05.「どうやら魔人メイドは、暗殺者の少年に惚れ込んでしまったようです。」


「――『魔王の情報』。僕があの時……自分で探すって言ったから、こうやって無理にでも僕に見せたんですよね? 


 それは例の庭園での共闘の後、夜の花園で行われた二人きりの会話。

 ……あの時の僕は、確かにこう言っていたハズだ。

 

『…………。何か事情があるんでしょう? 誰だって、事情はありますから。――だから、僕は自分の手で見つけます。僕からは無理には聞きません』


 ――僕がそう言ったからこその、ユリティアさん流の意趣返し。


 だからって、記憶ごと見せられるとは思わなかったけども……。


「……ふふ、バレてしまいましたか。トーヤ様が余りに無謀なことを仰るので、要らぬお節介を焼かせて頂きました」


 そう言ってユリティアさんは、僕に向かって微笑む。


「トーヤ様の仰る通り。あわよくば、魔王さまを助けて頂ければ――そう私が思ったのもまた事実です。しかし……どうやってそれを? その記憶は、一応最後まで隠していたつもりですが」


「ただ単純な推理だよ。僕が見せられたのは断片的な記憶だったけど――ユリティアさんの、魔王に対する忠誠心が本物だっていうのは分かる。そんなユリティアさんが魔王を置いて僕なんかに忠誠を誓うだなんて、何か重大な理由がある筈なんだ」


 ……そう。理論的に、理詰めで考えればそれしか考えられない。

 そもそも常識的に考えて、僕に忠誠を誓うなんておかしいじゃないか。

 それも、相手は魔王軍の四天王の一人。

 『剣聖』のリゼに忠誠を誓うならともかくとして――ただのしがない盾使いの僕に仕えようなんて、どう考えてもおかしい。客観的に考えて。


 だから相応の理由……例えば『魔王を助けて貰う為のギブアンドテイク』なりが、絶対にあるハズなんだ……!


『あ、またトーヤくんがネガティブモードに入っちゃった……!』


 背後から、そんな心配するギブリールの声が聞こえてくる。


 ……悪いけどギブリール、これはネガティブなんかじゃなくて、『客観的な分析』なんだ。

 

「……成る程、流石はご主人様です。ただ……一つ、勘違いなさっているご様子」


「……勘違い、ですか?」


 僕の言葉に、ユリティアさんは静かに頷く。

 いつになく、真剣な雰囲気だった。


 ただ『真剣』と言っても、シリアスな雰囲気という訳では全然なくて――何というか、もっと可愛げのあるもの……例えば、『好きな子に告白をしようとする女の子』のような――


「ええ。魔王さまへの忠誠が、本物であるのと同じように……私のトーヤ様への忠誠もまた本物であるということを」


 ……えーっと、何なんだろう。

 ユリティアさんはそこまで言ったところで、何やら言い淀んだようにモジモジしていた。


「その……貴方のお人好し具合に……このユリティアはうっかり、惚れて――ではなく、惚れ込んでしまったようです……。

……ええ、勿論、惚れ込んだというのは、ご主人様の『将来性』のことですが?」


「……えーっと、ユリティアさん? それって……」


「っ……!」


 ユリティアさんは僕の言葉に、恥ずかしそうに顔を赤く染める。

 そんな見たことのないユリティアさんの姿に、僕は戸惑いを隠せずにいた。


 ……なんだろう。色々、誤魔化すように言ってるけど。

 ――

 ……それとも、これも演技なのだろうか。


『……うーん。ボクは演技なんかじゃないと思うなー。だってユリティアさん、『女の子の顔』してるもんっ。『トーヤくんのことが好き好きー』って、顔に書いてあるよ? ……ほら見て見て、ボクとおんなじ♡』


 そう言って、ギブリールが僕にグイッと近づく。……可愛い。じゃなくて。


(……確かに、ギブリールはそうかもだけど。……ユリティアさんはどうかな)


『……やっぱりトーヤくんは『』だねー。こんなの、女の子ならすぐ分かっちゃうのに』


 ギブリールはそう言って、悪戯っぽく僕を小突く。

 ……うーん、そういうものなのだろうか……。


 ……ただ、ユリティアさんについて、一つだけ言えることがある。

 それは、リゼやエレナ達と同じように、信用できる命を預けられる――ということ。

 経緯はともかく、同じ戦いを背中を預けた仲でもあるし。

 ただ、惚れた腫れたは別として……。


 それからギブリールは、僕の耳元で嬉しそうにそっと呟く。


『えへへ……けど、流石はトーヤくんだねっ♪ あのユリティアさんまでオトしちゃうんだもん。…… スっゴく男らしくて、カッコいいなー♡』


 そしてギブリールから向けられる、の視線。

 ……こう直球で褒められると、こそばゆく感じちゃうな……。


 そして一方でユリティアさんも、何やら僕のことを褒めるムードで――


「……トーヤ様は、それは恐ろしいぐらいお人好しでしたわ。私が幾度となく罵倒の言葉を投げかけたにも関わらず――トーヤ様は、それがどうしたと言わんばかりに私を助けて下さいました。……またそれだけに留まらず、魔人である私の胸の内で気絶するという――人外に生殺与奪の権を握られても構わないというその胆力。その時、私は確信しました」


 ……ユリティアさんがグイグイとにじり寄ってくる。……少し怖い。


「――トーヤ様もまた、私が仕えるべき主であり、『王の器』であると」


「……そ、それは、どうなんだろうね……」


 若干ユリティアさんの熱意に引き気味になりながら、僕はしどろもどろに答える。

 ……『王の器』なんて言われても、自分が信用できると思ったからそうしたまでで……そもそも暗殺者が王様なんて、あり得ないと僕は思うのだけれど。


 ……しかしユリティアさんは、なおも続ける。


「いえ、絶対に間違いありません。お人好しの人間には、良くも悪くも人が集まります。この人を助けたい、コイツなら甘い汁がすすれそうだ……それはまさしく、『主君としての資質』と言えるでしょう。冷徹であるのは臣下に任せればよろしいのです。……ええ、その点魔王さまは、それはもう『底抜けのお人好し』でした。そのお人好し具合と言ったらもう……トーヤ様に勝るとも劣らない、『お人好しの二大巨頭』と言えますわ」


 ……なんだろう。ユリティアさん、物凄い早口になってる……。


「えっと、その……ありがとう。でも別に、僕は『王様』を目指している訳ではないんだけどね……」


「ええ、トーヤ様は王を目指す必要はありません。王とは目指すものではなく、なるものですから」


 ……僕の話を、聞いているような、いないような……。

 ――ていうかコレ、近すぎじゃないですかっ……!?

 ユリティアさんは興奮し過ぎて、もはやお互いの鼻先が触れるか触れないかぐらいにまで接近してしまっていた。


 そんな訳だから、僕たちの身体も殆ど密着してしまっていて――それで僕の胸板に押し付けられたユリティアさんの胸が、馬車の揺れに合わせてグリグリと押し付けられたりなんかして――。

 ……二つのたわわな膨らみが、「むにゅっ♡ むにゅっ♡」と形を歪める。


 ――ドクン、ドクン……。

 思わずその心地よい感触に、僕も心臓が高鳴ってしまっていた。


 そんな、いつものユリティアさんらしくない興奮ぶりを見せていたのだが……一通り話し終えたところで、ようやく落ち着きを取り戻したようで。


 ユリティアさんは後ろに一歩引くと――紅潮した顔で呼吸を整える。


「……ですので、四天王として魔王様への『鋼の忠誠』に変わりはございませんが――、リゼ様とトーヤ様のお二人に捧げる所存ですわ」


 激しく揺れる馬車の中で――ユリティアさんは器用にスカートの端を摘み、僕に向かって優雅に一礼する。


 ――こうして僕は、魔人メイドに仕えられることになったのだった……。

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