焼きたてのタルト

 ほんのりと甘い香りが部屋に漂っている。オーブンの熱を頬に感じながら、私は焼き上がったタルトを取り出した。

 焼きたてのタルトは脆く崩れやすい。まるで自分の感情のようだと思う。燃え上がるように熱い時、それは誰も触れないから強いもののように思えるのに、一度触れられてしまったらボロボロと崩れていく。信じられないくらい簡単に。

 タルトに乗せるフルーツを切る。飾りつけをした時、綺麗に見えるように。ナイフで切ったオレンジやイチゴの断面がキラキラと光っている。まるで宝石のようだ。ふと食器棚の中にいるバカラのグラスが目に入る。使われないそのグラスたちはまるで虚無だ。いっそ割ってしまいたい衝動に駆られる。だけどそんな勇気を私は持ち合わせていない。

 タルトが冷めるのを待ちきれなくて型から外そうとすると、案の定ボロボロと崩れた。それでもなんとか形を保っているそれに、私は切ったフルーツを飾り付けた。まるで自分に化粧を施すように。

 手に入れたいものは手に入れた。働き者の夫に、かわいい娘。自分が働きに出なくても、娘にいくつか習い事をさせる余裕もある。だけど埋められない虚無感は、日に日に増幅していく。月に一回の美容院もネイルサロンも、それを埋めてくれることはない。

「なに作ってるの?」

今年中学生になったばかりの娘が、二階の自室から降りてきて早々に問う。

「タルト焼いたの」

私は貼り付けた笑顔を向けて言う。

「やった、食べたい!」

娘は無邪気にはしゃいでいる。本当に喜んでいるのだろうか?私は疑問に思う。

「でもちょっと失敗しちゃったのよ」

私は申し訳なさそうに見えるように、眉根を寄せ、口をすぼめた。

「ママの作るお菓子はなんでも美味しいから大丈夫だよ」

まるで音符が漂うように娘が言う。この子は人を喜ばせることをどこで学んできたのだろう。

「もうちょっと冷まさないと美味しくないから夕方くらいに食べよう」

「え、待ちきれないよ。今食べちゃおうよ」

娘は強引に飾り付けられたタルトをテーブルに運んだ。私は

「しょうがないな」

とため息をついて、ティーポットに紅茶を入れる。

 娘は美味しそうにタルトをたいらげた。私も一緒に食べてみたが、ほんのりと温かいそれはいつも作るより美味しくなかった。だけど娘が「美味しいね」と言うから、私も同じように「美味しいね」と言った。

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