第6話 剣術試合

 その日の体育の授業は剣術だったので、女子は見学だけだ。内容は練習試合だが、成績に関わってくるので男子は真剣だった。

 トーナメント方式なのだが、やはり幼少より英才教育を受けているケイン王子とブレードの実力が段違いで、左右のブロックから順調に勝ち上がっていく。

 決勝は、やはりこの二人だった。

「おい、ブレード。手加減は無しだぞ」

「もちろん。護衛する者が護衛される王子に負けては話になりませんから」

 二人が向かい合うと、女子達の黄色い声は最高潮に達した。

 金髪の王子と銀髪のブレードが対峙する姿は何とも絵になる。

 サンドラは観覧席からその闘いを見下ろしていた。

 実力は伯仲、経験の差で僅かにブレードが有利か。

 長い闘いになった。試合は三本目までもつれ込み、最後はブレードが王子の木剣を弾き飛ばして勝者となった。

 二人は笑顔で握手をして終了となり、クラスの全員が拍手で讃えた。

 ところが、サンドラは居ても立ってもいられず、観覧席から試合場に飛び降る。

 隣に座っていたシルビアが、驚いて声をかけた。

「サンドラ様! どこへ?」

 何事かと周囲は静まり返る。

 サンドラは、ケイン王子が落とした木剣を拾い上げると、剣先をブレードに向かって突き出した。

「ブレード殿! 尋常にいざ勝負!」

 観覧席がどよめく。大半が、目立ちたがりの公爵令嬢が、また気紛れを起こしたと思った。

 だが、近くにいたワッツ教諭とケイン王子、そしてブレード本人は、サンドラの眼が本気である事がわかった。

 ワッツ教諭は、生半可な理由ではサンドラを思い止ませる事はできないと判断する。

「サンドラさん! ブレード君はトーナメントを闘い抜いて疲れています。胸を借りるのは、彼が万全の時にしましょう」

 我ながら良い言い訳を思いついたと思ったのも束の間、そんな教諭の立場などお構い無しのブレードが言い放った。

「先生、いいですよ、別に。女性の相手なんて、いつでも」

 ブレードまでやる気になっているのを見て、ワッツ教諭はケイン王子に目配せをする。だがそれも、あっさりとかわされた。

「サンドラ嬢とブレードの対決か。これは見ものだな」

 そう言うと、観覧席の一番前に座ってニコニコしている。

 ワッツ教諭は諦めた。体育の時間は見学だけの女子も、乗馬用ジョッパーズとブーツを履く習わしがあるので問題無いと思ったが、一応聞いてみた。

「サンドラさん、その服装で良いですか?」

「はい、先生! 動きやすいので問題ありません」

 ワッツ教諭は、チェストガードとアームガードをサンドラに付けながら説明する。

「ルールはわかりますね。三本勝負で先に二本取った方が勝ちです。頭部は寸止め、胸と腕は正しく剣筋を当てたら技ありです」

「わかりました!」

 サンドラにプロテクターを着け終わったワッツは、ブレードのプロテクターを確認する振りをして近付き、小声で言った。

「ブレード君、くれぐれも頭部は狙わないように」

 ブレードも小声で返事をした。

「大丈夫ですよ。本気でやる訳ないじゃないですか」

 ワッツ教諭が二人の中間に立ち、右手を振り上げた時、観覧席のシルビアが叫んだ。

「サンドラさまー! ガンバってー!」

 すると、取り巻きの三人も声を出してサンドラの応援を始める。

「あれれ、今回は俺が悪役か」

 ブレードは苦笑いしながら木剣を右手に構えた。剣先を真っ直ぐ相手に向ける西洋剣術の一般的な構えだ。

 対してサンドラは両手で木剣を持ち、顔の右側で剣先を天に向け高々と差し上げた。前世で鉄造が極めし剣術、薩摩発祥の必殺剣である東郷示現流の流れを汲む東雲(しののめ)示現流トンボの構えである。

 だが、日本の剣術など見たことの無い者ばかりである。観覧席からは失笑が漏れた。

 ケイン王子も思わず笑ってしまう。

「プッ。何だ、あの構えは?」

 しかし、サンドラには勝算があった。

 この三日間、厳しいマナーレッスンが終わった後、一番重い火かき棒で型稽古を行っていたからだ。そして、庭師からもらった木の枝で、取り壊し中の納屋の柱を相手に激しい打ち込み稽古も行っていた。

 乗馬好きなだけあって、サンドラの体幹は強かった。筋力も十分に有る。僅か三日間ではあったが、どこまで前世の勘を取り戻せたか、試したくて仕方なかったのだ。

 ワッツ教諭の右手が切って落とされる。

「始め!」

 その時、ブレードも笑っていた。

「おいおい、釣り竿じゃあ無いんだから……」

 確かにトンボの構えは、釣り人が釣り糸を垂れる時の体勢に似ている。

 ところが次の瞬間、右足を勢いよく振り上げたサンドラは、そのまま氷の上を滑るかのように左足を何メートルも移動させ、右足が着地すると同時に木剣を袈裟に斬り落とした。

「チェーストォー!」

 全体重が乗った木剣はブレードの木剣を叩き落とし、返す刀はブレードの喉元でピタリと止まる。

「止め!」

 叫んだワッツは、目の前の現象を確かめるように言葉を続けた。

「……技あり、サンドラ……」

 観覧席が再びどよめいた。シルビアと取り巻きだけが飛び上がって喜んでいる。

 東雲示現流奥義、縮地歩からの袈裟斬りだった。

 サンドラは当然のように開始位置に戻り、前世の癖で血振りの所作を行う。

 ブレードは、落とされた木剣を拾い上げながら呟いた。

「油断した……信じられんが手加減できる相手じゃない。次はこっちから仕掛ける……」

 頭部も狙う意思を眼でワッツ教諭に送ると、ワッツは止めてくれとばかりに首を横に振った。しかし、ブレードはそれを無視する。

 再びワッツ教諭の右手が上げられた。

 今度はブレードが構えた木剣の剣先が、正確にサンドラの喉笛を捉えている。

 するとサンドラは右足を一歩踏み出して腰を落とし、右手に持った木剣を左の腰に回して自分の身体で隠す構えを取った。東雲示現流居合いの構えである。

 西洋剣術しか知らない者には奇異な構えであるが、もう笑う者はいない。

 ただ、ケイン王子だけが首を傾げた。

「あれではまるで、心臓を狙ってくれと言わんばかりだ……」

 ワッツ教諭の手が降りる。

「始め!」

 ブレードは軽快なステップで前進する。フェイントで軽く顔を突いた後、思い切り踏み込んで心臓を突いてきた。

 このような時、無理せずバックステップで距離を保つのが西洋剣術のセオリーだ。しかし、サンドラは下がらずに、右足を中心に高速で四分の一回転した。

 同時にブレードの木剣は宙を切り、サンドラが抜刀の要領で斬り上げた木剣はブレードの股間に入る。

 そのまま足の付け根の大動脈部分をなぞるように切り上げると、頭上で木剣を両手で持ち直し、袈裟で斬り落としてブレードの首筋でピタリと止める。

「止め! 技あり! 勝者、サンドラ!」

 ワッツ教諭が告げると、興奮したシルビアと取り巻き達が観覧席から降りてきて、サンドラに飛びついた。

「凄いです! サンドラ様! シルビアは感動しました!」

「あ、ありがとう。わかったから、少し離れてくれ」

「どうかなさいましたか? 私たちがはしゃぐのがうっとうしいですか?」

「いや、決してそうではないのだが、皆の胸が私の腕にだな……」

 顔を赤くするサンドラに、ワッツが声をかけた。

「サンドラさん、ブレード君と握手を」

――そうだった、日本では試合後に礼をするように、この国では握手をするのだったな。

 完敗では機嫌が悪いだろうと思いつつブレードに近付くと、ブレードは照れ臭そうな笑みを浮かべてサンドラに右手を差し出した。

「サンドラ様、俺……いや、私の完敗です。良い勉強になりました。ありがとうございます」

 サンドラは、ほっとしてブレードの手を握り返す。

「こちらこそ。また手合わせ願いたいわ」

「いや、当分ごめんです。もっと上達しないと相手になりませんよ」

 ブレードの器の大きさを感じるサンドラだった。

 ケイン王子も、拍手をしながら観覧席からやって来た。

「驚きましたよ、サンドラさん。女性が剣を振るだけでも驚きなのに、まさかブレードに勝ってしまうとは。あなたが敵国に寝返って暗殺でも企てたら、私は助からない事になりますね。ハハハ」

 学内だから言える冗談である。

「それにしても、いったい誰から剣術を?」

「あの、その……もちろん、父上からです」

「ほう、エメラーダ公が。文に優れた方だとは知っていたが、武の方もこれ程とは……人は見かけだけで判断してはいけませんね」

 ブレードとワッツも、ケイン王子の言葉に真顔で頷く。

「ところで、ぶしつけで申し訳ないのですが、その強さを見込んで一度相談に乗って欲しい事があるのですが」

 サンドラは、王家の家督問題に介入する切っ掛けになればと思い、快諾した。

「もちろん結構です、ケイン様。私にできる事でしたら何なりと」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る