夏にのびる飛行機雲

 ベッドで丸くなっていると、自分が小さな人間なんだと実感する。布団を口元までかぶって、自分の呼吸を感じる。自分はひとりなんだと実感する。ふと、考えごとの渦に飲み込まれる。過去を振り返るのが怖いくせに、自分が何者であるのか知りたいと思う。人と触れあうのが怖いくせに、一人でいたくないと思う。どこにもいない誰かは、何者でもない自分なのではないかと夢想する。

「成長しようとしない人は嫌い」

君の言葉を思い出す。今の僕は、君の言葉でできているのかもしれない。そんな考えが頭を埋め尽くす。

 セットしていたアラームが鳴る。バイトに行く時間だ。分かっているのに体が動いてくれない。君が出ていったこの部屋で、君の帰りをずっと待っていたい。けれど、そんな僕を見たら、君は呆れるだろう。君のがっかりした顔が目に浮かぶ。そんな顔を見たくないから、僕は体を起して外に出る準備をする。

 外に出ると、蒸し暑い空気が全身にまとわりつく。窒息してしまいそうだ。けれど同時に、窒息させてくれれば良いのにとも思う。

「もうすぐ夏が終わるな」

僕は独り言をつぶやく。本当は君に伝えたい言葉なのに、君に伝えるすべを僕は持っていない。どうして届けたい言葉こそ、君には届かないんだろう。

 空を見上げると、飛行機雲が見えた。ぼやけた一本の線が、まっすぐにのびていく。この線が、君の元へと続いていれば良いのに。そしたら僕の言葉が、君に届くかもしれないのに。

「そんなことあるわけない」

僕はそうつぶやいてから、歩き出した。

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