ぜひ呼んで頂きたいわ」
「本当ね。王宮のパーティーともなると、お上品な方が多いし、私達を娼婦と勘違いして誘ってくる御仁もいないし」
「確かに。教会のパーティーの時は最悪だったわ。聖職者のくせに、手を背中じゃなく、お尻に回してくるの。後で二人で会おうってしつこく誘ってくる奴もいるし、あんなのが偉そうにお説教垂れてるのかと思うと、この国の宗教も終わったと思うわ」
サリーは、リリィの唇に人差指を立てて塞いだ。
「シッ。誰かに聞かれたら大変よ。魔女として通報されてしまうわ」
「魔女狩り? 今さら、一〇〇年も前の話でしょ」
「それが最近、再び行われているらしいの。教会へ連れて行かれて浄化の儀式が行われるらしいけど、その後に魔女とされた娘達に会った人は誰もいないって」
「そんな、今の時代に魔女なんて……きっと、聖職者ヅラした教会の異常性欲者どもの慰みモノになって、最後は殺されているんだ」
「だから大きな声を出さないで。被害者は美人ばかりらしいわ。リリィも気を付けるのよ」
「それなら、気を付けるのはサリー姉様でしょ。姉様の方が美人なんだから」
「フフッ。そうね、あなたが気を付けるべきは言葉よね」
そんな事を話しながら食べている二人の隣に、近衛兵の制服によく似た服を着た小柄な人物がいる事にリリィは気付いた。大変な勢いで料理を平らげている。ワインを飲むと、わかりやすく「プハー」と言った。
「ねえ、姉様。お隣にいる方って、もしかしてサンドラ様?」
「あらあら、リリィったら、飲み過ぎよ。いくら一六歳以上は祝いの席での飲酒が法で認められていても、未成年は控えなくちゃ。サンドラ様は今頃、王様方とご一緒でしょう」
「姉様、私まだお酒なんか飲んでないから。いいから、ちょっと振り返ってみてよ」
サリーが振り返ると、グラスを飲み干したサンドラと眼があった。
「サンドラ……様?」
サンドラは、バツが悪くて愛想笑いする。
「あ、どうも。いや、我が国のワインは絶品ですね。私も未成年なんで、ほどほどにとは思うのですが……面目ない」
サリーは慌てて皿をテーブルに戻し、両手の指でスカートを摘んで頭を低く下げた。リリィも慌ててサリーのまねをする。
「申し訳ございません、サンドラ様。気付かずに大変なご無礼を」
だが、一番慌てたのはサンドラだ。
「ちょっ、お願い。やめて。今は目立ちたくないから。それに私、この服を着ている時はただの護衛なのよ。あ、護衛は飲食を認められているので、心配しないでね」
「申し訳ございません。しかしながら、一体どなた様の護衛でございましょう」
「もちろんセイラ王子です。ほら、隣に」
そこには、白いゴージャスなドレスを着た美少女がいた。サンドラに負けない勢いで料理をかき込んでいる。
美少女は急に喉を詰まらせ、苦しみ始めた。
「んグ、んん……」
「セイラ様、どうぞ水を」
サンドラが美少女の背中を叩きながらコップの水を飲まず。
「ふう、危ないとこだった。今日、サンドラ様に命を救って頂くのは二度目です」
どうやら本物の王子らしいが、なぜ女装を……二人の頭は『?』で一杯になった。
「だけどサンドラ様、二人だけの時はどうか姫とお呼びください」
「まだ二人だけではありませんよ。ほら、こちらにこんなにチャーミングなお嬢様方が」
「あら、本当。ダンサーの方ね。とても素敵なダンスでした。ありがと」
実は、フィナーレで踊る緊張で他人のダンスなど全く記憶に無かったが、取り敢えずセイラ王子はそう言った。
リリィとサリーはプチパニックに陥り、平身低頭になろうとするが、サンドラがそれを制する。
「とにかく、今は人に見られたくないの。その為の変装だと思って」
しかし、護衛が着る詰め襟の制服はカッコ良く、それをサンドラが着るとオペラか演劇に出てくる男装の麗人のようで益々カッコ良い。ドレス姿のセイラ王子も、美人揃いのダンサー達が比較にならない程の美しさだ。
――変装のつもりで、逆に目立ってる。
リリィは思ったが、口には出さない。
「今日は朝から緊張で何も食べていなかったの。ようやく緊張から解放されて、生き返った気分よ。もう少しお腹が膨れるまで、ダンサーの皆さんの中に紛れさせてね。花を隠すなら花の中でしょ」
セイラ王子は言うが、リリィは思った。
――カスミソウの中に大輪のバラが紛れたら、逆に目立つのでは……。
サリーが応える。
「ご命令とあれば、王子様とサンドラ様だと気付かぬフリは致しますが……」
「助かるわ。よろしくね」
セイラ王子とサンドラは食事に戻る。その、負けず劣らずの食べっぷりに、リリィは思わず口にしてしまった。
「美男美女というか、美男美男? 美女美女? とってもお似合いです。お互いを深く理解されていて、お付き合いもさぞ長いのでしょうね?」
セイラ王子が答えた。
「今日が二度目よ。お会いするの」
「えっ! 二度目? でございますか」
「そう。王室じゃ、初対面が結婚式という事も多いから、私は幸せ者よ。プロポーズも叶った訳だし」
「プロポーズなさったのですね。素敵です」
「父上……国王に頼んで、だけど。ほら、こっちに向かって来る大男がいるでしょ。あんなのを、五人まとめてサンドラ様は倒したのよ。あなた達にも見せてあげたかったわ。私、この方しか絶対に愛せないって思ったもの」
熱く語るセイラ王子の声はサンドラにも聞こえていたが、恥ずかしいので聞こえない振りをして黙々と食事を続けた。
大男は、迷うことなくサンドラとセイラ王子の前に来ると、片膝をついた。
「王子、サンドラ様、ご報告致します。罪人が意識を取り戻しました」
セイラ王子が感心しながら頷いた。
「さすがジャン。よく隠れていた私たちを見つけられたわね」
大男は不思議そうに首を捻る。
「え? 隠れていたのですか?」
それを聞いてリリィが周囲を見回すと、みんなセイラ王子と婚約者に注目していた。隠れたつもりだったのは、当人だけだったようだ。
「ジャン、これ持って」
サンドラがジャンに皿を渡した。美味しそうな料理が、厳選して盛ってある。
サンドラは、ワインの入ったグラスを二つ持った。
「私は罪人と会ってきます。セイラ様はどうなさいますか?」
「サンドラ様と一緒に行きます」
「セイラ様を殺そうとした相手ですよ」
「構いません」
「……わかりました」
そして、二人の踊り子の方を向いた。
「えっと……」
「私はサリーと申します。このコはリリィ」
「サリーさんとリリィさんね。今日は会えて楽しかったわ。また会いましょう。次はダンスを教えて頂きたいわ」
サリーが不思議な顔をする。
「喜んで、と言いたい所ですが、サンドラ様はわたくし達よりお上手なので……」
サンドラはチラッとセイラ王子を見る。
「次は男性のパートを覚えたいの。だから、ね……」
二人は納得した。
「なるほど。どうぞ、いつでもお声をお掛けください」
リリィは元気に返事をした。
今のサンドラの人格はダンスが苦手で、安請け合いしてしまったとは露にも知らず……。
☆
王宮も離れを奥へと進んで行くと、その華やかさはまるで無くなる。
壁は岩や煉瓦が剥き出しとなり、窓も無く所々に光を入れる穴が空いているだけで薄暗い。夜中はとても一人では歩けないなとセイラ王子は思う。
「罪人について何かわかった?」
サンドラがジャンに尋ねた。
「まだ何も。ただ、ここへはダンサー達が乗って来た乗合馬車の御者として入ったようです。そこで着替えて式場に忍び込んだのでしょう」
「じゃあ、帰れないダンサーさんが何人かいるのね?」
「ブレードさんが代わりに送って行く予定です」
「そう、良かったわ」
「ところでサンドラ様、この料理どうするんですか? 罪人の眼の前で美味そうに食って、精神面から責めますか?」
「逆よ。罪人に食べさせるの」
「え? 罪人にですか?」
「ええ。丼と白飯があればもっと良かったのだけど。罪人には、やっぱり丼飯でしょ。卵とか乗せてね」
「すいやせん。アッシには何の事だかサッパリ……」
「罪人ってね、丼飯食わせて、故郷のお母さんの話でもすれば、悔い改めて何でも素直に白状するものなのよ」
「そういうもんすか?」
「そういうものよ」
取り調べをする部屋の前には、若い近衛兵が二人立っていた。サンドラ達が近付くと正面を向いて敬礼したが、眼だけは白い華やかなドレスを着たセイラを追っている。
「おい、鼻の下を伸ばすな。こちらはセイラ王子だ。残念ながら男だぞ」
ジャンが一喝すると、近衛兵達の眼球が慌てて正面を向いた。
ジャンが扉を開け、サンドラとセイラ王子を通す。
「残念ながらって、どういう事よ」
セイラ王子は部屋に入りながら、ジャンに不満気に言った。
「言葉通りの意味です。宮廷内でその格好では、国王様がお怒りになりませんか?」
「それが大丈夫なのよ。父上公認になったから」
「え! マジすか?」
「マジよ。サンドラ様のおかげ」
薄暗い部屋の中で、一人静かに死を覚悟していた罪人は、いきなりガヤガヤと三人が入ってきたので驚いてしまった。
「い……いったい何だ……」
サンドラは、テーブルを挟んで、罪人の前の椅子に座った。
ワイングラスを一つずつ、自分と罪人の前に置く。
「まあ飲め。嫌いじゃあるまい」
ジャンも料理を罪人の前に置いた。それを見て罪人が口を開いた。
「最後の晩餐ですか……」
サンドラが答えた。
「いや、別に最後ではないと思うが」
その時、罪人は気付いた。
「そんな……あなたは王子と婚約されたお姫様……」
罪人は、サンドラに急所を蹴り上げられた時の脳天まで到達する激痛を思い出し、身震いした。
「そんなに怖がるな。もう蹴ったりせん。そして、こちらにいらっしゃるのが、お前が殺そうとしたセイラ王子だ」
「ヒッ!」
「どうだ、美しいと思わんか? こんな美しい方がいなくなったら、この国のどれ程の損失か、お前にも分かるだろう」
「はい……しかし、姫様も同じくらい美しいかと……」
「私の事は今はいいのだ。まあ食え。腹が減っては戦はできぬ、と言うだろ」
「いえ、初めて聞きますが」
「そうか? 知らんのはお前だけさ。学が無いな」
セイラ王子はジャンに耳打ちする。
「私も知らないわ」
「ワシもです」
日本のことわざである。知らなくて当然だ。
セイラが罪人用の粗末なベットに座った。
「ジャンも座りなさいよ」
「いえ、私は立ったままで結構です」
「そのデカイ身体が横で立っていると圧迫感があるのよ。ほら、ここに座って」
セイラ王子は、ベットの自分の横をポンポンと叩く。
「ハッ。では、お言葉に甘えまして」
セイラ王子とジャンは並んで座り、サンドラの取り調べのお手並み拝見となった。
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